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徳とは

徳を積むとか、徳のある人とか、そういった表現の時に使われる「徳」という言葉ですが、その本来の意味は、真っ直ぐで素直な心という意味です。
ですから、徳を積む行為というのは、真っ直ぐな素直な気持ちからの行為であって、あれこれ計算しての行為ではありません。
代償を求めたり、見返りを期待しての行為ではないということです。
人間愛に基づいた無償の陰徳というのが徳の本質です。
徳のある人物というのは、少なくとも、真っ直ぐな素直な心をもった人物のことです。
地位や名誉、富や権力を掴もうとしているような野心的な心には徳は存在しません。
自分本位ではなく、相手本位のやさしい心が徳の本質です。
真っ直ぐで、素直という言葉の関連語は、正直、誠実、謙虚となります。
ですから徳のある人物というのは、共通するものとして、正直で誠実、謙虚な人物を言います。
少なくとも、胸張って、肩で風切るような颯爽とした人物ではないということです。
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by toukokira-kira | 2018-04-29 11:49 | Trackback | Comments(0)

恩とは

「恩」という字の意味は、目上の人から受けるありがたい行為という意味ですが、古流神道的には、もっと、もっと深い意味があります。
「恩」の字は、「因」と「心」から出来ています。「因」とは因果の因であり、原因の因です。
自分のもとを知るということが「因」です。
今、ここに、こうして、わが命があること、自らの今日の姿のもとを知って、これを心深くに刻み付ける、そしてありがたく思って感謝すること、これが「恩」という字の本当の意味です。
ですから仏教の報恩感謝という言葉には、そういう深い意味があります。
天から与えられた我が命、我が魂に深く思いを走らせて、感謝することが「恩」の字の原点です。
自分が自分であることの所以を学び、その命に深く感謝するということが「恩」ということです。
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by toukokira-kira | 2018-04-26 22:25 | Trackback | Comments(0)

後光がさしています

努力と行動の裏づけのない自信は、いくら自信たっぷりな態度を取っていても、有害無益な波動を放出していますのですぐに判ります。
本当に偉い人というのは、ちょっとも偉くみえない。
偉く見えないどころかおバカさんに見える。
何事にも謙虚で控え目なので、一見すると、たいしたことのない人物に見えます。
しかし、見る人が見ると、身体から光が出ているので、すぐにわかります。
平凡な顔をしていても、もったいないような後光が射しているのですぐに判るのです。生き方によって、光が出てくるので、隠しようがありません。
正しい努力と行動の積み重ねによって、何十年も努力を続けると、身体から後光が放たれるようになるのですよ。
後光のことをオーラという人もいます。
後光もオーラも、魂の奥底に存在する直霊の輝きに正比例して大きくなります。
直霊の輝きは、努力と実行の積み重ねによって決まります。
言い換えるならば、よき体験、貴重な経験の積み重ねによって、直霊の真我が輝きを増すということです。
シンプルに言うと、努力の輝きが直霊であるオーラの輝きとなります。
命懸けの努力を生涯にわたって続け、感謝の心をもって誠実に生きている人には後光が射しているということです。

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by toukokira-kira | 2018-04-24 11:27 | Trackback | Comments(0)

何と言っても努力です

人生の勝ち負けは、一に努力、二に努力,三に努力です。
運などというものは、努力に付随してくるものです。
命懸けの努力が人生の勝負を決めます。
そうした努力は不可能を可能にします。
努力は人を裏切らないのです。
しかし、努力といっても、難しい顔をして努力しても駄目です。
神経質になって、緊張しながら努力しても、退歩するばかりで、前進しません。
神経質に緊張するのではなく、「笑顔、ニコニコ、ありがと!」の精神で緊張して、努力する姿が、一番、前進していける姿です。
ニコニコとして真剣に努力することが大切であり、神経質になって深刻に努力すると、何事も水泡に帰してしまいます。
ニコニコとした緊張と努力が物事を前に進め、目標を成就させます。
私達の努力には「笑顔の力」と「感謝の力」が不可欠ということです。

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by toukokira-kira | 2018-04-21 21:06 | Trackback | Comments(0)

努力する習慣を

このところ、「失敗」とか「努力」をテーマに記事を書き綴っています。
私は「努力」という言葉が大好きだからです。
人間は、生まれながらに誰もが無限の可能性をもって、この世に生を受けています。
誰でも、生まれながら、やれば出来るという可能性が与えられているということです。自分の無限の可能性を引き出して、能力にまで伸ばすには、たゆまぬ努力が必要となります。
可能性は無限であっても、努力が伴わないと、折角の能力も開花しません。
ですから、努力することを習慣的に身につけることほど大切なことはありません。
そして、自己との闘いに克つことなく努力の習慣を身につけることはできません。
習慣とは恐ろしいもので、この世の最大最強の怪物が「習慣」という怪物です。
己との闘いに克って努力する習慣を身につけることです。
努力を貫徹するには、結局のところ、その人のもつ意志力と実行力にかかっています。
意思力は、志と心構えと無縁ではありません。
結局のところ、その人がいかなる志と心構えをもっているかということに尽きるのです。
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by toukokira-kira | 2018-04-21 11:03 | Trackback | Comments(0)

絶望こそが

世界の哲学者サルトルは、「絶望のかなたにこそ真の実在が始まる」と言いました。
絶望こそが真実の始まりであり、本当の人生の始まりである。
絶望しても落ち込む必要などありません。
サルトルによれば、人間は誰でもあれこれ思いつめて、その結果、真面目に物事を突き詰める人ほど、絶望的になりますが、この絶望的な思いを克服したところに、真の肯定的な世界が現われるそうです。
一度も絶望したことのない者に真の肯定はないということです。
命をかけた努力をして、絶望して、それを乗り越えて、ようやく肯定的な世界に辿り着く。
失敗して、絶望して、それを乗り越えていく。
ここに人生の真実の醍醐味があります。
これが懸命に生きてきた人達の人生の歩みだと思いますが、その根底にあるのは、「命懸けの努力」です。
若いときに徹底的に勉強し、命懸けで努力したものがその分野での真実の世界に届く人となります。
そういう努力のことを「懸命不動」と言っています。
生涯を通じて変わらない、一筋に向かう懸命の努力を懸命不動と言って尊ばれているのですよ。

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by toukokira-kira | 2018-04-21 10:32 | Trackback | Comments(0)

誠実な努力こそ

とにかく目標を見つけたら、目標に向かって「努力」という種を蒔くことです。
親の七光りなどなくても、努力という種を蒔きさえすれば、よい花が咲き、良い実が稔り、よい収穫がある。
努力しても、努力しても、願っても、求めても、なかなか自分の思うようにいかないのも人生の現実ではありますが、長い目でみれば、やはり世界は努力しつづけた人間が最後に勝利者となります。
努力は不可能を可能にしてくれるものです。
とくに前途洋洋たる若者は、努力の種を蒔くことを忘れてはなりません。
そして、願わくば、すべてに誠実であることです。
努力によって花を咲かせる人に共通するのは、ウソ、偽りには決して立たないということです。
誠実に努力し、感謝の心をもって努力するです。
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by toukokira-kira | 2018-04-20 22:38 | Trackback | Comments(0)

現代という時代は、富やお金に絶対的な価値観を抱く拝金主義の世の中です。
何でもお金で買える時代です。
愛や正義さえもお金で変える時代になってしまいました。
しかし、お金は大切なものですが、それがすべてではありません。
真にすぐれた人は、命懸けの努力をし、誰よりも汗を流した人です。
人間にとって、大切なことは、汗の流し方と、努力の仕様であって、富やお金ではありません。
汗と努力の結晶が人間の一生を決めるのであって、地位や名誉、権力があるから一番偉いというものではありません。
お間違えのないように。
どれだけそのことで汗を流し、努力してきたかということが、人間の価値を決めるのであって、地位が一番上だから偉いというものではありません。
人間にとって、地位や名誉よりも、どのように生きてきたかということがはるかに大事なことです。
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by toukokira-kira | 2018-04-20 22:30 | Trackback | Comments(0)

★努力の法則

人が10倍努力すれば、自分はその百倍努力する。
人が100倍努力すれば、自分はその千倍努力する。
要領よく努力して人に勝つことはできません。
地道な努力が王道です。
努力は人を裏切らないと言いますが、やるべきことを全力で、命懸けでやらないと、折角の努力が実りません。
自分の鈍重さをよく自覚している者は、いつも全力、命懸けで努力することを知っています。
生半可な努力では、その努力が報われることはありません。
本物の努力には、人生を貫く覚悟が必要です。
そうしたことを踏まえて、「努力は不可能を可能に」してくれます
自分の無限の可能性を信じて努力することが何よりも大切です。
そして努力の法則には秘密の法則が内在しています。
成功に導くのは努力だけではなく、感謝の力が物事を成就へと向かわせるということです。
努力だけでは決して成功も成就もしません。
寛容の精神とともに感謝の心をもって懸命に努力することが大事なことです。
そうすることによって、その人に「人の和」「地の利」「天の時」が揃ったならば大輪の花が咲くことでしょう。

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by toukokira-kira | 2018-04-20 11:59 | Trackback | Comments(0)

人心とは

私の壮年時代は、大組織の組織人でしたので、さまざまな派閥関係の入り混じった人間関係の難しさに苦労しました。
その当時の愛読書はカーネギの「人を動かす」でした。
カーネギによると、人を動かすには、相手の欲しがっているものを与えることが唯一の方法だそうです。
さすれば、人間が欲しがっているものは何か。
心理学者のジェイムズは、人間の心の欲求で一番強いものは、他人に認められたいという欲求であると断じております。
ですから、組織の中で生きてゆくには、他者の心のかわきである渇望を正しく把握して、満たしてあげるということに尽きるわけです。
他者の渇望を正しく満たしてやれる人が信望を集めることになります。
人というのは、自分の存在を認めてくれる人を味方だと思いこむ習性があります。
自分を認めてくれると、その人の力になりたいと思うようになります。
これが人の心の働きであり、人心というものです。
ですから、世の中で生きていくには、あらゆる人に対して、「あなたは私にとって重要な存在ですというメッセージを伝え続けるこよが大切です。
世間の中で自分の見方を増やしていく最良の方法が、相手を認め、相手に敬意を払うというスタンスです。
古流神道では、人生を生きてゆく3つの基本があり、一つは「感謝の心」、2つは「反省の心」、3つは「他者への敬意」です。
相手の存在を認めて、受け入れる、そして敬意を払うだけで人間関係は豊かなものとなります。
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by toukokira-kira | 2018-04-20 09:27 | Trackback | Comments(0)