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結界について

さて、「結界」って何でしょうか。
物体を取り巻く結界は、生命体と非生命体とでは大きく異なります。
生命体ではないものの結界は、物質構成のみの結界であり、簡単に人の波動を受け入れ、結界を破るための消滅波動を物体に付着させることが可能です。
結界とは、防御体、バリアーのことで、すべての物質に存在しています。
バリアーとは、幽体、霊体のことです。
生命体でないもののバリアーは、幽体だけになります。
路傍に転がっている石ころやレンガにもバリヤーとしての幽体が存在しています。
すべての物体には幽体があり、生命体でないかぎりは霊体はありません。
防御体である幽体バリアーは、外部波動から生命体を守るためのもので、外部波動の侵入を阻止します。
最初のバリアーは幽体であり、幽体が破られると、今度は霊体がバリアーとなって侵入を防ぎます。
霊体が破られると、もうお手上げです。
精神体、神体への侵入を許し、精神に重大な障害を生じさせます。
結界とは、こうしたバリアーのことであり、通常は幽体のことです。
人は、通常、幽体が外部波動を弾き飛ばしたり、チャクラの開口部を覆って侵入を防ごうとします。
押し寄せる波動に対して、結界を弱めたり、強めたりして、結界を調整する力が人間には存在しています。
結界を弱めているときは、自然界の力がチャクラから入ってきている状態です。
結界が強くなると、チャクラが閉じてしまい、自然界の力は入ってこなくなります。
結界は非常に強いもので、他者に自分の波動を入れようと思えば、他者の結界を打ち破る力が必要になります。
人間が発する波動で一番強いものは、怒りと恨みの波動です。
怒りの波動は、エネルギーの最大化現象を引き起こし、物理的な力を生じさせます。
盆栽の花や木を枯らすほどの力があります。
こういう恨みの波動が絶え間なく押し寄せると、必ず幽体、霊体の結界が破られて、四魂への侵入を許すことになります。
四魂である神体への侵入を許すと、もう助けようがありません。
救うことはできません。
ですから、人の怒りや恨み、憎しみ、妬みを買うものではありません。
陰陽師の修法では、結界法が種々あり、邪悪な波動から身を守ります。
或いは、邪悪な波動から相手を守るために、結界法によって部屋や土地に結界を張ります。
こうした結界や魔法陣は、陰陽師の修業をしないと、会得できないものです。
普通のサラリーマン化した神主さんではできません。



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by toukokira-kira | 2018-10-31 22:40 | Trackback | Comments(0)

1割の差が天才をつくる

たった1割の差が天才、秀才をつくるのですょ。
人は誰でも、人間であれば基本的には同じ能力、知性をもっています。
人は、発揮できる力の9割は、天才も、凡人も、秀才もみな同じ割合で力をもっています。
違うのは残りの1割です。
されど、この1割が何十倍、何百倍もの差となって現われます。
残りの1割の違いは何かというと、物事への捉え方、認識の仕方の違いです。
いかに物事を捉え、いかに認識し、いかに考えるか、活かすか活かさないかにかかっています。
この1割のさじ加減で命運は天と地ほどに分かれてしまいます。
何度も言いますが、人の力は天才も凡人も皆同じで、9割の力をもっています。
残り1割の使い方で、命運、人生の対価が大きくかわるのです。
力は同じでも、事の捉え方ですべてが大きく変わるということです。
事の捉え方とは、思考習性、思考パターンのことであり、それはすなわち人間の性格のことです。
ですから、力が同じでも性格によって運命が大きく変わるということです。
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by toukokira-kira | 2018-10-31 17:03 | Trackback | Comments(0)

一つにつながった存在

人間の身体は、60兆個の細胞からできています。
その60兆個の細胞一つ一つには遺伝子DNAが組み込まれています。
遺伝子には、先祖代々の遺伝子情報がすべて受け継がれています。
私達は、それぞれが先祖からの生命の情報をつないで生きているということです。
ここまでは遺伝子レベルでのお話です。
そうした生命情報は、魂の悠久の記憶にもしっかりと刻み込まれています。
先祖代々の遺伝子情報は勿論のこと、前世,前々世の記憶情報も魂の記憶として刻印されています。
そして、60兆個の細胞の一つ一つに魂の分霊が宿っています。
魂の記憶とは、輪廻転生によって歩んできた幾万年にもわたる魂の全記録です。
前世の記録は勿論のこと、前々世の記録、さらに前々々世の記録もすべて受け継がれています。
魂の全記録とは、生前どのように生きてきたのか、どのように物事を捉え、考えてきたのか、どのように行動してきたのか、という全記録です。
こうした魂の記録は、あなたの潜在意識、深層意識にしっかりと刻み込まれています。
こうした魂の記録情報は、60兆個の細胞の一つ一つに組み込まれている分霊にもしっかりと刻まれているということです。
遺伝子レベルでも、魂レベルでも、前世の記録や先祖代々の生命の情報が受け継がれているということです。
そして、この遺伝子DNAという物質は、人間も猿も、犬も猫も、木や草花も、生きとし生けるもののすべてが化学構造がまったく同一で、共通性があるのです。
そしてこの遺伝子DNAをさかのぼると、38億年前には、たった1個の単細胞の生物誕生の歴史にぶつかるというのです。
進化の歴史をみると、人間の5億年前の祖先は海の中を泳ぐ魚類でした。
数万年まえにやっと、ネアンデルタール人やクロマニヨン人になりました。
つまり、遺伝子レベルでは地球上のすべての生命、生物は、生命のおおもとが同じであるということです。
つまり、地球上の生きとし生けるものすべては、ひとつの魂から枝分かれしたものであり、すべての動植物はみな魂の兄弟であるといえるのです。
遺伝子レベルは勿論のこと、魂レベルでもすべての生物が一つにつながった存在であるということです。





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by toukokira-kira | 2018-10-31 11:43 | Trackback | Comments(0)

★★手当法の原理

誰でも修行すれば手当法による治療ができるようになります。
ただし、誰にでもできない手当法というのもあります。
通常、治療とは、本来、患者の治す力を引き出して、その治癒力をもって癒すこととなります。
つまり、一言で云うと、己の力で己を癒す、ということです。
自分の治す力を発動させて、自分が自分を治すということです。
治す意欲のない人や治す力の弱まっている人を癒すことはできません。
術者は、手助けしているのに過ぎません。
術者が超越的な神力で相手を癒していると想ってはなりません。
この事は肝に命じなければなりません。
術者と患者の合力によって癒されていくのです。
手から放出される波動熱気により患部の血流を改善して痛みを緩和します。
或いは、患部にゆらぎを与えて、生体磁場に揺らぎを生じさせ、全身を還流する気の流れが、ゆらぎ箇所一点に集中するようにさせます。
これは道元禅師が行った方法です。
揺らぎ箇所に向けて、全身の気が集まり、修復改善へと向います。
もう一つは、全身に点在するチャクラに自然の気が十分に注ぎ込むように調整することです。
よく勘違いすることは、気功などで術者の強い気が相手に流れ込み、その術者の強い気の力で相手の病を治すと、考えられているようですが、これは根本的に誤りです。そんなことはありえないことです。
なぜならば、他者の気の波動と己の気の波動は、根本的に異なっており、自分とは異なる波動が生体内に入ることはありません。
これは波動共鳴の法則です。
もし仮に他者の気の波動が相手に入り込んだとしても、術者の気は異物と判断され、相手の四魂により自動的に排除されてしまいます。
自己の波動以外の波動は排除される仕組みになっているからです。
もし他者である術者の気が相手に入ると、相手の肉体と心に重大な障害を生じさせます。そんなことは絶対にありえないのです。
これが自然界の摂理であり、他者の気の波動というのは、相手に入りません。
自分の波動以外のものが侵入しようとすると、四魂の防御体である幽体が強力なバリヤーとなって弾き返します。
ですから、通常は、術者の気は、相手の幽体で止まってしまい、そのまま排除されてしまいます。
これでは相手の気にゆらぎも与えることができません。
気の排出を良くすると、気の注入がうまくいきます。そのために左手にアースを取り、気の排出を促進し、右手で気を注ぎ込み、患部にゆらぎを与えます。
ゆらぎを与えることができれば、患者の全身の気が患部に集中するようになり、修復してくれます。
これらのことから、手当法とは、術者の神力と、患者の気の力に依存しています。術者と患者の気が信頼の絆で結ばれていないと、よい結果は生まれません。
気の治療では、心の作用がとても大きいのです。
患者の助けて、という気持ちと、治療家の何としても助けたいという気持ちが合力しないと、病気を治すことはできません。
ですから相互の信頼関係が必要です。
通常の観点では、気功治療には限界があり、患者の気の力に依存し左右されます。術者は、患部にゆらぎを与えるだけで、治すのは患者の治癒力です。
術者の気は、波動の違いにより、患者には入らないのです。
いれても弾き返されます。
波動共鳴の法則により、波動の違うものは反発するのです。
外部波動は受け付けないのです。
繰り返し、繰り返し外部波動を受けてると、全身のチャクラが完全に閉じてしまいます。
チャクラは気泉ともいい。龍泉ともいいます。
自然の気を吸い込む力が作用するところで、チャクラから自然界の気が入ります。チャクラから外部波動や思念波動が入ろうとするのを防ぐ働きが作用します。
ですから自分以外の他者の波動の侵入を防ぐシステムが働いています。
外部波動をキャッチすると、チャクラは、侵入を防ごうとして閉じてしまいます。同時に自然界の気の流入も停止してしまいます。
もう一つは、ストレスのある心だと、これ以上の外部波動の侵入を阻止しようとして、チャクラが閉じてしまい、生命エネルギーが入らなくなり、四魂にエネルギー不足が生じ、四魂の萎縮を招きます。
外部、内部の波動の影響を受けやすくなり、感情に翻弄され、命運律を下降させます。
このように、強い外部波動を受けて、チャクラの全部が閉じてしまうと、四魂は肉体の維持が困難となるため、頭頂と股間のチャクラだけは閉じない予防システムとなっています。
すべてが閉じてしまうと、四魂に自然界退の気が入らなくなり、最悪、死にいたるか、植物人間になってしまいます。
人間のチャクラは、不安、恐れ、恐怖があると、チャクラは機能を弱めてしまうのです。
閉じてしまうのです。
気の流れが頭と股間だけとなり、危険となります。
恐怖が継続的に続くと、チャクラに衝撃があり、精神機能に重大な損傷を負います。
チャクラが閉じると、心と肉体の両方に不具合が生じ、大きな影響を及ぼします。これを防ぐために、玄部道流という術法があります。
玄部とは頭頂周辺のことを指し、最重要の霊的器官が存在しています。
後頭部には気の排出器官があり、この器官に詰まりなどの不具合があると、新たな気が入らなくなり、厳しい状況に陥ることになります。
不安と恐怖の強度のストレスにより、心が乱され、チャクラの大半が閉じても、玄部の排出部さえ整っていれば、チャクラもやがて回復します。
この玄部を集中的に調整し、活性化させることを玄部道流といいます。
もし、恐怖や恐れが継続的かつ断続的に襲い掛かると、チャクラだけではなく、排出口まで閉じてしまい、場合によっては、悪寒を通り越して、極度の震えが現象として現れ、気を失ってしまいます。
トラウマ的な神経障害に悩まされて、大変な事態に発展します。
ですから、古流神道の手当法では、玄部道流に重きを置いて治療を行います。
トラウマ的な精神疾患の場合には、フラッシュバックの度に、恐怖と恐れの記憶が蘇り、肉体と心に反応します。
恐怖の記憶が再現し、すべてのチャクラが閉じてしまいます。
場合によっては、排出口も閉じてしまいます。
大変なことになります。
要は、玄部を整えておけば、大抵のことには対応できるのです。
これが手当法の極意です。
チャクラは、強い外部波動を感じると、外部波動の侵入を防ぐために、チャクラが閉じて、幽体がバリアーとなって、チャクラを覆います。
通常、外部波動が収まると、チャクラは徐々に復旧していくのですが、不安と恐怖、強度な依存心があると、復旧しないのです。
閉じたままです。
ストレスのある心は、チャクラを不活性にするのです。
依存する心はチャクラを弱めて、心をさらに弱め、運命下降となります。
依存する心とは、宗教の神仏や、教祖、霊能者、占い師の類に依存する心であり、恐怖とは心霊的恐怖のときに最大化するのです。
双手祓いと玄部道流を併用して治療を行います。
最後に、超越的な力を駆使して行う手当法というものもありますのでつづります。これは誰にでもできるという治療法ではありません。
自分の波動を他者に入れるのではなく、宇宙の無限の力をもった波動、いわば神の波動を、自分の身体を通じて、相手に放射するという神仙術です。
宇宙波動は無色透明なきれいな波動ですから、相手のバリアーに警戒されたり、弾かれる波動ではありません。
無色透明な純粋な波動ですから、相手の身体に入れることができます。
この宇宙の力を使って、難病などの治療に活かします。
宇宙の無限の力の波動は、超越的な力をもった不思議な神の波動です。
慈愛と感謝の心で動く高次の波動です。
自分の波動を相手に放射するのではないので、拒絶反応もありません。
自分の身体を通して、宇宙の生命エネルギーをそのまま相手に放射しているに過ぎません。
ストレス調和法の「卑弥呼」や「始皇帝」の秘儀は、この原理によるものです。
今日申し上げたことは、すべて秘中の秘である秘奥義です。









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by toukokira-kira | 2018-10-30 11:06 | Trackback | Comments(0)

物の怪とは

魂の欠片が蓄積し、臨界点に達したものを「物の怪」といいます。
魂の欠片とは、人間の想い、情念のことです。
辛い、苦しいという心の波動や、寂しい、悲しいという孤独の悶々とした想い、怒りや憎しみ、恨みの念波動などが蓄積し、臨界点をこえると、それが物の怪となるということです。
マグマのようにドロドロとした人間の情念なども蓄積し、物の怪となりやすいものです。
色恋沙汰のもつれの念波動は、直接、生霊となって相手に向かいます。
そうした人間の無念の想いが部屋に蓄積し、臨界点をこえて充満し、たえず放射されつづけている部屋を物の怪が憑いた部屋と呼びます。
そして、その物の怪の憑いた波動は、そこに住む人に大きな影響を与えることになります。
辛い苦しい波動を受けることになりますから、心身を破壊する方向で作用してくるということです。
都会の賃貸アパートなどでは、事故物件が数少なくはありません。
事故物件とは、殺人、自殺、孤独死などが起きた賃貸物件を言います。
とくに、孤独死の場合は、自然死として扱われますので、事故物件としての告知義務がなく、注意が必要です。
そうした事故物件のアパートの部屋などには、人間の無念の孤独の想いや、苦しみや悲しみの想い、怒りや憎しみ、恨みのの想いが蓄積し、臨界点をこえている場合が多いのですよ。
すなわち、物の怪となって、その部屋に住む人々に悪影響を与えているということです。「何だか気持ちが悪い」というだけではなく、物の怪の波動がたえず放出されているので、頭が痛くなったり、胸苦しくなります。
ですから、賃貸物件を借りる場合は、慎重な前歴の吟味が必要ということです。
参考までに申しあげますと、孤独死は高齢者の専売特許のように思われていますが、実際は半数近くの4割が50歳以下の壮年層なのです。
都会砂漠の中では、30代、40代の若い人の孤独死が大変多いということです。
元気でアクティブな若者も、1人暮らしであれば、一旦、重病になり、床に伏せるようになると、やがては孤独死を招くようなケースになりかねないのですよ。


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by toukokira-kira | 2018-10-29 17:29 | Trackback | Comments(0)

★★心の特性とは

前回、心の特性について少し触れました。
今日は、その心の特性と真実について綴ります。
心とは、潜在意識、深層意識のことです。
そして、潜在意識には魂の悠久の記憶が刻印されています。
すなわち、魂=潜在意識ということです。
魂の悠久の記憶とは、幾千年にわたる輪廻転生の全記憶のことです。
魂が歩んできた全記録がしっかりと潜在意識に刻まれています。
どのように考えて、どのように行動してきたかという魂の全記録です。
清算すべきカルマの記憶や因縁の記憶がその中に封印されています。
これらの意識は、魂の意識です。魂の意識は、魂の記憶です。
ですから心は、魂の記憶が基礎になって現れています。
魂の記憶とは、過去世から現世までのすべての魂の体験の記憶のことです。
この魂の記憶に基づいて「心の回路」が構築されています。
その意味で、潜在意識とは、悠久の魂の記憶とも云えます。
潜在意識の中には、魂の記憶がぎっしりと詰まっているということです。
あなたの思考パターンの記憶、行動パターンの記憶、因縁の記憶、カルマの記憶などが精密に刻印されているのが潜在意識という存在です。
記憶や思考パターンどおりに心の回路は正確に巡って人生を歩みます。
すなわち、人は生まれながらに、心の回路が決められているということです。
心には固定した回路がきっちりと設定されているということです。
心の回路とは、言い換えるならば、心の習性のことで、心の習性=性格ということです。
「心の回路」は性格のことなのですが、心の回路を変えることは甚だ困難です。
ですから生まれ持った性格はなかなか変えられないということです。
心の回路の変更は、心が受け付けないため、難しいことが多々生じます。
心が受け付けないとは、すなわち、四魂が拒絶するということです。
心の回路とは、魂の記憶に基づいた心の回路だということが理解できたことと思います。
人間は誰でもが魂の記憶に基づいて、必要な思考と行動が自動的に選び取られ、それが心の回路に乗っかり、巡るように設定されているのです。
そして、残念ながらこの設定を変えることはできないのです。
人間というのは、過去世の体験の記憶、思考パターンが繰り返されるように回路設計されており、基本的には前世と同じことを繰り返すように回路が設定されているということです。
そして、この回路どおりに人間は思考し、行動するということです。
心の回路にないことをしようとしても、回路の強力な回転力により、思考も、行動も縛られます。
これを世間では「因縁が邪魔をする」と言います。
潜在意識の力はこのように強大なのですが、この心の回路にそってどこまでも忠実に働きます。
ですから、現世でのあなたの物事の捉え方、考え方は、前世のあなたと同じです。
心の回路が継承されているので、思考パターン、行動パターンが前世と同じということです。
ですから、おおよそ前世と同じような人生、運命を辿ります。
神との約束である人生プランにそって心の回路が動いていくということですから、
変更はできません。
これは神の法則です。神の法則を破ることはできません。
人の運命、人生はおおよそが生まれもって決まっているのです。
しかも、闇の心、闇の思考が優先的に選択されていくという「心の特性」があるのです。
この「心の特性」について論述する者は、私が知る限り誰一人として存在していないと思いますが、ここが肝要なところです。
「心の特性」を知ることは、人生の一大事といっても過言ではありません。
人間には、光の心と闇の心が交互に湧き上がってくるのですが、地球上の波動が断然に闇の波動に傾いているので、人間の心は闇の心が優先的に選択されて、表層意識に上ってきます。
地球上の75億人の人間の精神波動は、まだまだ好ましくない心のほうが圧倒的であるということです。
地球上の人間は、万有引力のように、次元の低い闇の心のほうに引き摺られるということです。
良い心よりも、悪い心、好ましくない心が優先されて、選択されるということです。
悪い心、好ましくない心が優先する地球波動の精神次元になっているということです。
これを「心の特性」と言います。
心の特性として、新しい事や、経験していないことは、思考として選択しません。
潜在意識は、思考回路を支配し、思考や感情を選択して、現在意識に送っているのですが、魂の記憶にない新しいパターンは絶対に選択しないということです。
このため、魂は暗黒層に停滞したまま上昇できないということになります。
生まれ持った心の回路や心の特性があるために、魂が修行して、上昇していくことは、極めて困難なことになります。
己の心的上昇、心的環境から抜け出すことは容易ではありません。
普通に努力したのでは、前進どころか、後退していくばかりなのです。
このために、心的上昇には、輪廻転生の輪の中で、何万年も、何千年もの歳月を必要とするのです。
現世で、今、辛く苦しい世界から抜け出せないでいるのは、向上努力をしてこなかった証でもあります。
その者が向上努力して上昇していくということは、とても困難なことなのです。
結婚も、人間関係も神が与えた試練、修行の場の一つです。
人間関係で対立したり、離婚するということは、前世の繰り返しということで、現世においても、未だ魂の内省、反省ができていないということです。
厳しい言い方になりますが、あるがままに自分を認識することが大切です。
このままでは、来世も繰り返しとなります。
辛く、苦しくとも、助け合って、支え合って、挫けず、負けないで、乗り越えていく必要があるのですよ。
苦難を乗り越えていくことで、悪因縁が消えるのです。
他者に親切にすることで、悪いカルマが消えるのですよ。


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by toukokira-kira | 2018-10-28 17:30 | Trackback | Comments(0)

向上の道

沸き起こる事象の捉え方によって、運が良くなるか、悪くなるかの分かれ道です。事象や物事をどのように認識し、捉え、判断するのか、思慮と冷静さが求められます。
思慮の力とは、本能由来の感情を抑え、冷静さを取り戻し、道理によって事象を再考し、結論に導く力です。
冷静さを取り戻し、因果律的思考に立ち戻ることを思慮の力といいます。
感情に押し流されているときには、幾つもの大きな穴が待ち受けています。
感情を吹き消して、冷静さを取り戻すと、道理が見えてきます。
道理に従って思考することを思慮の力というのです。
思慮の力に立ち戻れるかどうかは、生まれ持った性格によります。
このように、人生のすべての面で性格というものが、その人の命運を分けます。
過去世からの習性、己の生き様の記憶が性格となるのです。
過去世から今生まで己の生き方、考え方がパターン化して、考え方が固執したものが性格です。
思考も、行動も、生き方も習性化して、前世と同じことを繰り返します。
魂の記憶に基づいて、すべてが習性化して、パターン化したものを性格といいます。
事の捉え方は大事なのですが、注意も必要です。
良いと思えたことが、実は将来最悪をもたらす原因になることもあるからです。
逆に、悪いと思えたことが、将来、福徳に転じる原因になることもあるからです。備えあれば憂いなしです。
運が悪い良いという判断は、そもそも己の考え方から生じる判断です。
その判断自体が性格から来るものです。
因果律は、冷静に、思慮深く、正しく読まなければなりません。
運が悪いと感じることが、真に運が悪いのかと。
運が良いと感じることが、真に運がよいのかと。
前回、不動心について述べました。
困難を乗り越えていく生き方の重要性を説きました。
反対に、困難から逃げる、目をそらす、認めないという心模様から生じるのは、恐れの記憶です。
不安と恐れの記憶が、魂の奥深くに刻印されてしまい、その恐怖に魂は永遠に翻弄されることになります。
だから人生の中では逃げてはならないのです。
辛くても、苦しくても、悲しくても、苦難に立ち向かっていく必要があります。
そうしなければ、魂は向上の道を歩むことも赦されず、下降の道を辿ります。
辿る道は、不運にみちた魔の道、闇の道となります。
困難を克服して、向上の道を歩む魂とは、段違いの差が生まれます。
悲しみや苦しみ、困難に立ち向かわず、逃げていると、福徳とは相反するもの、降魔を招いてしまいます。
苦難、災難を避けているつもりでも、逃げると、逆に、不幸、不運を呼び込むことになるのです。
福徳とは、命がけで試練を乗り越えていったときの心の波動のことです。
最上の波動です。
新興宗教の福徳とは違います。
教祖や僧侶を崇め、寺社に寄付し、経や念仏を唱えることが福徳であると、称していますが、とんでもない間違いです。
困難な事象の中にこそ智慧が秘められているということです。
立ち向かう姿勢、向上心などの心の方向性が、魂の悠久の記憶として刻まれ、魂はさらに磨かれ、上昇するのです。

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by toukokira-kira | 2018-10-28 10:18 | Trackback | Comments(0)

「心の回路」とは何か

心には固定した特殊な回路が設定されています。
生まれ持った心の回路です。
心の回路とは、どのように物事を認識し、捉え、判断するのかという思考習性のことです。
心の回路は、魂である潜在意識に深く刻印されています。
この心の回路にそって思考が選択され、行動するようになっています。
心の回路によって思考パターン、行動パターンが形成されるということです。
この心の回路の変更は、魂の変更を意味し、因縁の変更になりますから、絶対に認められないことです。
回路の変更は心が受け付けないため、変更しようとすると、難しいことが多々生じます。
回路とは、何度も言いますが、魂の記憶に基づいた心の回路のことです。
魂の記憶の中からそれに符合する思考と行動が選び取られ、心の回路に乗っかり、巡るように設定されているのです。
過去世の体験の記憶、思考パターンを繰り返すように回路が設定されているということです。
しかも、闇の心、闇の思考が優先的に選択されていくという「心の特性」があるのです。
この「心の特性」については、どこの宗教団体にも教えていない秘密の秘奥義です。
魂は、思考回路に設定されていない新しい事や、経験していないことは、思考として選択しません。
このため、魂は暗黒層に停滞したまま上昇できないということになります。
心の特性があるために、魂が修行して、上昇していくことは、極めて困難なことになります。
己の心的上昇、心的環境から抜け出すことは容易ではありません。
人間というのは、普通に努力したのでは、前進どころか、後退していくばかりなのです。
心の特性が邪魔をするからです。
このために、心的上昇には、輪廻転生が必要になり、何万年も、何千年もの歳月を必要とするのです。
現世で、今、辛く苦しい世界から抜け出せないでいるのは、向上努力をしてこなかった証でもあります。
そして、その者が向上努力して上昇していくということは、とても困難なことなのです。
人は、心の特性のため、暗黒層から中間層を行ったり来たりしている存在であり、光明層に到達するのは極く少数の者です。
この心的環境の改善を仏教では因縁解脱と呼びます。
心的環境の改善とは、現代風に言えば、物事の捉え方、認識の仕方、すなわち性格を変えるということです。
しかし、因縁解脱などできるわけがありません。
ですから性格を変えることなど到底できません。
唯一の方法があるとすれば、古流神道の宝珠五行という修行法だけだと思います。
性格を変えることはできませんが、運命を変える方法としては、もう何度も書いてきていますが、「他者に親切にすること」です。
他者に親切にすればするほど、あなたの運命は大きく好転していきます。
他者への親切な行為があなたの人生、運命を変えるということです。
「情けは人のためならず」、他者への親切な行いは全部自分に還ってくrということです。


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by toukokira-kira | 2018-10-27 17:59 | Trackback | Comments(0)

「感性」とは何か

人間の「感性」について、折角の機会ですので、少し触れておきます。
これから綴る文章は公開していない秘奥義です。
感性とは、心の奥底、魂の中心から湧き上がってくる感情です。
魂の声なき声です。
魂の記憶そのものです。
生まれながらに備わっているものが感性です。
感性の良し悪しは、生まれ持ったものですから、どうしょうもありません。
後天的に磨くという性質のもではありません。
本や書物を読んで身につくものではありません。
教わったり、勉強したりして身につくものでもありません。
生まれながらに定まっているものです。
こればかりはどうにもなりません。
魂に刻印されている性格、感情の記憶が感性というものです。
魂の命そのものが感性です。
感性とは、物質的な欲望に囚われた感情ではありません。
書物や教えによって身につくものではないので、人間のレベルを測る測定器のようなものが感性です。
感性が豊かな人とは、魂の波動レベルが高い人です。
感性は、その人の思考や物事の捉え方を決定づけるものであり、性格、人格、運命をも決定づけるものとなります。
感性豊かな人が、まず一番です。
権力や地位、名誉、名声、物欲、金銭欲、色欲などを求める物質的な生き方とは無縁です。
そういう生き方をすると、波乱万丈の落とし穴が多く、苦難の道、数奇な運命を孕んでいます。
そういう生き方を、古流神道では思考中心の生き方といいますが、そういう生き方は感性がストップし、闇の運命へと突き進みます。
欲はほどほどにして、感性と思考とが調和のとれた状態がよいのです。
思考中心の物欲的、物質的な生き方は、感性が働かないため、友もなく、安らかでない、寂しい孤独な人生となります。
感性の概念をよく理解を深めるためには、沈思黙考が必要かもしれません。合掌
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by toukokira-kira | 2018-10-26 16:07 | Trackback | Comments(0)

「魂の哲学」奥伝編

今回は因果の法と生命の作動について記します。
四魂は、始まりの力である荒魂、太極の力である和魂、風の力である奇魂、宇宙の力と直結する幸魂の4つです。
4つの魂が重なり合って、一つとなり、心を形成しています。
意識や想いをつくりだしています。
悪しき想いと行いは、悪しき人生を誘います。
良き想いと行いは、良き人生と出会います。
人は、すべからく、自分の想いと行いに、責任をもたなければなりません。
人生の中で、必ず責任の代価を支払わされるのです。
それが因果の法というものです。
自分のおおよその命運が定まっているとはいえ、すべては、想いと行いしだいで動くのです。
心のあり方一つで、為さざることはありません。
美しい想いの花を、満開に咲かせたいものです。
■生命の作動
生命の作動について記します。
生命の作動は、始まりの力によるものであり、作動した生命は、そこに太極の力が宿り、陰陽の両波動が生まれ、身体を循環します。
始まりの力は、荒魂であり、最初に引き寄せられる魂です。
次に、太極の力である和魂が引き寄せられます。
次に、風の力である奇魂、宇宙力である幸魂が引き寄せられ、四魂が形成されます。
四魂は風の力である奇魂によって保たれ、幸魂の力によって、宇宙とつながります。
このように、魂が肉体に入ると、四魂が次々と引き寄せられて、生まれ、人としての心と意識が生まれます。
四魂とは、心のことです。
肉体は五行からなり、四魂とともに、生命エネルギー「プラーナ」により、生命を保ちます。
生命とは、五大要素(五行)と、四魂(心)のことであり、生命波動によって保たれています。
四魂は、肉体波動に守れれ、ひき付けられて存在しています。
肉体波動に四魂を引きつけておく力がなくなったときに、肉体から四魂が離れます。
肉体が朽ちかけてきた時、肉体には魂を引き付けておく力が失われ、四魂は神霊界の波動に引き寄せられます。


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by toukokira-kira | 2018-10-25 22:51 | Trackback | Comments(0)