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大志を抱け

努力し続ければ、いつかは必ず報われる。
努力は人を裏切らない。
努力こそが人間の生命の輝きである。
人間の成功の条件は、IQでも、才能でも、能力でもありません。
その人間の志と心構えと、やり抜く力が成否を分かちます。
志をもちましょう。やり抜く力を磨きましょう。
大事なことは、大志を抱けということです。

さて本題です。
プラスの心、光の心には凄い力があります。
愛の心、感謝の心、許しの心、幸せの心、喜びの心などの善なる光の心のエネルギーには凄い力があります。
それらを他者に分け与えると、分け与えた分だけ増加するという驚くべき特性を持っています。
人に何かを分け与えると、減ってしまうと考えがちですが、プラスの感情を他者に与える人は、自分にも同量のプラスのエネルギーが入ってきて、豊かで幸せになります。
他者への目配り、気配り、心配りも善なるエネルギーです。
他者を思いやるエネルギーは、自分の魂にも還ってきて、命運律を上昇させます。他者への愛や慈愛のエネルギーは、相手にも届きますが、自分の心をも豊かなものにします。
自分の利益や欲望のためのエゴ的なエネルギーは非常に小さなエネルギーでしかありません。
他者の幸せを願うエネルギーや、他者の健康を願うエネルギー、他者の喜びを願うエネルギーは、相手に届くばかりではなく、自分の魂をも豊かに上昇させます。
他者の幸せを願うこうした心の善なる波動は、細やかで繊細な高次の精神波動です。
他者の幸せを願う波動は、自分自身も恩恵を受ける波動なのです。
自分の幸せばかりを願う心の波動は、粗い低次の波動です。
何の恩恵もないどころか、清算すべきカルマがつきまといます。
自分の幸せを考えるほどに、幸せは遠ざかり、失われていきます。
相手の幸せを願えば、自分も幸せになっていきます。
人を勇気付けると、自分も勇気凛々、元気になっていきます。
人に親切にすれば、自分も親切にしてもらえます。
自分がやって欲しいと思っていることを、親切な心で他者にもしてあげるとよいのです。
全部プラスになって自分に還ってきます。
宇宙の法則では、「他者への親切」というのが最上の行為です。
損して得をとれ、という言葉は正しいのです。
他者に親切にして、喜ばれ、感謝されると、あなたの運命、人生はジワジワと好転していきます。
人と比べて感じる幸せは、不幸への道へ続きます。
比較して満足するしないは、不幸の始まりと肝に命ずべしです。
人と比べるようになったらもうお終いです。
運命は坂道を転がるように墜ちていきます。
そして、「いつか幸せになる」は駄目です。
「今が最高に幸せだから、これからもづっと幸せです」が正解です。
使命観をもって事をなしたときは、心は最高の状態になります。
その人が、この世でなすべきことを実行するとき、無上の喜びで魂は包まれ、幸せも、豊かさも、すべてが手に入ります。
世のため人の為になるような目的、使命観のことを「志」と言いますガ、そうした志をもった生き方が本当は最高の生き方なのです。

by toukokira-kira | 2019-01-30 19:28 | Trackback | Comments(0)

念彼観音力

仏教が日本に伝わったのは6世紀です。
それから仏教に根ざした信仰が始まりました。
庶民に最も信仰されたのが観音さま信仰です。
観音さまは、観世音菩薩といいます。
人々の苦しみ、悲しみを引き取ってくれる優しい仏様です。
病気や災難、不幸、早死の運命から救ってくれるのが観音さまです。
観音さまの中でも、最も信仰心を集めてきたのは、十一面観世音菩薩です。
強大なパワーをもつ仏様と信じられています。
国宝に指定される十一面は、全国に6体だそうです。
最も美しいとされるのが湖北の渡岸寺のものだそうです。
井上靖の小説に登場する十一面観音です。
正面3面は寂静面、左3面は憤怒面、右3面は菩薩面、後ろの1面は暴悪大笑面、頂上が仏面だそうです。
仏面は、衆生の災いを払い除ける力を顕わしています。
極楽往生は阿弥陀如来の働きですが、衆生を災難や苦しみから救うのは観世音菩薩の働きです。
当時は、この世では幸せになれない時代でしたので、せめてあの世ぐらいは幸せになりたい、という現世利益の信仰でしたが、厳しい封建制の時代に、人々に希望と優しさを与えてくれました。
とはいえ、「念彼観音力」という真言には不思議な力がありますので、災難に苦しんでいる方は繰り返し唱えてみるとよいでしょう。






by toukokira-kira | 2019-01-27 12:46 | Trackback | Comments(0)

我慢しすぎると

ストレスには大きく分けて2つの種類があります。
一つは「がんばるストレス」というカテゴリーです。
二つ目は「我慢するストレス」という分類です。
一つ目の「頑張るストレス」についてですが、頑張りすぎると、ストレスホルモンである「アドレナリン」が分泌され興奮し、緊張し続けます。
あまり頑張りすぎると、身体にストレス反応がでます。
身体のさまざまなところで不調が生じてきます。
さらに不眠不休で頑張り続けていると、身体のあちらこちらで金属疲労が生じて、体から悲鳴があがります。
こうしたストレスによるストレス反応を軽視すると、やがて身体に大変な事態を招きます。
パーキンソン病は、頑張りすぎる人に多く、もうこれ以上頑張らないでと身体が悲鳴を上げて、動けないように運動神経伝達を拒否している状態の病気です。
二つ目の「我慢するストレス」についてですが、辛いことや苦しいことを我慢していると、コルチゾールというストレスホルモンが分泌され脳に作用します。
我慢するストレスというのは、まず心にストレス反応がでます。
精神的疾患になりやすいということです。
よく人間のできた聞き分けのよい子というのは、何につけてもおりこうさんで、よく我慢も忍耐もできた模範的な人間です。
ですが、こういう子というのは、性格が生真面目なので目上の人間のいうことをよく聞き、我慢強いのですが、その心の中は、我慢するストレスで溢れかえっています。若くして、脳卒中などの脳障害を起しやすいと思います。
限界をこえて持続的に強いストレスがかかり続けると、免疫力が阻害されますので、さまざまな難病やガンを発病させます。
辛いこと、苦しいことは、我慢しないで、溜め込まないで、日頃から吐き出すようにしましょう。
そういうネガティブな感情は、日記などに詳細に書き出すと、吐き出すことができます。




by toukokira-kira | 2019-01-27 00:22 | Trackback | Comments(0)

光明真言

このブログで何度も何度も解説してきたのが光明真言です。
それだけ重要ということです。
真言密教の真言の中では、最重要なものです。
光明真言は、唱えることにより、一切の罪や悪事を取り除いてくれるというありがたい真言です。
この真言の威力は、死者や霊邪気を成仏させる功徳があります。
この真言を加持した砂を死体や墓にかけると、怨霊となったものも退散し、成仏します。
幽霊や怨霊が目の前に突然現れたときには、光明真言を唱えるとよいでしょう。
23文字の短いお経である真言ですが、心を込めて唱えると、すべての禍から護ってくれる強力な真言です。
真言とは、短い経のことです。
長い経のことを陀羅尼といいます。
光明真言は、大日如来の真言であり、一切諸仏諸菩薩の総真言です。
この真言の波動は、尋常ではなく、唱えると、大日如来が側近くに現れます。
大日如来の後ろには、すべての仏が姿を変えて集合し、唱えるものを守ります。
真言は命の波動であり、相手の心を震わせます。
日本では古来より、この真言を指して、言霊といいました。
大日如来は、遍照金剛ともいい、仏の光ですべてを照らし出す働きがあります。
光明真言により、大日如来の加護があるということは、すべての仏が大日如来のもとに集結してきて、あなたを加護し、護るということです。
ありがたい真言です。
ありがたい最高、最上の真言です。
怪異や怪奇現象、金縛りなどが生じるときには、すかさず光明真言を唱え続けましょう。
光明真言は、「オン アボキャ ベイロシャナウ マカボダラ マニハンドマ ジンバラ ハラバリタヤ ウン」です。
破邪降摩の大真言です。
私は、古流神道の修行に入る前の青年期には、祝詞も知りませんでしたから、この光明真言と、不動明王の真言を頼りにして、身を護ってきました。

by toukokira-kira | 2019-01-25 23:05 | Trackback | Comments(0)

蓮の花

水泥なる池面に咲きでる蓮の花・・。
美しい白い光を放って咲き誇る蓮の花は、澄んで清らかな水の中では咲くことができません。
水の中に汚い泥土を混ぜることによって、美しい蓮の花が咲きます。
人間もただ清らかに澄み渡っているだけでは、美しい花を咲かせることはできません。
辛いこと、苦しいこと、悲しいことが水泥になって、美しい人生の花を咲かせます。
怒りや、憎しみ、妬みという悲しい心が混じり合って、美しい人生の花が咲きます。
まさに人間の人生とは、喜怒哀楽の人生です。
苦しみや悲しみを乗り越えて、清濁あわせ呑むのが私達の人生です。

by toukokira-kira | 2019-01-25 23:04 | Trackback | Comments(0)

忍耐とは

昨今は、「怒り」が現代人の主要なテーマのようです。
そういう本が一番売れているそうです。

怒りに対しては、「忍耐」がキーワードです。
忍耐と寛容の精神が大切ということです。
この世界では、何事も自分の思うようにはいきません。
ですから仏陀は、仏教の教えの中で、忍耐の必要性を一番に説かれました。
仏陀の教えは、ある意味では「忍耐」の教えといっても過言ではありません。
仏陀であるお釈迦様が説かれた「忍耐」とは、いかなるものでしょうか。
仏陀の「忍耐」とは、耐え忍ぶことでも、がまんすることでもありません。
我慢は限界を越えると、爆発して、激怒の心に変わる闇の心です。

忍耐の本当の意味は、落ち着いて、穏やかに、寛容な気持ちでいなさい、というものです。
仏陀であるお釈迦様がそう言っているのですよ。
忍耐=寛容な精神んことであり、穏やかで沈着冷静な精神のことです。
怒りの心を理性でコントロールできる状態が「忍耐」です。
人間にとって、やはり忍耐と寛容が一番肝要ということです。
ですから人間にとっての「成熟」とは、思い通りにならないことを忍耐する、我慢できるということだと思います。


by toukokira-kira | 2019-01-24 10:31 | Trackback | Comments(0)

成熟した人間とは

裏切りや嫉妬というのは、ある種の女にとってはアクセサリーのようなものです。
そして男の勲章とは、やはり忍耐と寛容の精神だと思います。
思うようには絶対にならないのがこの世の常ですが、成熟した人間というのは、思うようにならない現実をよく耐え忍ぶことのできる人を言います。

by toukokira-kira | 2019-01-23 22:26 | Trackback | Comments(0)

お不動さん

人間は、どこまで生きるかではなく、どう生きるかが大切です。
自分の力で生きているようで、実は生かされているということに気づくようになります。
さて、本題に入ります。今日のテーマは「お不動さん」です。
古来よりお不動さんと呼ばれ、人々に深く信仰され、親しまれているのが、不動明王である。
私は幼少の頃、よく母に連れられて、近所のお不動さんに行った記憶が残っています。
そこには老婆のような黒い服を着た行者がいて、火炎の炎に包まれた、憤怒の形相をしたお不動さん、不動明王の仏像が何体も安置されており、怖くて仕方のない記憶があります。
病気で熱がでたり、打撲で手が腫れ上がったりしたときなどに、加持祈祷してもらった記憶があります。
何かあると、お不動さんは、お大師さんとともに、よく母に連れられて行きました。
子供の頃は、いつでも屋根に上がって、遊んでいたのですが、ある時、高い二階の屋根から落ちて、腕を強く打撲しました。
腕が腫れ上がって相当な重症でしたので、母に連れられて、この時には、お大師さんに行った記憶があります。
腫れあがって動かなくなった手が、加持祈祷してもらうと、嘘のように腫れが引いて、不思議な思いをして帰った記憶が鮮明に残っています。
昔は、お不動さんとか、お大師さんとか、気軽に加持祈祷してくれる所が、町中の方々にありました。
お大師さんとは、弘法大師空海のことであり、お不動さんとは、大日大聖不動明王のことです。
昔、お大師信仰、お不動さん信仰は、人々の中に力強く根付いていました。
今はあまり見かけなくなりましたが。
弘法大師空海は、密教、真言宗の開祖です。
高野山金剛峰寺を開いた人です。
不動明王は、空海が中国から持ち帰ってきた仏で、密教の根本尊になっています。五大明王の中心にいる明王が不動明王であり、大日如来の化身です。
ですから大日如来の脇には、常に不動明王が控えています。
不動明王は大日如来の化身ですから、凄い力をもった仏様です。
人間界の煩悩や欲望が天界に及ばないように烈火で焼き尽くす世界の住人が不動明王です。
炎の世界の仏様、明王が不動明王です。
人間は死ぬと、閻魔大王の前に行き、審判をうけます。
閻魔大王が選び取ってくださった人間は、不動明王の炎の世界に行きます。
そこで人間の邪念、悪念,妖気、魔気、怨念、憎悪、欲望などの闇の心を紅蓮の炎で焼き尽くします。
不動明王の烈火で焼かれなければ、人間は穢れが多くて、到底、霊界には行けません。
煩悩で苦しむ衆生を、縁あるものから順番に縄で絡め取って、力づくで救いだすのが不動明王です。
閻魔大王が霊界に行く人間ではないと選別された人間は、不動明王の処へは行けません。
幽界地獄を幽霊として永遠に彷徨うことになります。
あまりに生前の罪が多く,罪障が重いから霊界に行けないのです。
清算できないほどの罪償があるのです。
欲に目がくらみ、金に目がくらみ、権力を使って人を踏みつけにしてきたからです。
現世では、富、地位、名誉、名声、権力を摑んだ者たちが、閻魔大王のもとで厳しく裁かれるのです。
罪障の重い者は霊界には行けないで、幽界を彷徨うことになるのです。
そういう者は、不動明王の烈火の炎で煩悩、因縁を焼き尽くしてもらうこともできないのですよ。
ですから永遠に天上にはいけないのです。
嘘、偽りの者、損得勘定の者、正直で誠実でない者には、不動明王の霊力によって魂を縛り、厳しい天罰、厳罰を与えられ、それから業火で焼かれます。
阿鼻叫喚の地獄がそこにあります。
罪が重い分だけ、不動の烈火で焼き尽くされますので、苦しみます。
反省させられては、業火で焼かれます。
49日間、不動の烈火で焼き尽くされて、ようやく魂は清浄となり、霊界へと昇ります。
あの仏陀、釈迦でさえ、臨終の時には、菩提樹の下で、煩悩を不動明王の火炎の炎で焼き尽くしてもらい、天上に昇られたのです。
人間は、皆、死んだら不動明王の処に行き、煩悩と欲望とを烈火で焼き尽くしてもらい、それから天上に上がるのです。
不動明王に縁で結ばれていないものは、永遠に救い取られませんので、幽界を彷徨う霊となります。
不動明王に縁のない者とは、悪徳のかぎりを尽くした者や、神への信仰心のないものなどです。
不動明王は、手に破邪降魔の剣をもち、投げ縄を持っています。
魔や悪魔、妖魔を退散させ、煩悩、因縁を断ち切ってくれます。
投げ縄は、人々を縛り上げてでも救い出すという、力づくで救う象徴です。
悪を縛り上げるという意味もあります。
空海が日本に伝えたのが不動明王であり、その真言は、「ノウマク サンマンダ バサラダン センダン マカラシャダや ソハタヤ ウンタラタ カンマン」です。
迷いを打ち砕く真言です。
障りを取り除くための不動明王への祈願成就を願う真言です。
光明真言とならんで威力のある大光明の真言です。
光明真言は、お大師さんの真言であり、「オン アボキャ ベイロシャナウ マカボダラ マニハンドマ ジンバラ ハラバリタヤ ウン」です。
破邪降摩の真言です。
by toukokira-kira | 2019-01-23 17:18 | Trackback | Comments(0)

煩悩を焼き尽くす

人間の心の中は、誰でも、煩悩、葛藤、悩み、心配事、不安と恐れ、怒り、恨み、憎悪、妬み、など様々な闇の心、ネガティブな感情に侵されています。
いわゆる108つの煩悩というやつです。
そして、それが人間というものです。
そういう心の波動が、自他の運命を狂わせ、下降させ、新たな悪因縁のもとを作ります。
現代的に云えば、ストレス、トラウマの心が心身を蝕むということです。
こうした108つの煩悩に対しては、光の瞑想が極めて有効であり、効果があります。
自分自身の奥底の中に、信じる神をイメージします。
その神は、黄金の光で輝いており、あなたの魂の奥底で、あなたとともにある、というイメージを描きます。
あなたは、その神の光を受けて、神と同じように輝いています。
ここで自分の生命の瞑想をします。
世界に二つとない尊い命があなたです。
わが命、今、此処に、こうして在ることに、感謝します、と瞑想の中で神に感謝します。
そして。自分の言動を心から反省、内省しながら、心から離れない思いや、囚われの思い、執着の思いなどを呼び起こし、その想いの念をイメージの神の光で焼き尽くします。
イメージで焼き尽くし、宇宙に散っていくイメージを描くのです。
そうすることによって、ネガティブな心の想いは、一つ、一つ消滅していきます。神の光の代わりに、不動明王の紅蓮の烈火によって、煩悩を焼き尽くすイメージを描いてもよいです。
イメージで焼き尽くし、消滅させることにより、潜在意識の法則により、現実に、心の痛み、苦悩が消えていきます。
これは宇宙の法則です。
秘密の名前のついた守護神がついている人は、いつもイメージしている守護神を、心の奥底に存在する神としてイメージしてください。
自尊拝ですので、もう1人の自分をイメージして、そのもう1人の自分に秘密の名前をつけて、無限の力を持った神としてイメージするのです。

この日本の中で、数人の若者たちが、伝授により守護神の存在する者たちです。
私が分け与えた者たちです。そのありがたさが判るとき、本当の神のありがたさが判るのです。
こうした煩悩や苦悩、不安と恐怖の心は、わが秘奥義「卑弥呼」や「始皇帝」の秘儀によっても消滅させることができます。


合掌
by toukokira-kira | 2019-01-21 13:29 | Trackback | Comments(0)

前進とは

今やる、すぐやる、どこまでもやる。
今できてないことを、今、チャレンジすることに人生の醍醐味がある。
挑戦し、前進する人生でありたい。

by toukokira-kira | 2019-01-21 10:49 | Trackback | Comments(0)