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人生の極意

人生の目的に引き続いて、今回は人生の極意について綴りたいと思います。
人間は、他者から認められたくて、必要とされたくて、或いは役に立ちたくて、或いはとにかく愛されたくて、いろいろと葛藤してうごめくわけです。
私自身、振り返ってみて、50歳になって始めて判ったことや、60歳になるまで気が付かなかったこと、さらには、68歳のつい先日まで知らなかったことが沢山あるのですが、新聞やテレビ、本を見たり読んだりして驚いたことは、すでに10代、20代にしてそうしたことを理解し、知っている人々が少なからずいるということです。
この年齢になってようやく判ったことが、すでに10代の青年が知っていたりするのです。とても驚かされます。
いろんな本を読んで先人の智慧を吸収しているからでしょう。
さて、テーマの人生の極意についてです。
古流神道の修行者として感じていることを綴ってみたいと思います。
どんな人生を歩んでいくのか、それは自分が道を選び、決断していくことです。
人生の醍醐味は、人生の選択を自分で決めて、自分で責任を負うことにあります。どんな選択であれ、どんな決断であれ、自分で決めるということが尊いことです。人生の歩むべき方向を迷っていても、神様が決めてくれるわけではありません。
自分自身が決めていくんだという意識が芽生えた時には、人生の主導権を手に入れたこととなり、人生への主体性が一気に高まっていきます。
同時に、自分に対する責任も100%負うことになります。
その時から、充実した人生の第一歩が始まります。
人生の選択は、自分が決定し、その選択が正しかったかどうかは関係ありません。正解など決まっているわけではなく、選択がたとえ間違っていても、自分自身が精進努力することによってその選択を正解にしていくことが大事なのですよ。
ここが大事なポイントだと思います。
偉大な成功者や偉人たちは、必ずといってよいほど人生に紆余曲折があり、波瀾万丈の人生があります。
多くの失敗から学び取って、成功を掴み取ります。
自分の選んだ道がたとえ荊の道であったとしても、それを乗り越えて、尋常ではない努力を重ね、苦闘しながらも、自分の選んだ道を正解にしていったのです。
どんな人生の選択をしても、それは尊いのであって、その選択が正解となるような精進努力が大事ということです。
これこそが人生の極意です。
そして、自分の選んだ道に100%の責任を持ちながら歩んでいくことが、人生の極意です。
幾多の苦難、困難、障害を乗り越えていく強力な力となるからです。
自立した自己の実現といってもよいでしょう。
人生の道は、自分で決める。
選択した人生に100%責任をもつ。
人生を生きる醍醐味はまさにここにあります。
当たり前と言えば当たり前のことなのですが、往々にして忘れがちになるものです。
令和元年の最終の記事として今日は書きました。






by toukokira-kira | 2019-12-29 16:59 | Trackback | Comments(0)

何でもやってみよう

この世界にはいろんな人間がいます。
「今だけ、金だけ、自分だけ」という人が一番多いような気がします。
「すぐやる、今やる、どこまでもやる」という元気なものもいます。
まあいろんな人間がおりますが、一つ云えることは、やらないで後悔するよりは、やってみて後悔したほうがはるかに有益だということです。
行動すると、人に出会います。
運命律というのは、出会いによって人が運んでくるものです。
ですから、行動することによって、いい意味でも、悪い意味でも、運命が動くということです。

by toukokira-kira | 2019-12-01 23:07 | Trackback | Comments(0)

人間は二度死ぬ

人間の魂には、厳然たる法則があります。
人は、肉体の死によって一度死にますが、魂までは死ぬわけではありません。
あなたの魂が死ぬ時は、あなたの存在が完全に忘れ去られたときです。
あなたを思い起こしてくれる人がこの地球上に誰一人といなくなったときに、あなたの魂は消滅します。
生きている人間が誰かを思い起こすと、そこにエネルギーが発生します。
肉体を失った魂は、このエネルギーが届いている間は、消滅することなく生き続けます。
伴侶や、子や孫や、友人、知人が思い起こしてくれている間は、故人の魂はそのエネルギーを受けて生き続けます。
その存在が完全に忘れ去られたときに、二度目の死を迎えます。
それが魂の死です。


by toukokira-kira | 2019-12-01 22:55 | Trackback | Comments(0)