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左手の法則

陰陽道では左手の法則というものを大事にしています。
前回、顎関節症について陰陽の勾玉で治療する方法をお伝えしました。
今回は左の手の平を操作することで顎関節症を治す方法を伝授します。
まず手に三次元アーチとつくり、脳下垂体がセンター中央に入るようにするために、手の平と、手の甲に六亡星の図象を描きます。
手の平中央に六亡星を銀色で描き、その周囲を金色の円で囲みます。
手の甲には、金色の六亡星を描き、その周囲を銀色の円で囲むように描きます。
これで三次元アーチのある手が生まれ、すこぶる軽くなります。ホルモン代謝が活性化してきます。
左手首に隣接する親指の付け根の拇指のシコリをよく揉み解すと、左側の顎関節症が修復されます。
小指の付け根周辺のコリをよく揉み解すと、右側の額関節症が修復されます。
これは秘中の非に属する秘奥義です。
100%そうなりますのでお試しください。
口腔外科にいくよりも確実に改善されます。
肝臓周辺やお臍の周囲に痛苦しいシコリがあるばあいには、右手の小指側の手の平の最下部周辺を揉み解しながら、肝臓の周辺である右肋骨下部の際をやさしく揉み解します。
この両手取りの施術によって、肝臓周辺に集積している毒素が消滅し、同時に痛苦しいコリも消失します。
by toukokira-kira | 2019-06-30 22:53 | Trackback | Comments(0)

秘奥義「卑弥呼」の原理

不安とか悩み、葛藤というものは、次から次へと現れてくるものです。
一つ解決したと思っても、次から次へと順番待ちしているかのように、新たな悩みや不安、恐れが現れてきて葛藤します。
人間が生きているということは、それ自体が数え切れないほどの不安や悩みを抱えて生きていることであり、一つ解決するごとに、次の悩み、不安が現われ、それが心を占領するようになります。
ですから、生きている限り、何かしら心配事があり、心が安らぐことはありません。
我が流儀の秘奥義「卑弥呼」を使うと、イメージ波動で一つ一つの不安や悩みというものを取り出して、心の中から消滅させることができます。
いわゆるストレス調和法です。
この秘儀を繰り返すと、何十回目か何百回目には、すべての不安や恐れが遮断されて、心はよりクリアーになっていきます。
魂を覆う汚れ、穢れが消滅していくということです。
イメージで浮かんできた心の汚れを、「いらない!」と断定して、宇宙に放り捨てて、消滅させるのです。
神の光で焼き尽くして消滅させるイメージでもよいでしょう。
イメージで不安を取り出して、消滅させていくと、魂はクリアーになっていきます。
古流神道では、虚空に黄色の光の珠をイメージして、その黄色の光の珠の中に、不安や恐れ、悩みや怒り、憎しみの心などをイメージで一つ一つ入れていきます。
汚れた心が黄色の光の中に入ると、黄色の光の侵入口が閉じていくイメージを行い、それで消滅していくのです。
イメージによって不安や悩みは消滅していくのですよ。
私が、人の不安や恐れ、心配事を秘奥義「卑弥呼」や「始皇帝」によって消滅調和させるのも、こうした玄理が基本になっています。
by toukokira-kira | 2019-06-28 23:27 | Trackback | Comments(0)

陰陽師の秘奥義

陰陽師の使う術法を陰陽道と言います。
陰陽の意味は、陽が+、陰が-という原理です。
「+」は拡散系であり、「-」は収斂系となります。
磁石で言えば、N極とS極に相当します。
N極とN極は反発し、s極とS極も同様に反発します。
N極とS極は互いに引きつけ合います。
陽を表す色に金色と赤色があります。
陰を表す色に銀色と青色があります。
この陰陽である金銀,赤青の4色の色で治療することもできます。
硬直して短縮している筋肉や靭帯、関節に対しては、収斂して収縮していますので、そこを広げてやればよいのです。
ですから患部の両サイドに金色と金色の勾玉を描きますと、反発して短縮して硬直していたものが拡散します。
縮んで硬直していた患部の筋肉が両サイドから引っ張られて、拡散します。
筋肉の状態がもとに戻るということです。
逆に弛緩している筋肉に対しては、伸びきっていますので、正常な状態に戻してあげます。
この場合は、金色と銀色の勾玉を患部に描きます。
S極とN極が引き合うように金色と銀色は引き合って、伸びきった患部の筋肉を収斂させます。
伸びきっていたものが、正常な状態にまで縮むという減少が起こります。
赤色と青色を使っても引き合いますので、同様な現象が起きます。
これを応用したのが陰陽道による顎関節症の治療です。
収斂側の顎には、金色と金色の勾玉を描き、弛緩側の顎には金色と銀色の勾玉を描きます。
私の場合は、色ペンを使わないで、イメージで4色の勾玉を患部に描いて治療しています。
一瞬で、顎関節症が見事に復整します。
顎関節症を治す方法は幾つも方法がありますが、今回は陰陽の色勾玉を患部に描いて治療する方法をお伝えしました。
これは秘中の秘に属する秘奥義です。初めて公開しました。


by toukokira-kira | 2019-06-28 16:27 | Trackback | Comments(0)

眼をみればわかる

目は口ほどに物を言うといいます。
人の魂や心の動きは、魂の器である肉体に現れます。
とくに目や身体に現れます。
その中で「瞳」は化粧して隠すことができないので、その人の本質が表れるところです。
眼の奥をジーっと見ればすべてが判るのです。
「瞳」は隠しようがないのです。
眼を見ればすべてが判るのです。
白隠禅師は、「君看よ、双眼の色変わらざるは、憂なきに似たり」と云いました。
日本の名言の一つです。
眼を見ればすべてを察することができるというのです。
心模様は、目に現れるということです。
悲しみに憂う眼か、苦悩に苛まれている眼なのか、怒りに燃えている眼なのか、憎しみを滾らしている眼なのか、喜びに満ち溢れた眼なのか、誰にでもすぐに察することが出来ると思います。
目や身体の様子を見れば、心の中の様子が大体判るのですよ。
喜んでいるのか、嫌がっているのか、リラックスしているのか、緊張しているのかが如実にわかります。
霊視などしなくても、目の動きを観察すると、普通の人でも、ほとんど心の中を見抜くことができるのですよ。
話をしているときに、目がこちらを向いて大きく見開いている人は、波長、波動が自分とよく調和する人です。
安心な人です。
瞬きが多かったり、疑視のまなざしを感じる人は、波長の合わない人です。
嫌らわれていると、そういう眼差しになります。
目の色を見て、どんな色の目なのか、直感で感じることです。
目にはいろんな色があります。
悲しい目、優しい目、苦しい目、怪しい目、疑いの目、不安と恐怖の目など、よく見ると判るのです。
はっとするような大きな目で、或いは、見開いた目で、こちらを見ている人は、まず間違いのない人たちです。
自分にとって、波動が共鳴する良い人たちということです。
私のもとに来る患者というのは、みなこういう人ばかりです。
腕組みをして話す人は、男女ともに警戒心が強い人です。
手を隠したり、拳を握ったまま話す人は、用心深い人です。
手の内を隠す人は油断のならない人です。
手の平を見せて話する人は、安心な人です。
足を揺らしたり、コツコツと鳴らす人は、その場に退屈していて、その場から一刻も早く逃げ出したい人です。
身体にソワソワと落ち着きのない人は、嘘、偽り、隠し事のある人です。
落ち着きのなさを強く感じる人は、詐欺師やペテン師に多いので気をつけましょう。
他人から肩をすくめられたら困惑されているということです。
このように仙術を使わなくとも、目を看れば、普通に相手の心の中が判るのですよ。
目が澄んで清らかで、温かみを感じる人は、人間として最高の人です。
汚れや濁りのある目、用心深い鋭い警戒の目には気をつけたほうが良いでしょう。目は口ほどに物を言うのです。
どんなに表情を作っていても、よく熟視していると、一瞬の刹那に、本来の目の色、光が見え隠れします。
顔は化粧して誤魔化すことができますが、目は隠しようがありません
by toukokira-kira | 2019-06-27 23:51 | Trackback | Comments(0)

46億年の歴史に思う

地球が誕生してから46億年という。
40億年前に、単細胞の生命体が出現し、その遺伝子が進化して、多用な生物を生み出しました。
5億年まえの人類の祖先は、海の中の魚類でした。
それが進化して、400万年前には、北京原人、ジャワ原人となりました。
そして、10万年前には、ネアンデルタール人に進化し、さらに4万年前には、より人類らしい戦いの巧者クロマニヨン人に進化しました。
そして今日にいたるのが人類の進化の歴史です。
ですから、私達の遺伝子には、ネアンデルタール人とクロマニヨン人の血を受け継いでいまs。
日本の縄文人は、1万6000年前に出現しました。
そしてこの40億年の間に、3000万種もの生物種が誕生しました。
一つの命の種から分化して、3000万種もの生命が誕生したのです。
「命の種」のことを、古神道では「魂」といいます。
生きとし生けるもののすべては、一つの魂から分化したものだということです。
生物種によって肉体は千差万別に異なっていますが、魂は同一のものです。
メダカやアリのような小さな肉体にも、生命という同一の魂が宿っているということです。
知性と理性をもった人間の魂だけが特別ということではありません。
人間は、脳という進化した肉体をもつ存在ではありますが、魂はみな同一のものです。
肉体が朽ちると、同時に魂も消滅します。
生命体が死を迎えると、その魂は自然界に同化していくように消滅します。
この世界は、生物多様性です。そして共存共栄してきました。
地球上の生物の歴史には、大きな転換点が5つありました。
過去5回の生物絶滅の歴史があるということです。
現在,6回目の絶滅の危機に向かっているということです。
何故ならば、1年間で、4万種もの生物種が地球上から消滅しているということです。
この地球上では、凄いことが、凄いスピードで現代に起きているのです。
鯨やうなぎ、さんご礁,狼や虎などが、絶滅の危機だそうです。
原因は、人間活動による弊害だそうです。
地球が40億年かけて作り上げてきたものが、この数十年で、音を立てて崩れ始めているのです。
南極や北極の氷や氷河の消滅も同様です。
40億年かけてつくり上げられたものは、一瞬で破壊されますが、もとに戻そうと思っても、もう戻せません。
地球破壊を止めて、地球を大切にする必要があります。
現在、地球には、75億人の人間が暮らしています。世界の科学者が計算すると、もうすでに地球1,5個分の人口だそうです。地球の食料、資源、エネルギーは限られています。
75億人の人間が、すべて日本人と同じように暮らすには、地球2,3個分が必要だそうです。米国人と同じ暮らしをするには、地球4個分が必要だそうです。
地球の人口は、毎年1億人づつ増加し、もうすぐに100億人になっていきます。
どうするのでしょうか。
現在の地球でさえ、餓死者は年間1億人です。
9億の人々が餓えと争いと伝染病に苦しんでいます。
恵まれた国の人々は、16億人です。
何とか生きている貧しい国の人々が47億人です。
食料、資源、エネルギーの争奪、分捕り合戦は激しさを増していますが、世界の平和は保てるのでしょうか。心配ですね。
牛肉も、マグロも、サーモンも、ウナギも世界中で分捕り合戦が激しくなっています。
日本ではこれに高齢社会の問題に拍車がかかっています。
北海道の上砂川町では、高齢化率が50%をこえました。
この町では、住民の二人に1人が65歳以上の高齢者ということです。
老後の年金や生活費の問題も噴出してきています。
令和という時代は、国の形が大きく変わる大変な時代だと思います。


by toukokira-kira | 2019-06-26 22:31 | Trackback | Comments(0)

永遠の命

波動共鳴の法則は、不思議な法則である。
同類の波動は、同類の波動を引き寄せるという法則です。
類は類を呼び、友は友を呼ぶ法則とも言います。
そこに善悪の意思も判断も存在しません。
似たような波動の者同士が引き合うということです。
言い換えるならば、似たもの同士が結びつくという法則です。
良い波動には、良い波動が引き寄せられ、悪い波動には、悪い波動のものが引き寄せられるということです。
幸せな波動には、幸せな波動のものが招き寄せられてきます。
不幸な波動には、不幸な波動のものがやってきます。
争いと対立の波動には、同じような争いと衝突の波動をもったものがやってきます。
音楽を愛する波動のものには、同類の波動の者が集まってきます。
邪悪な心の波動のものには、邪悪な者が訪れて参集して来るようになります。
愛と感謝に生きる者には、愛と感謝に生きる人々が招き寄せられてきます。
お金にも波動があり、お金の波動には、お金の波動が引かれてきます。
お金を持っている人の波動には、同じように、お金を持っている人の波動が反応してきます。
波動の法則に善悪はありません。
成功者には、同類の成功者が集います。
失敗者の波動には、同類の失敗者の波動が集います。
自殺者には、同類の自殺者の波動が引き寄せられています。
何度も言いますが、波動の法則に善悪はありません。
ただ似通った周波数の波動が引き合うということです。
すべてがそうした波動の法則で貫かれているのが、この世界です。
現実世界は、目には見えませんが、波動世界なのですよ。
宇宙の法則は、波動の法則であり、そこに善悪の概念はなく、因果の法則である原因・結果の法則によって、代償が伴うだけなのですよ。
波動が波動を呼ぶのです。
波動が同類の波動を呼び込むのです。
好むと好まざるに関わらず、波動が同じ同類の波動を引き寄せているのです。
極悪非道な半端者でも、金運波動に恵まれている者は多く、金運波動と人格、品格波動とは無関係です。
金が金を呼び込んでいるのです。
この世の中で、金持ちが幸せ者と錯覚しているのは、損得勘定で生きている人が多いからです。
肉体をもたない魂にとっては、お金の使い道などありません。
魂レベルではそんなことはどうでもよいことなのですよ。
肉体をもつと、現実にお金が使えるようになるから、欲望を貪るようになるのです。
修行を重ねた魂は、この世に肉体をもって生まれても、欲望には無頓着です。
魂を磨いて、さらに向上していけるようなことにのみ最大の関心を示します。
この現実世界で、欲望に塗れ、金に塗れ、権力に塗れている者は、みんな未熟な魂の者たちです。
修行の進んだ高貴な魂の者は、清貧で誠実、正直で謙虚な魂の者です。
魂の真実、心の真実を悟っているのです。
本当の人間の有り様が判っているのです。
人間は、神から様々な人生プランを与えられて輪廻転生し、魂の修行場に向かいます。
神から与えられた人生プランにそって人生、運命を歩むのですが、人生プランは、神との約束事です。
魂の修行のために、自分が選んで約束した人生プランです。
社会環境、生存環境も自分が選んで生まれてきます。
あるときには、大金持ちの家に生まれ、何不自由なく暮らす人生を選択して生まれ落ちてきます。
あるときには、貧乏極まりないどん底の生存環境を選択して生まれてきます。
あるときには、権力者として、あるときには芸術家として、あるときには、宗教家として生まれてきたりします。
魂の修行に必要な生存環境、試練を選択して、輪廻転生を繰り返すのが、人間というものです。
権力や地位を握った者というのは、転生によって、驕り高ぶった者にもう一度権力と地位のある人生を与えて、権力を摑んでも、なお謙虚な誠実な生き方できるかどうかの試練を与えているということなのです。
その魂にとって必要があって、生存環境、社会環境が与えられるのです。
背負ったカルマの解消のために、同じ境遇の中に生まれ落とされることも多いのです。
有名になるのも結構、金を摑むのも結構、権力を握るのも結構、地位・名誉を摑むのも結構なことなのですが、魂にとって問題なのは、どのように金を生かして使うのか、どのように権力を人々のために活かすのか、ということが問われているのであり、大切なのです。
人の為、世のために金を使い、権力を使うかということが、その魂の分かれ道となります。
同じ境遇に生まれてくることは、二度とはないのが原則です。
今が大金持ちでも、来世は、違った境遇となります。
今が貧乏、どん底でも、来世は大金持ちの境遇で修行かもしれません。
自分の魂が神と相談して決めてくるのですよ。
魂の修行に必要な境遇が与えられるということです。
人生プランの作成には、神とともに、先祖の高級霊、指導霊も関与しています。
この世の境遇、浮き沈みは、はかない花のようなものであり、ひとときの幻のようなものです。
嘆き悲しむことも、喜びに沸き返る必要もありません。
ソクラテスの弟子プラトンは、永遠の命について説かれました。
それがキリスト教の信仰の母体となりました。
永遠の命は、輪廻転生の輪の中で、さまざま境遇、試練を体験しながら、向上進化し、神の光に近づいていくのですよ。
ご縁があって、ここまで読み進まれた修行者は、もう普通の人間ではありません。
三千世界を目前にした修行者であり、神と縁で結ばれた者たちです。合掌

by toukokira-kira | 2019-06-24 22:07 | Trackback | Comments(0)

第三の眼を鍛える

私たちの額の中央部は、印堂といって、霊的な働きを司るチャクラです。
霊的な働きをするがゆえに第三の眼とも言われています。
印堂は、生命中枢である脳器官の脳下垂体、松果体の反射点です。
とくに睡眠中枢である松果体が発達してくると、霊的な力が発達してきます。
睡眠を誘うメラトニンは、朝の陽光を浴びてから15~16間後に分泌される脳内物質です。
朝の陽光を散歩などで十分に浴びておかないと、15時間後の夜にメラトニンが分泌されず、不眠症状になりやすくなります。
さて、話を第三の眼に戻しましょう。
私は、何かをイメージするときには、この額の中央部の第三の眼でイメージするようにしています。
患部に向けて、光の珠をイメージで放射するときにも、この第三の眼から光の珠をイメージで放出します。
頭の中でイメージするのではなく、第三の眼でイメージすることが大切です。
第三の眼から光の玉を前方に押し出したり、そこから後頭部まで引っ込めたりして、第三の眼を鍛えると、第三の眼が活性化してきます。
段階が進んでくると、光の玉の出し入れのスケールが大きくなり、前方に押し出したたイメージの光が宇宙の中心まで飛んで行き、さらには地球をグルグル回って、第三の眼に戻ってきます。
こうすることによって、第三の眼が霊眼となって開いてきます。
by toukokira-kira | 2019-06-23 13:17 | Trackback | Comments(0)

怒りとは何か

「怒り」については何度も解説してきました。もう少し書きます。
人間は感情の動物です。
そして、すべてのネガティブな感情の奥底には「怒り」の感情が含まれています。
「怒り」の感情を理解し、克服することが人生の達人の道となります。
人間は、実は、怒りを糧にして生きています。
怒りを友として生存している生命体です。
怒りの感情なしでは生きていけない生命体です。
人間にとっては、怒りこそ、生きる力なのです。
怒りがあるから、それが力となって前進できるのです。
ですからそうした意味で、怒りがあるから夢が実現するのです。
人間から怒りの感情を除いたら、もう人間ではありません。
ですから、怒りを否定的に考える必要はありません。
怒りは生存と前進のための必要要素と捉えましょう。
人間から怒りを奪うと、無気力な夢遊病者となります。
怒りがあるから、意地も芽生えるのです。
怒りがあるから、耐え忍ぶこともできるのです。
怒りがプラスに働いているうちは、人生にとって実に有益なのです。
しかし、問題なのは、怒りがマイナスに働いたときです。
ネガティブな心で怒りが爆発すると、人生のすべてを一瞬のうちに失うことになります。
人間にとって必要不可欠な「怒り」なのですが、その怒りも過ぎると、激怒となり、よくありません。
喜怒哀楽の人生といいますように、喜怒哀楽の感情は普通に働いているうちには、プラスの方向に働いてくれます。
しかし、喜怒哀楽の感情が過ぎると、人生や運命を狂わせますので、よくありません。
喜びは、進むべき方向を指し示してくれますが、喜びが過ぎると、悪戯となります。
怒りは、前進する力となりますが、過ぎると激怒となろ、何もかも破滅へと導きます。
悲しみは、再起する力となりますが、過ぎると絶望となり、身の破滅を誘います。

さて、人間の本能には、闘争本能と怒りの本能が色濃く詰まっています。
そんな中で、人間のもつ正義心と理性が、感情の爆発、怒りの爆発を抑えているために、人間らしく振舞えるのです。
ですが、社会的に孤立している人や、疎外感を感じて生きている人は、怒りを抑制することができません。
孤独や疎外感というものは、怒りを絶えず誘う感情だからです。
孤独な者の怒りが世の中で一番こわいのですよ。
昨今,団塊の世代が高齢者になり、高齢化の問題が深刻になっています。
収入のない貧困の認知症の一人暮らしの高齢者が急増しているからです。
とくに男性は、会社人間が多いので、他に付き合いもなく、仕事を辞めると、社会的な孤立感、疎外感が大きくなります。
現役時代に企業の会長だとか、教授だとか、肩書きで生きてきた人の孤独感、疎外感は計り知れなく、心の中は怒りで充満しています。  
加えて800万人も存在する認知症患者です。
認知症の症状には、妄想、興奮,幻視、幻聴などがあります。
財布を盗まれるという妄想で、家族に暴力を振るったり、目の前に敵が数人現れて見える幻視により暴れたりして、高齢認知症の人の暴力、怒りが顕著なのです。
日本人は基本的に恥じの文化の中で生きていますので、世間体を気にしたり、世間体を大事にしているうちは、理性が働き、怒りや暴力を抑えることができるのですが、世間との付き合いがない場合には、抑制する力が働かないので、孤立した人間は、怒りや暴力を暴発させます。
昨今、老人高齢者の暴行や犯罪事件は急増しており、何と、発生件数は過去の50倍近いというのです。
少子化の問題とともに、高齢者の問題も深刻で複雑化しています。
同時に、超高齢社会が進展しつつあります。
わたしが若い頃には、65歳以上の高齢者は、全人口に締める割合は7%以下の時代でした。
当時は、10以上の若者が1人の高齢者を支えるという時代でした。
それが65歳以上の人口が7%を越えて「高齢化社会」と定義づけられる世となり、さらには高齢者人口が14%を越えて「高齢社会」に突入し、現在では高齢者人口が27,6%の「超高齢社会」に突入しています。
65歳以上の高齢者人口は1734万人、75歳以上の高齢者が1436万人、90歳以上の高齢者が177万人もいます。
そして100歳以上の長寿者が6万7000人もいます。
30年後の2050年頃には高齢化率40%になると予測されています。
現在、若い世代2,26人で1人の高齢者を支えていますが、30年後には間違いなく、1人の若者が1人の高齢者を支えるという「超超高齢社会」を迎えることになります。
生活を支える年金も不確かで、このままでは破綻に向かうでしょう。
老人の怒りが渦巻く世の中が確実にやってきます。
そんな中で、美しい老後を過ごすには、経済的な豊かさとともに、人間本来の美しい心の復権が不可欠です。
by toukokira-kira | 2019-06-22 20:10 | Trackback | Comments(0)

苦海の人生

仏陀の教えでは、この世の中は、一切皆苦といいます。
すべてが苦であるというのです。
ですから苦海の荒波に翻弄されるのが私達の人生です。
世の中には、楽しいことも、嬉しいことも、喜びも希望も一杯あるのですが、それらも含めて、仏陀であるお釈迦様はすべてが苦であるというのです。
それは、すべてが変化して、動いているからです。
森羅万象のすべてが生成流転していますから、変化が変化を生み出しています。
この世の中で変わらぬものなど一つもありません。
喜びは、やがて悲しみとなり、希望はやがて失望となるからです。
永遠不変なものなど何一つありません。
釈迦の説いた「苦」とは、自分の思い通りにならないことが苦です。
世の中は、自分の思い通りにはならないことばかりです。
だからすべては苦なのです。
生老病死を四苦といいます。
4つの避けられない宿命を四苦というのです。
生きること、老いること、病むこと、死ぬことは、すべての人に必ず訪れます。
苦を受け入れて、苦の本質を明らかにすることによって、人生を豊かなものにすることもできるのです。
苦を諦めるのではなく、苦を明らめるのです。
苦の本質を明らかにすることで、苦を悟り、いつか苦を超越できるのです。
苦を超越した心の階層は、一番高い魂の階層であり、釈迦、キリストの世界ですが、誰にでも可能性のチャンスは与えられています。
日本では、空海と道元禅師が苦を超越した方です。合掌
by toukokira-kira | 2019-06-21 00:03 | Trackback | Comments(0)

命ほとばしる

人間は、見方を変えると、波動エネルギーとしての存在です。
生命エネルギーであるプラーナが人間の生命力を握っています。
生命エネルギーは、心をたぎらせ、情熱を燃やすと、消費され、新たなエネルギーの補給が必要になります。
極限まで情熱を燃やし続けると、生命エネルギーが枯渇し、滅気状態となります。いわゆる燃え尽き症候群となります。
スランプとなるということです。
寝ても覚めてもという努力邁進を続けていると、ある時から、生命エネルギーが枯渇して、スランプ状態となります。
生命エネルギーは無限ではなく、補給しないと枯渇するということです。
やはり、人間というのは、ゆったりとリフレッシュすることが必要です。
生命エネルギーを補給する休養が大切ということです。
そうすることで、また再び情熱をもって取り組むことができます。
スランプを感じた時は、一時休養し、リフレッシュに努めることが大切です。
そういうわけでスランプは、がんばる人間であれば、誰にでも生じる現象です。
スランプはエネルギーが枯渇した状態ですから、エネルギーを補給さえすればまたやる気が湧いてきます。
世界的なピアニストも、バレリーナでも、スポーツ選手でも、必ずやってくるのがスランプです。
要は、がんばりすぎてのエネルギー不足ということです。
医学的には燃え尽き症候群ということです。
そういう人は、完全燃焼して燃え尽きて、燃え殻となっていますから、十分な休養が必要です。
エネルギーを再び蓄えると、元気になります。
何も心配はいりません。
そして、情熱をもって完全燃焼した記憶と経験のある人は、努力の大切さと、生命の輝きが何かということを知っている人です。
完全燃焼した経験のない人は、残念ですが、まだまだ修行の足りない未熟な魂の持ち主です。
自分の道が見つかると、夢中になり、完全燃焼できるのですが、自分の道を見つけることができないでいる人は、なすべきことも成さずに、無為に人生を過ごすばかりです。
俺は何のためにこの世に生まれてきたのかという嘆きの人生となります。
完全燃焼できる自分の道があるかないかによって、人生、運命は分かれていきます。あなたはどうですか。
花が美しいのは、迷うことなく、一筋に花の命を咲かせ、一意専心で花の光を点ずるからです。
私はそう思っていつも花が放つ光を見つめています。
合掌

by toukokira-kira | 2019-06-19 17:51 | Trackback | Comments(0)