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中国の諺に、「燎原の火」という言葉があります。
小さな火も、中原に火がつくと、またたくまに廣野を焼き尽くすほどの豪火となり、猛火となり、烈火となって燃え広がるという諺です。
燎原の火のごとく燃え上がって、瞬く間に、天下を統一したのが、紅衛兵を率いた毛沢東です。
毛沢東は、スターリン以上の何千万人という多くの人々を粛清した権力者なので、好きではありませんが、小さな第一歩から、14億人の巨大な中国を統一しました。
小さな第一歩が、大きな第一歩の始まり、スタートです。
今日を迎えるのに当り、小さな、小さな、第一歩を勇気を出して、踏み出していきましょう。
毎日、毎日が新しいスタートです。
小さな第一歩が、燎原の火のように、燃え広がり、大きな第一歩となるように、最善を尽すことを誓い、神に祈りましょう。
早朝の朝日の光を浴びながら、光の瞑想を行い、朝日の無限の力を戴きましょう。朝日の力は、愛と勇気、信頼と癒しの波動であり、魂が元気一杯になります。
「モダンタイムス」というチャップリンの映画を思い起こしました。
人間は、愛と希望と少しだけのお金があれば生きていけるという名画です。
生きていくのに、多くは必要としません。
小さな愛と、小さな希望と、少しのお金の3つがあれば生きていけると、チャップリンは言っています。
私もそう思います。その3つが生きていく上での小さな光となると思います。
とくにお金は、生きていくのに必要な少しだけのお金があればよいのです。
それ以上欲しがると、餓鬼の世界に堕ちていきます。魂が汚れます。
お金には強い力がありますが、破滅に向かう魔力もあります。
使い方を誤ると、すべてを失わせる闇の力に翻弄されてしまいます。
天使と悪魔、諸刃の剣がお金ということです。覚えておきましょう。
拝金主義の方や、損得勘定で生きている方は、このブログを見ないほうがよいでしょう。きっとそういう方が非常に多いと思います。
私たちは、清貧に生き、誠実、正直を最上の美徳とするものだからです。
清貧とは、なにも貧乏になるという意味ではありません。
武士道や騎士道の精神の第一は、清貧の心ですが、清貧の心とは、清らかにして、分け与える心のことです。
富豪でも、お金持ちでも、清貧の人がたくさんいます。
富みを独占するのではなく、分け与えることを知っている人は清貧の心の人です。
富める者も、貧しき者も、分け与えるという清貧の心が何よりも大切です。
富や福運を独占し、他者に盗み取られないように独り占めしている人というのは、以外に多いのですよ。
分け与えることを知らぬ者は、いくら地位、名誉が高くても餓鬼畜生道の亡者だと思います。
かのキリストも「与えよ、与えれば、与えられる」と申し述べています。
ですから、お金がすべてという世の中でありますが、業突く張りのガリガリ亡者にはならないようにしましょう。
キリストは言っています「金持ちは天国の門をくぐることができないと」。
清貧こそ真の生きる道だと思います。

by toukokira-kira | 2019-09-29 22:47 | Trackback | Comments(0)

他山の石

私が通っていた大成小学校の校門の横には立派な二宮尊徳の石像があり、体育館の正面の大額には「攻玉他山」の四文字が刻まれていました。
もう60年も前の昔になります。
攻玉他山とは、他山の石を以て玉を磨くべし、という意味の言葉です。
いわゆる他山の石です。
他山の石とは、人の過ちを見て、わが身を正せということです。
他人の誤りや不幸を、対岸の火事として観るか、他山の石として観るか、によって本質は相当違います。
私達の小学校時代には、体育館のステージ中央の額に、古いひなびた木製の額に、攻玉他山と大書されたものが掲げられていました。
当時は意味不明でしたが、ありがたい意味の言葉なんだろうなと思っていました。
小学校の正門には、二宮尊徳さんの石像が立っており、芝刈りした木の小枝を背中一杯に背負って、歩きながら本を読むた二宮金次郎少年の石像をいつも見て育ちました。
先生や母親から、二宮金次郎は、親を助けるために、働きながら学問をした少年で、昼間は暗くなるまで働き、勉強は夜、人目を忍んで、月の光を頼りに本を読んだと教えられました。
蝋燭の火の明かりなどは貧乏な金次郎にはもってのほかでした。
私も夜、二宮尊徳の真似をして、月の光を頼りに本を読んでみましたが、目が悪くなるだけで、読めるものではありません。
そういう記憶が残っています。
もう半世紀以上も前のことです。
私達の眼前には、無限の教訓が広がっています。
無限の教訓を他山の石とするのか、見過ごして傍観するのかによって、人生は大きく変わってくると思います。
人生において「他山の石」とは誠に意味の深い言葉だと思います。

by toukokira-kira | 2019-09-28 23:24 | Trackback | Comments(0)

あせってはならない

今日のテーマは「あせりの心」「諦めの心」です。
落ち着きのない、うわついた「あせりの心」は折角の多大な努力を無に帰するものであり、物事を成就へと向わせる因果律とは無縁となります。
現代人に蔓延している「せかせか」「くよくよ」「いらいら」も同様の理由でよくありません。
何事にも中途半端で、途中で投げ出してしまう「諦めの心」は、途中挫折の心です。世の中で一番無駄なことは、途中で投げ出してしまうことです。
あせりの心も、諦めの心もよい因果律とは真逆のものとなります。
世の中すべからく、なかなか自分の思い通りにはいきません。
努力しても、努力しても、上手くいかないことが多いのです。
求めても、願っても、神に祈っても、なかなか求め得ることができません。
そうなると、やがて心の中に焦りの心とあきらめの心が芽生えます。
この競争社会の中にいて焦らない者など一人もおりません。
何度となく失敗し、挫折すると、誰でも諦めの心が芽生えてきます。
それでも前進していかなければならないのが人間です。
そうして多くの人間がどん底に落ちていくのです。
そうなると自他を恨み、怒るようになります。
理由の定かではない悲しみと怒りが湧き上がってきます。
どんなときでも、焦ってはなりません。
焦りの心でいくら努力しても、何も得られません。
これは宇宙の法則です。
だから、心の中に焦りがあると、努力しても、努力しても万事が一向に上手くいきません。
あせりの心が折角の努力をムダにしているのです。
同様に、諦めの心でいい加減に何かを求めても、何も得られません。
努力はこの世界で一番大切なものですが、報われない努力というものもあるのです。
真剣な努力は、最高のものですが、深刻な努力は、報われない努力です。
一生懸命に努力することは、人としての輝きですが、途中で心変わりすると、努力は水泡に帰することになります。
心変わりして、中途半端、中途挫折になるほどムダなことはありません。
あきらめの心ほど残念なものはありません。
挫けずに、負けずに、どこまでも夢に向って、諦めない限りは、夢は必ず実現するのですから。
途中で諦めてしまうのは実に勿体無いです。
by toukokira-kira | 2019-09-27 15:11 | Trackback | Comments(0)

完全とは

今日のテーマは「完全とは」です。
精神レベルが高い人とは、正しい因果律を悟った性格の人のことです。
正しい因果律とは、正しい思考と行動のことです。
正しい因果律で思考し行動しないと、清算すべきカルマや因縁を新たに作りだしてしまうということです。
正しい因果律を悟れるようになると、正しい思考と行動を選択できるようになるということです。
思考と行動が正義心に基づいていて、因果律にそっているということです。
ただし、この世に完全はありません。
すべてが完全に整ったものなどない。
この世界は常に変化し、変化が力を生んでいます。
完全とは、もう変化の余地のない状態です。
動きの止まった状態です。
そこでは、力は生まれません。
四魂の回転が止まると、転化となるようにです。
総ては常に変化し、整うことはない。完全もない。
完全と思った瞬間に、進歩はストップします。
道を悟ったと思った瞬間に、迷いの道に堕ちるのでしたね。
よき失敗の経験と反省が人生をよりよいものにします。
高いレベルを維持しようと思ったら、これまでの3倍も、5倍も努力しないと、高いレベルを維持することはできません。
高いレベルに到達することも至難の業でありますが、それを維持するということはそれよりもさらに難しいということです。
並大抵の努力では、高いレベルを維持することはできないということです。
前進しつづけないと、維持どころか、後退するばかりなのが人間というものです。
道を究めるということは、それは永遠の目標であり、人間にとって完全はありえません。



■悠久の記憶こそ、魂であり命である
幾たびもの輪廻転生を繰り返し、遠い過去からの体験の記憶を受け継ぎ、その記憶を表現しているのが人間です。
この悠久の記憶を魂といい、イノチといいます。基なる力をイノチ、肉体を作動させる力をイノチといいます。
悠久の魂の記憶は、性格となり、思考習性を形づくり、過去世から今日にいたる思考パターンで得た悟りを因縁と呼びます。
因縁とは、魂の記憶そのものであり、因縁が邪魔して、人は思うようには、人生を歩めません。
因縁の原因は、性格です。その性格が運命を決定します。
by toukokira-kira | 2019-09-25 17:54 | Trackback | Comments(0)

固気と滅気

■固気と滅気
ストレスは万病のもとであり、神道ではストレスのことを固気といいます。
ストレスとは心身のバランスを乱す闇の感情のことであり、不安や恐怖で萎縮する心のことです。
魔の波動、闇の波動を発するすべての闇の感情がストレスの源です。
この固気が長く続くと、さらに状態の悪い滅気となります。
気の滞った状態が固気、気が失われて枯渇している状態が滅気です。
滅気は、長期間、限界を越えたストレス状態により、心の結界が破られた状態をいいます。
心が破壊されて、病気になった状態です。
とくにストレスは免疫系を破壊することで知られており、重大な病気を引き起こします。
この滅気は、四魂と脳の不調和を顕わしており、四魂の防衛システムが破壊され、修復不能となります。
滅気までにストレスが進行すると、もうどうしょうもありません。
助けようにも助けられないということです。
こうした波動の乱れが、幻聴、幻覚を引き起こしていますので、幻聴、幻覚が現われるような状態になる前に対処することが必要です。
限界をこえたストレスを長期間受け続けると、とりかえしのつかない状況に追い込まれるということです。
by toukokira-kira | 2019-09-24 22:36 | Trackback | Comments(0)

四魂にも大小がある

わが流儀の初伝の教義を公開します。
テーマは「四魂の許容量」などです。

■人類の叡智、人間の心の有り様、人生の有り様を示すもので、人間のすべてを規定する法則を以下に示します。
性格=感情=運命=思考習性=事の捉え方=因縁=自我=感性=気づき=心の階層=魂の記憶=いのち=四魂の許容量=四魂の波動振動数=感気=識=外部波動の影響=個性、という関係法則が成り立ちます。
人間の運命は性格が決定づけ、性格は魂の記憶がもたらし、魂の記憶とは、因縁そのものであり、それはすべて四魂の許容量に基づいているという相関関係を表しています。釈迦やキリストや聖人のような大きくて強い四魂をもっている人の四魂許容量は最大値を示します。
これに反して、四魂の許容量が小さい人の人生、運命は苦しくて、悲しい悲惨なものになります。
四魂の大きさは、生まれながらに決まっていて、大きくしたりすることはできません。基本的に変更が不可能なのが四魂の許容量です。
四魂の許容量=性格=運命ですから、性格も基本的には変えられない要素のものです。
性格=運命ですから、性格を変えないと、運命も変えられません。
ですから、運命を変える、好転させるということは大変難しいことなのです。
この運命を変える唯一の方法というのが、私がいつも繰り返し言っている「他者に優しく、親切にすること」なのですよ。
それほどに「他者への親切な行為」は、宇宙が喜ぶ最上の行為ということなのですよ。「情けは人のためならず」という言葉どおり、「他者への情け、親切」は自分のためにあるということです。
この人間の法則原理が理解できた人は、早速、今から親切運動の実践に取り組んでください。
■命運律
情動+思考=感情  肉体+心=気力
気力をコントロールするのが感情(感気、識)
この感情をコントロールするのが性格
ゆえに感情=性格=運命
感情が命運を決定している。
人生は感情の活用しだい。
魂の記憶と感気と外部波動が人生と運命を決める。

■情動優先の世界
我々の第一心界では、下降の心、獣の心、情動の心が優先的に顕れるのでやっかいなり。

■四魂の許容量とは、四魂の大きさを言います。
四魂の大きさを表す四魂の許容量、四魂の波動振動数は、生まれながらに決まっていて、この四魂の許容量が運命、人生、性格を決定づけている。四魂の許容量が少ないと、四魂の萎縮となり、心は簡単に内外の現象に惑わされてしまう。心配から不安へ、不安から恐怖へと招き、己の心を魔の者や鬼人へと変える。反対に許容量が多いと、言祝の道、智慧の神としての人生を歩みます。

■四魂の許容量の充実拡大させるもの
理性が情動、感情をコントロール
向上の道へ  因果律向上
光の心 光の道 光の感情
正義 因果律理解 独立心 不動心 福寿光 苦難に向う心 四端の心
努力精進 一生懸命 親切な行い

■四魂の許容量の萎縮、縮小させるもの
情動、感情優先
下降の道へ 因果律下降
闇の心 闇の道 闇の感情
悪戯 依存心 不安と恐怖 負の感情 負の連鎖 苦難から逃げる心
安易、安直 なまけ心
負の感情とは、怒りや憎しみ、恨み、復讐心、妬みなどの心を言います。
そういう心で過ごすと、自分の魂をどんどん萎縮させて、ちっぽけな魂にしてしまいます。
これでは自分の運命をどんどん悪いものにしてしまいます。
健康も望めません。




by toukokira-kira | 2019-09-23 18:26 | Trackback | Comments(0)

わが流儀の初伝の教義を公開します。
テーマは心の世界です。
初伝の教義も40回を越えました。
初伝といっても、内容は心の学の奥伝以上です。
中伝以降は実技の業、術法、修法の実技教義であり、実技に必要な心学は、初伝ですべてが皆伝となります。
宇宙の真理を知り、心を磨き、高めないと、中伝、奥伝、秘伝とステップアップしていく陰陽師の術法は使えないということです。

■現世である物質界
何の変化もない静かな眠りの世界、魂の記憶だけの世界。それが常世です。
思考も感情も意識も存在しない世界です。自他の区別のない世界です。自他の概念などありません。同一波動で塊った静寂の世界です。

異なった波動の者同士が混じり合い、交流できる現世と違って、同一波動の者が塊って、一つの集合体と化しているので、何の変化も、動きもありません。
現世は、森羅万象の無限の変化と、生々流転の世界ですが、あの世は、同じ波動で固まっている世界ですから、永遠に何の変化も生まれない無の世界です。

次の転生を待って、静かに眠るだけの世界です。何百年、何千年と、ただ眠り続け、充電します。何の経験も、体験も、積むことのできない世界です。何の感動も生まれない世界です。幾千年も眠り続ける魂もいるのですよ。

魂の修行場である現世は、魂同士が、波動の違いを超えて交じり合い、交流しますので、どれほど変化に富んで素晴らしいことか。霊界である常世では、変化がないので、魂の進化は生まれません。新たな転生、新たな肉体に引かれていくのを待って、ひたすら眠り続ける世界です。

霊界では、交流も感動も何もありません。
心の成長と修行場が現世である物質界です。
波動の違いを乗り越えて、異なる他者と交流できる世界が物質界です。
肉体という防御体、バリアーがあるから、波動の違う者と交流できるのです。
肉体を失うと、波動の違う他者とは交流できません。
現世は、異なる波動の者たちが混じり合い、交流できる修行の場です。
魂の進化は、現世でなければできません。異なる波動の交わりにより、変化というものが顕れ、無限の変化へと発展します。
変化こそ因果律です。さまざまな思考と感情、経験が混じり合う現世は、経験の場であり、魂の修行場です。波動の違う他者と意志を交換し、接することのできる世界が現世、物質界です。

■心の世界
心の世界はイメージの世界であるが、心に強く思い描いたことは、現実かします。幽玄界で心のイメージを描くと、現象化します。心が理解し、心が悟ったことは、必ず現世に現実化します。心が拒絶し、心が望まないことは実現しない。中途半端は、何も残らない。時間の浪費、無駄です。何でも途中で諦めて、投げ出すのが一番よくない。心が理解し、悟るまで、夢や目標を追いかけるべきであり、諦めなければ、夢は必ず実現する。現世である物質界は、幽玄なる心を映す鏡です。人の本体は心であり、幽玄界にあります。幽玄界とは、幽世、常世のことです。現世は、幽玄界を映す鏡です。心の世界が現世に顕れてくるということです。思わないことは現実化しないのです。己を取り巻く環境も、心の捉え方一つで、それが変化して現世に現れてくる。どのようにも変化して顕れてくる。心の捉え方によっては無限に変化するのです。心が事象をどう捉えるか、捉えたものが現実に顕れてくる。捉えたとおりの世界が顕れてきます。

■運気上昇のためには
人生とは、苦難に負けないこと、挫けないこと、諦めないこと、逃げないことです。正しく、仲良く、楽しくです。失敗を成功以上に活かすことです。経験に学び、結果から反省することです。夢見る心をもち、一生懸命努力することです。人に依存しないことです。自分自身で独立して立つことです。正義心と正しい因果律を悟ることです。そして、最後に一番大事なことは他者に親切にすることです。
やさしい心をもつことです。思いやりのない心では運気は上昇しません。
■ありがとうの言葉
慈愛の心、感謝の心、赦しの心の根底にあるのは、ありがとうの心です。不動心、四端の心、正義の心の根底に流れるのはありがとうの心です。喜怒哀楽は人生の推進力であり、四苦八苦は勇気を生み出す力です。喜びは、目標に向う力であり、怒りは、前進する力であり、悲しみは、希望に向う再起の力であり、楽しみは、努力を生み出す力です。苦しみは、勇気を生み出し、チャレンジする力となります。光の感情、光の心には、すべてその根底に、ありがとうの心が貫かれています。お陰さまで、ありがとうの心があるから、笑顔の心になれます。澄んだ美しい心にもなれます。人に優しく寛容にもなれます。ありがとうの一言で、希望や勇気の心が生まれます。「ありがとう」は、不思議な言葉です。
不思議なだけではなく、その人の運命、人生を大きく好転させます。
「ありがとう」とともに過ごすと、愛情に恵まれ、平安で、元気健康な人生を送ることができます。







by toukokira-kira | 2019-09-22 22:54 | Trackback | Comments(0)

わが流儀の教義を公開します。
テーマは「ストレスの心」です。

心が許容量を越えた過度のストレスを受けると、四魂と脳を萎縮させ、精神の病を発症させます。
限界を超えたストレスが長期間かかると、免疫力が停止し、身体を守るシステムが破壊され、あらゆる病気、ガン、難病が発症するということです。

最近の医学の研究報告で、心が幸せと感じると、脳内ホルモン、免疫機能、内分泌機能、自律神経のすべてが活性化することが判明しました。
脳内では、ストレスホルモンが消失し、免疫系のリンパ組織が活性化し、自律神経の働きが調和します。
血流の流れがよくなり、血圧も正常化し、内臓の働きも調和するということです。身体にとって極めて良いということです。
光の感情に包まれ、愛情と安心感に包まれ、公平さを感じていると、心身は元気健康です。
他者への思いやりの心や、社会のために奉仕し尽くす心は、自律神経を活発にします。
自律神経が乱れている人というのは、自分のことしか考えない自己中心的な身勝手な人です。
他者に親切にして、思いやりをもって接すると、自律神経が整ってきます。
感謝の心や赦しの心の場合も同様です。
光の感情が身体を調和させます。
ですから他者への情けは自分のためにもということです。
いわゆる「情けは人のためならず」です。
他者に親切にすると、健康遺伝子、長寿遺伝子までが動きだすということが、最近の医学的研究によって判明しています。
反対に心が不幸と感じると、それだけで、ストレスホルモンが分泌され、免疫系を担うリンパ組織に打撃を与え、自律神経も乱れてきます。
免疫細胞の活動がストップし、大切な動脈、静脈に穴を開けて生命危機を誘います。
血流も血圧も乱れ、内臓も不調和となります。
チャクラである龍泉、気泉も閉じて、大変なことになります。
チャクラが閉じると、宇宙の生命エネルギーの流入がストップします。
闇の感情に包まれると、心と体の維持が困難です。
闇の感情とは、不安や恐怖、怒りや悲しみ、苦しみや憎悪の念などの負の感情ですが、人生に大きな悪影響を与えます。
闇の感情の発露は、闇の心をつくり、闇の道へ誘います。
運命下降の道です。
くやしい、赦さないという心、他者を害する心、貶める心となります。
道を誤り、道を踏み外すなど、反社会的な加害行為に走ります。

こうした心、感情と脳内物質セロトニンとは深い関係があり、セロトニンが多量に分泌されると、調和のとれた安定した心模様となります。
このセロトニンは、朝日の光に敏感に反応し、活性化することが医学研究で判っておりますので、朝起きたら、感謝の心とともに、朝陽の光をいっぱいに浴びると効果絶大です。
朝日に向かって「ありがとう」「ありがとう」と唱えながら、朝陽を一身に浴びるのです。全身にパワーがみなぎってきます。
我が流儀「五心朝天法」では、朝陽の光パワーは特別なものです。

by toukokira-kira | 2019-09-21 21:58 | Trackback | Comments(0)

常世(とこよ)とは何か

今回のテーマは「常世は永遠の記憶庫」です。
自分の記憶は常世にあり、生きていくために必要な記憶や情報を常に常世から呼び込んでいます。
常世とは霊界、アーカシックレコード(記憶庫)のことです。
常世からの情報は、直感や第六感となって、四六時中、無意識に受け続けています。
常世とつながっている内なる小宇宙意識であるところの潜在意識が天界からの情報を常に呼び込んでいるということです。
四魂は幽世にあって、魂の世界である常世と密に連環しています。
幽世とは、心の世界のことを言います。
四魂と魂が結び合う世界がそこにあります。
四魂の基になっているのは、永遠の記憶庫の常世です。
人類の膨大な情報庫です。
太古から今日までの人類の叡智がそこに蓄積されています。
この情報を四魂が受けて、活用しています。
宇宙からの情報は、幸魂が受けて、奇魂に流し、奇魂から和魂、荒魂へと送られ、意志と情動を伴って、人は生きています。
魂の世界である常世は悠久の記憶の世界です。
意識も感情も意志もない記憶の世界が魂の世界です。
意識、心は、肉体に魂が宿ってはじめて生まれるものです。

肉体に魂が宿ると、魂は四魂に変じます。
魂が四魂に変じてはじめて肉体に心、意識が宿ります。
四魂と脳との連環によって心、意識、意志、感情が生まれるのです。
肉体が死を迎えると、四魂は肉体から離れ、「魂」となって霊界に戻っていきます。
魂には、記憶があるのみで、心も、意識も、感情も消滅します。
ですから、霊魂が恨みや呪いの感情を表すということはありません。
死ねば、心も、意識も、感情も失われ、すべてが水に流れるということです。
祟りとか、報いといのは宗教がつくりだした迷信に過ぎません。
ですから、悪霊とか、怨霊などは存在しません。すべて迷信です。
この世界に存在するのは、生霊と物の怪の波動のみということです。
物の怪というのは、人間の想いや想念波動が物に憑いて臨界点をこえて蓄積したものを言います。執着の強かった愛玩品や宝石、人形などに物の怪が宿ります。
先祖の祟りとか、仏罰とか、そういったものは迷信ですから怖がる必要はありません。





by toukokira-kira | 2019-09-18 23:03 | Trackback | Comments(0)

顎関節の治療

顎関節の治療は、口腔外科でも難しい治療です。
ですが、下図のとおりの箇所を指圧して揉み解せば顎関節は正常な状態に復元します。左側の顎関節であれば、左手の親指の付け根の下部を弛めると、顎関節が正常化します。右側の顎関節であれば、左手の小指の付け根を調整すると、正常な状態に戻ります。これは秘奥義の中でも秘中の秘に属する秘儀ですが、顎関節でお困りの患者さんに大変喜ばれるものと思います。

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by toukokira-kira | 2019-09-18 16:13 | Trackback | Comments(0)