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和して同ぜず

「和を以て尊しとなす」と云ったのは聖徳太子です。
しかも相手に付和雷同せずに「和して同ぜず」の精神が和の文化です。
日本人の心の底流に流れているのは、この「和」の精神です。
日本の人々ほど、和の心を大事にする民族はおりません。
何よりも人々の和を重んじ大切にする国です。
西洋の個人主義とは大きく異なっています。
盆の上の大豆は、右に傾けると、一斉に右に寄せ集まってきますが、左に傾けると、大豆は一斉に左に傾いてきます。右に倣えという精神です。
これが横並びを大切にするのが日本の和の精神の基本です。
この和の精神があるから、日本人には宗教は必要ないのかも知れません。
日本人はある意味では無宗教的な国民なのですが、宗教的な感性は十分もっている国民です。
「ありがとう」「お陰様で」「いただきます」「ご馳走様」と、日常生活の中に感謝の心が息づいています。
日本では、宗教に代わるものが和の精神なのでしょう。
だから無宗教的でも何の支障もないのです。

日本では、盆の上の大豆のように、皆と同じように考え、行動しなければ、仲間はずれになるということです。
盆の上の大豆のように、皆と協調して、同じ方向に歩調を合わせて生きることを大切にしてきた民族が日本人です。
出る杭は打たれるのです。出る杭は抜かれるのです。
一番を目指すと、潰されたり、仲間はずれになりやすいのです。
ですから、日本では、1番よりも、何でも2番を目指すことがよい事とされています。
ところが、西洋の個人主義では、盆の上の大豆を右に傾けても、一斉に右に傾きません。
物理学の法則通りには動かないのです。
盆の上の大豆を右に傾けても、左に飛び跳ねる大豆がたくさん存在するのです。
一斉に右に習えとはいかないのです。
これが西洋の個人主義です。
何よりもその人の個性を大切にします。
その反対に、10人が10人、みんな同じ行動をとろうとし、それをよしとするのが、和の文化です。
そうした中では、横目で他人の生活の様子を伺い、みなが同じであることを望みます。
横並びが最良とする文化です。
そして他人の芝生は良く見える、の喩えのとおり、人の生活ぶりを見て、比較して嘆き、羨みます。
場合によっては、横並びでないことに腹を立てるのです。
人と違った行動を取っていると,終いには、のけ者や村八分になるのです。
和の文化には、よい面もたくさんありますが、マイナス面もたくさんあるのです。
私達は、知らず知らずに、そういう和の文化の中で暮らしているということです。
西洋の個人主義は、10人が10人、てんでバラバラに行動します。
それをよしとする精神文化があります。
人と同じで、自分の考え方を持たないと軽蔑されます。
聖徳太子は、和を唱えながらも、「和して動ぜず」とも言いました。
和を基本としながらも、不和雷同してはいけない、自分の志、信念を曲げてはならないとも言っておられます。
和の精神とはそう簡単なものではなく、難しいものなのです。

by toukokira-kira | 2018-02-28 12:43 | Trackback | Comments(0)

行動あるのみ

「百考は一行に如かず」と言います。思考も大切ですが、行動することはさらに大切なことです。
よく、頭であれやこれやと考えてばかりいて、一歩も踏み出そうとしない人がいますが、こういう人生は勿体ない人生です。あたら人生を無駄にしています。

努力とは、行動することであり、前進することとは、努力することである。

一歩でも、半歩でも足を踏み出しなさい、前に進みなさいという本当の意味は、「私はここまで」と自らに限界を設けない、自ら線を引かないで、そこからさらに勇気を振り絞って、半歩、一歩踏み出しなさい、という意味です。

踏み出す道は、未知の道ですから、やってみて判ることや、体験してみてはじめて判るという新発見も多いのです。
嫌な事やつまらないこと、興味のないこと、辛い苦しいことからさえも、見つかるものがあります。
踏み出して、やってみることが大切です。

未知のことには、誰でも不安と怖れがあるものですが、勇気をだして、一歩踏み出せば、世界が広がって、自分の取り巻く世界も変わっていきます。

自分の無限の可能性を信じて前進努力する人の運命は、前途洋々です。
無限の可能性を信じて努力邁進し、夢や目標に向かって苦難の道を乗り越えていくことが人生の醍醐味です。
オリンピック選手というのは、努力し、前進し、行動する典型的な人々です。
十代の若者であっても、切磋琢磨して努力し、行動してきたオリンピック選手というのは、すべてを理解しています。
極限までの努力と行動をしているから覚醒しているのです。

人は絶えず最善の努力して一歩前進していないと、現状維持どころか後退するばかりの人生となります。
by toukokira-kira | 2018-02-28 10:47 | Trackback | Comments(0)

地獄を知らぬ者

清濁併せ呑む、という言葉は、神道の言葉でも、仏教の言葉でもありません。
神道も仏教も、濁ったもの、汚れたものを肯定したり、認めたりしていないからです。

しかし、西洋に行くと、ニーチェなどの哲学では、「善にも強ければ、悪にも強いというのが、最も強い力である」となります。
西洋では、清濁あわせ呑んだ力が一番強い力ということです。

マキャベリの言葉にも「天国へ行くのに最も有効な方法は、地獄へ行く道を熟知することである」というのがあります。
地獄へ行く道を熟知している人こそが天国への道を一番よく知っている人ということでしょう。
地獄を知らぬ者には、天国への道へ人々を導いてはいけないということです。
苦しい地獄を一度も経験していない人というのは、天国へ通じる道も知らないと言っているのです。
海のように広い心で、すべての川の流れを受け入れる大心をもつべきでしょう。」
清流も、汚れた河川の水も、わけ隔てなく受け入れる心が海の心、大心です。
清く、美しいばかりでは力にならないということです。
人間にとっては、清らかさとともに、汚れや濁りという要素も大切だということです。
現実世界では、清濁あわせ呑んだ力が一番強い力ということです。

by toukokira-kira | 2018-02-18 18:15 | Trackback | Comments(0)

大心とは

三心とは、喜心、老心、大心のことでしたね。
喜心とは喜びの心であり、老心とは、誠を尽くして最善を尽くす心のことです。
今日は大心について書いてみようと思います。

海には大中小の様々な川が流れ込んできています。
何万、何百万という河川が海に流れ込んでいます。

きれいな川だけ流れてきてほしい、汚い川は流れてきてほしくない、と選り好みしていたら大きな海にはなれません。
海の心は、清濁あわせ呑む、すべてを受け入れる大きな心です。

大心とは、すべての川を自分の中に受け入れるような、大きな心のことを言います。

人間はどうしても、自分が今、置かれている状況に不満をもつものです。
どうして、どうして、なぜ、なぜ、と。

どうしてこんな家に生まれたのか。
どうしてこんなに貧乏なのか。
どうしてもっときれいな顔立ちで生まれなかったのか。
どうして、こんな病気になってしまったのか。
どうしてこんなに争い事に巻き込まれてしまうのか。
どうして、こんなに仕事が辛いのだろうか。
どうして、こんなつまらない仕事をしなければならないのか。

次から次へと、「どうして、なぜ」が思い浮かんでくることでしょう。

禅宗の開祖、道元禅師は、大きな心で、与えられた境遇、環境を受け入れ、そこで花を咲かせることの大切さを説かれています。
どんな境遇、環境であれ、大心をもって受け入れることが大切です。
そして、その中で喜びを見つけるのです。
そうすると、どんな境遇でも、環境でも、最高と思えるようになります。
そこで初めて人間は「足るを知る」ところとなります。






by toukokira-kira | 2018-02-07 21:42 | Trackback | Comments(0)

靖国神社とは

天皇をして現人神と言ったのは、江戸時代の国文学者平田篤胤である。ペリー来航以来の国に殉じた戦没者を英霊と呼んだのも平田篤胤である。人間を神様として祭ることは、通常ではないことですが、国に殉じた者を英霊と位置づけ、英霊は特別な存在となり、神様となった。1869年、明治2年に明治天皇の命により、東京招魂社が設立され、10年後の1879年、明治12年に靖国神社として改組され、今日に至ります。靖国神社は、国に殉じた英霊を祀る特別な神社です。当初は、戊辰戦争の戦没者を合祀することから始まり、明治維新の志士をはじめ、1853年のペリー来航以降の国内戦乱に殉じた人たちを祀った。日清、日露戦争や、第一次、第二次世界大戦などの英霊246万6000余柱が合祀されています。戦後も、今日まで国の為に殉じた公務員は英霊となり、合祀されています。1848年には、東京裁判で死刑判決を受けたA級戦犯7名が処刑されたが、19781978年に年に合祀されている。この時点では中国は何も言っていない。第二次世界大戦では、アジアの人々が2000万人戦死し、日本人も300万人が戦死しています。東京裁判では、平和に対する罪で、元首相の東条英機や、陸軍大将、陸軍中将など25名がA級戦犯として有罪判決を受け、そのうち7名が死刑となりました。こうした明治時代からの歴史と、国に殉じた人々246万余柱が合祀され、神として、英霊として祀られているのが靖国神社です。この靖国神社の首相や閣僚の参拝を巡って、国際的な問題に発展しつつあります。昨年の12月26日、安倍首相が突然に靖国神社を参拝しました。現職総理としては、2006年の小泉首相以来7年ぶりの参拝でした。この行動に対して、中国、韓国が激しい懸念を表明し、同盟国の米国も失望の意を表明するなど、政治、外交問題の大きな火種に発展しています。2001年~2006年までの間に、小泉首相は、首相として6度も参拝していましたが、米国は沈黙を守っていました。その米国までもが、今回、安倍首相の靖国参拝に対して、失望の意を表明し、待ったをかけたのです。なぜ、日本の一神社をめぐり、諸外国を巻き込んで、これほどの騒動になるのでしょうか。安倍首相には、もう、靖国神社を参拝しないで欲しい。これは米国政府の本音である。米国政府が日本政府に、こうした確約を求めていたことが、米紙によって報じられ、明らかとなった。靖国神社は日本の神社である。日本人の精神世界を現すところです。日本人の安倍首相に対して、お参りしないで欲しいと、同盟国の米国の政府が要請するという摩訶不思議な構図です。事情を知らない人が聞けば内政干渉にもほどがあると思うかもしれません。台頭して力をつけ、影響力を強めている中国への配慮ということが誰の目にも判ります。東アジアの安定を求める米国には、靖国は日中韓の火種になる懸念以外のなにものでもありません。中国と韓国は、歴史認識問題として、閣僚の公式参拝には絶対反対なのです。靖国神社とは、国に殉じた英霊を祀る神社であり、日本独自のものです。神社は、日本人の精神世界のバックボーンとなる大切なところです。首相が参拝していけない所ではありません。諸外国からとやかく言われる筋合いのものではありません。しかし、なぜ、首相が参拝すると問題になるのか。信教の自由の保障と、政教分離の原則が一つの問題である、憲法第20条で、掲げられている。もう一つは、歴史認識問題と、A級戦犯合祀の問題である。信教の自由は次のとおりである。憲法20条では、信教の自由は何人に対してもこれを保証する。いかなる宗教団体も国から特権を受け、または政治上の権力を行使してはならない。とある。公職者の参拝は憲法違反となるが、私人は、この憲法条文により、信教の自由があり、参拝できる。政教分離の原則については、憲法20条で次のように規定されています。国及び機関は、宗教教育、その他いかなる宗教的活動をしてはならない、とあります。つまり、首相や閣僚、知事などの公職にある人が公的に靖国神社に参拝し、公的な支出によって玉串料や寄付を行うことは憲法20条に違反するとして、問題視されています。結論から言うと、公的参拝は駄目だが、公的な立場を離れた私人としての参拝は、問題ないのです。信教の自由という憲法で保証された権利だからです。公人か私人かが焦点です。あとは、政治外交上の問題です。中国の言い分は、独善的です。靖国神社は戦死者を英霊として祭り、戦争自体を肯定的に美化して捉えている、けしからん、というものです。そうした神社に公的な立場の人が公式に参拝するのは、問題がある。過去の侵略への反省がない、となるのです。内政干渉以外のなにものでもありません。この中韓の考え方に、組して米国が失望の意を示したことは、世界正義の観点からは残念なことです。靖国神社は、中国の言うように、戦争自体を肯定的に捉えたという公式見解は一度も発したことはありません。靖国の問題をややこしくしているのは、A級戦犯の合祀問題です。1978年に、東京裁判で平和に対する罪に問われたA級戦犯14名が国家の犠牲者として靖国神社に合祀されたのです。多くの兵隊、軍人を牛馬のごとくに使い、平然と見殺しにしてきた悪い奴も相当いましたが、この者たちがただちに悪いわけではありません。勝った者が、負けたものを裁く裁判で、責任を取ったということです。国と国のけじめということです。神社での参拝は、人としての心の問題、精神世界の問題です。別次元の問題です。戦争犯罪人を神として祭るのはけしからん、戦争犯罪人に頭を下げて、参拝するのは問題がある、という反発が中韓です。日本神道を理解しない中での誹謗中傷です。合祀の問題は、靖国神社自身がどうするか主体的に考える問題であり、外野がとやかく言うべき問題ではありません。政府が分祀を働きかけると、憲法違反になります。神道の考えでは、神は一つになっており、選別して取り上げることはできない、分祀して神を分離することはできない、というのが基本的な考えです。またA級戦犯ゆかりの寺社は、靖国神社だけではありません。1948年に処刑されたA級戦犯は7名です。東条英機元首相、広田弘毅陸軍大将、松井石根、板垣征四郎、木村平太郎、土肥原賢二、武藤章の陸軍中将など7名です。彼らの位牌はひそかに関係者の手によって持ち出され、静岡県熱海市の興亜観音に埋葬され、1960年代には、その一部が、愛知県西尾市の殉国七士廟にも分骨されています。この二つは小さな靖国神社と呼ばれることもあります。戦争責任を一身に背負って、罪を被って殉国の士として処刑された彼らこそ、靖国神社の英霊となるべき人々です。天皇の名代として裁かれた英霊なのです。決して戦争を肯定し、美化するというものではありません。遺族の無念はいかばかりか、と思うのです。中国と無用の緊張を高めないでくれ、歴史問題を蒸し返さないでくれ、日本は米国のことを思って対処してくれ、というのが米国のスタンスです。それを破って参拝したから絶望となったのです。あれほど言っていたのに、忠告を聞き入れなかったことに対する絶望でした。安倍首相は、国のために闘った方々に祈りを捧げ、感謝の思いを捧げるのは世界のリーダーに共通する姿勢である、として、意に介さない。それでよいのだと思います。

by toukokira-kira | 2018-02-07 12:30 | Trackback | Comments(0)

竹島問題とは

韓国に不法占拠されている竹島について、少し考えてみたいと思います。竹島は、1900年代初頭に、あしか捕獲が本格化し、過当競争に発展し、島根県隠岐島民の中井養三郎は、事業の安定を図るために、1904年9月(明治34年)、竹島の領土編入と。10年間の貸下げを願い出ました。1905年、政府は、閣議決定によって、同島を島根県隠岐島司所管の竹島と命名し、島根県知事に伝えた。これによって、アシカ捕獲は許可制となり、1905年から、1941年まで許可制のアシカ捕獲が続いた。そういう歴史があります。一方、韓国では、1900の大韓帝国勅令41号により、鬱稜島を鬱島に改称し、管轄する地域を鬱島全島と竹島石島と規定。この石島が現在の竹島にあたるとする奇妙な主張がなされているが、何の根拠も、真実性もありません。根も葉もない主張です。韓国が竹島を実効支配したという事実は全くなく、韓国の領有権は確立していません。それが1952年の李承晩ラインによって、一気に変貌を遂げました。李承晩ラインは、国際法に反して、一方的に決定されたものです。現在の中国による防空識別権の一方的な設定と同じ状況です。わが国の固有の領土、尖閣諸島の上空を一方的に設定したのです。李承晩ラインも、一方的に韓国が設定し、同ライン内側の広大な水域への漁業管轄権を一方的に主張し、ライン内の竹島を不法占拠しました。1953年3月(昭和27年)に在日米軍の爆撃訓練区域からの解除が決定されてからは、竹島での漁業が再び再開されるようになりましたが、ここからが大問題です。韓国人の不法漁業が横行していたので、韓国漁民に対して、竹島から退去するように指示していた海上保安庁巡視船が、事もあろうに、韓国漁民を擁護する韓国官憲によって銃撃される事件が発生したのです。1954年6月には、韓国政府は、韓国沿岸警備隊を竹島に駐留派遣を発表しました。同年8月、竹島周辺を航行中の海上保安庁巡視船が同島で韓国沿岸警備隊に銃撃されました。日本船舶の侵入を禁止し、1954年に竹島の領有権を宣言したのです。日本漁船に対しては、沿岸警備隊による容赦のない発砲が繰り返されました。拿捕船200隻以上、抑留者3929人、死傷者44人です。力による一方的な不法占拠ですが、当時の日本は敗戦国であり、国力も弱く、なすすべはありませんでした。そして現在に至ります。現在も警備隊が駐留し、宿舎や、監視所、灯台、接岸施設などが構築されています。不法占拠状態が60年以上も続いているのです。反論しないと、国際法上、時効を宣言される可能性があるのです。事あるごとに反論する必要があるのです。領土、領海の問題は、実効支配されていると、話し合いで解決するのも大変難しいことです。力なき政治は無力という政治用語があります。力のない、抑止力をもたない独立国家は、危うい存在です。国民の生命と財産を守れない国となります。政治は甘いものではありません。平和ボケでは成り立つものではありません。政治は血を流さない戦争です。戦争は血を流す政治です。世界の現実に目を見開く必要があります。

by toukokira-kira | 2018-02-07 12:28 | Trackback | Comments(0)

尖閣問題

反欧米国家連合というものがあるそうだ。
イラン、中国、ロシアが手を結び、世界のルールを自分たちに有利なように変えようと画策しているというのだ。
あわよくいけば世界を自分たちの手で牛耳ろうとしているのだ。
習近平とプーチンが幾度となく首脳会談を繰り返し、中ロで軍事演習まで行っています。
そして、中国は、南シナ海や尖閣の海と空を盛んに荒らし回っています。
根本にあるのは、海底資源の争奪戦です。
13億人の人口を抱える中国にとって、13億人が十分に使えるエネルギーの確保が緊急の課題です。
海底資源を押さえて、今後に活用していくということが、中国の方針です。
エネルギーの争奪戦に敗れたものは、今世紀の未来はないのです。
熾烈なエネルギー獲得競争が始まっているのです。
12億人を抱えるインドも同様です。
先日、トランプが来日し、尖閣諸島について、リップサービスしておりましたが、楽観は少しもできません。
日米安全保障条約第五条の適用範囲内にあると明言し、日本の外交的勝利という論調が目立ちますが、平和ボケです。
資源争奪戦は、そんなに甘いものではありません。
中国の国内景気の停滞とともに、海底資源にこだわる中国の必死さが伝わってきます。中国も大変なのです。
このままでは未来も、将来もないのです。
中国国内では、習主席を狙ったと見られる、テロが発生するなど、大揺れの中国です。
経済の悪化も深刻化し、輸出や内需も低迷し、不動産の下落も地方都市から首都北京へ波及しています。
ベトナムと領有権を争う南シナ海の西沙諸島周辺、パラセルで中国公船がベトナム公船に体当たりした映像が公開されました。
両国の漁船同士が衝突し合って、ベトナム船が沈没するという事件も起こりました。
ベトナム国内では反中国の暴動にまで発展し、中国人が死亡する騒ぎもありました。
このように、ベトナムと領有権を争う南シナ海で、強引に石油掘削を始めた上、ベトナム船を追い払うために、中国公船が何度も体当たりしたのです。
これは他山の石です。
軍事力を背景とした中国のやり方には、ベトナムも、フィリピンも、日本も危惧の念を抱いています。
中国の軍事費は14兆円で群を抜いています。
日本が5兆円ですから3倍の軍事費です。
日本と、フランスと、イギリスの3国を合わせた軍事費よりも多いのです。
世界の軍事費の半分を担う米国に迫りつつある勢いなのです。
こうした軍事費を背景に覇権主義的な行動を強めているのです。
空から、海から、尖閣諸島に日夜押し寄せてきて、領土侵犯を日常的に行っているのです。
世界の軍事バランスも大きく変わりました。
世界を支配し、世界の警察と自称していた米国の軍事力も、相対的に弱まってきています。
68年前には総数で1200万人いた米軍も、現在は137万人で、10分の一程度に低下しています。
日本に駐留している米軍は現在、5万3千人で、60年前の19万人と比べても、少なくなっています。
日本の自衛隊は、陸海空合わせて24万7000人です。
米軍と合わせて30万人の兵力が日本を守っています。
現在、日本では集団的自衛権の解釈変更問題が時の話題になっていますが、こんな当たり前のことが、当たり前でなく議論されているのですから、平和ボケ以外の何者でもありません。
独立国家とは、どういうものでしょうか。
日本国の国民の生命と財産は誰によって守られているのでしょうか。
もちろん国家が国民を守っているのです。
国家は政治力です。
政治とは、血を流さない戦争です。
力なき政治は無力なのです。
戦争は、血を流す政治です。
国家の安泰と政治力は、備えあってのものです。
備えが十分にあって憂いなしなのです。
自分の国は自分で守る、自分の国の国民は自分の力で守る、というのが独立国家というものです。
別に戦争を推奨しているのではありません。
戦争は絶対にすべきものではありませんが、抑止力がないと好き放題にされてしまうでしょう。
現代は地球規模のグローバルな時代です。
海外げ活躍する日本人は1800万人にも到達するといいます。
世界中の至るところに日本人がいて、活動しています。
こうした日本人を守ることも国の大きな仕事です。
ホルムズ海峡には、日本の3000隻の船舶、タンカーが通過しています。
日本の原油の8割はここを通ります。
こうした船の安全航行を確保するのも国の大きな仕事です。
尖閣の領土を守るという仕事以外にも、守るべき仕事がたくさんあるのです。
そもそも中国が尖閣の領有権を主張し始めたのは、1960年代末です。
島付近の大陸棚に石油とガスが埋蔵されているということが判明してからのことです。
資源エネルギーの争奪戦の一環の行動です。
いままでは何にも言っていなかったのですが、機を見て敏なり、恐るべき変身ぶりです。
尖閣諸島は、歴史的にみても日本の領土であり、中国の正当性は微塵もありません。
領土問題など存在していません。
中国の横車に対しては、毅然とした対応が必要です。
自国の領土を守れない国は、国民一人すら守れない国家です。
このことを全国民が肝に命ずべきでしょう。
平和ボケの中途半端な平和を唱える人の多い国柄ですが、独立国家というものの本質をもう少し考えてみましょう。
中国の尖閣への主張はこういうものです。
尖閣は明の時代の歴史文献に登場しており、琉球国に属しておらず、中国の領土であったという主張です。
それが日清戦争(1894年~1895年)に乗じて日本が不当に奪ったのが尖閣諸島だ、と云っているのです。
しかし、こうした中国の主張は正当ではありません。
明の時代の1561年に、琉球に派遣された使節が、皇帝に提出する上奏文に、正式に、尖閣の大正島の琉球と明記されているからです。
明時代からのという中国の主張は正当ではありません。
1953年1月8日付けの政府機関紙人民日報では、尖閣諸島は琉球群島に含まれる、という趣旨が記述されています。
これについても、当時の人民日報は誤りである、と嘯くばかりです。
こうした歴史的な経過を踏まえ、沖縄返還が実現し、尖閣も同時に日本に帰属することになりました。
1971年6月、沖縄返還協定前に、米国は、尖閣について、このように判断」しています。
尖閣諸島は、日本に残存主権がありと、歴史的経過を踏まえて判断していたのです。
返還時のCIAの報告書でも、紅衛兵向けの中国地図でも、尖閣は日本と明記されていると報告されています。
尖閣は日本の固有の領土です。
明治政府は、1895年に、沖縄を編入しましたが、その時に、尖閣についても、詳細な現地調査を行い、清の支配が及んでいないことを慎重に確認したうえで、閣議決定し、沖縄に編入しています。
これは、国際法上の先占といいます。
先占とは、いずれの国にも属さない地域を領有の意志をもって実効的に占有することです。
国際法上、割譲、併合などとともに、国家が領有権を取得する方式として認められています。
このように明々白々にも関わらず横暴が繰り返されています。
1951年のサンフランシスコ平和条約においても、尖閣諸島は、日本が放棄した領土には含まれず、南西諸島の一部として、米国の施政下に置かれ、1972年の沖縄返還で日本に戻りました。
米国の施政下では、中国は何も主張していません。
恐ろしくて言えなかったのかもしれません。
日本は戦争の出来ない国ですからこわくはありません。
好き放題です。
日米安保がなかったらどうなるでしょうか。
中国の領有権の主張は、尖閣周辺の石油資源の可能性が判ってからの1970年代からです。
中国はサンフランシスコ平和条約に関与していないので、そこで決定されたことは、認めないという立場です。
1895年1月14日、日本の領土として編入された後も、1920年に魚釣島に漂流した中国漁民を助けてもらったとして、石垣島の人々に、感謝状を贈っているが、そこには、日本帝国、沖縄県、八重山郡、尖閣列島、と明記されていました。尖閣列島は、沖縄編入以来、一貫して日本が統治し続けてきた固有の領土であり、国際社会から認められているものです。
領海侵入は、中国の理不尽極まりない海賊行為であり、赦されることではありません。
しかし、もうすでに領海侵犯は常態化し、日常化しています。
中国公船の接続水域への進入の狙いは、管轄権の主張にあると言われています。
日本の領土は、1952年4月発効したサンフランシスコ平和条約により法的に確定されたものですが、中国は、それを認めていません。
日本の領土は、37万8000平方キロで、ドイツ、ベトナム、ジンバブエ、パラグアイと同じぐらいの大きさです。
日本の領土は6852の島からなり、有人島は400程度で、あとは無人島です。海岸線が100m以上ある島の数が6852ということです。一番大きいのは佐渡島で、855平方キロあります。
二番が奄美大島、三番が対馬島です。
人口で一番多い島は、淡路島で14万7000人です。
島の数が一番多いのが長崎県で、971の島があり、二番目が鹿児島の605、三番が北海道の508です。
日本の領海は広大で、領土と領海を合わせると、世界第六位の広さです。
1982年の国連海洋法条約に基づいた領海、接続水域に関する法律により、12海里、約22kmの海域を定められ、日本の領海には、日本の主権が及びます。
排他的経済水域は、同じく国連海洋法条約により定められ、陸地から200海里までの海のことです。
200海里は、370kmです。
この中の海を行き来するのは公海と同様に自由ですが、魚や海底資源を取るには、その国の許可が必要になります。
排他的経済水域とはそういう海のことです。
領空とは、領土と領海の上空を指します。日本の領空には日本の主権が及びます。
by toukokira-kira | 2018-02-07 12:25 | Trackback | Comments(0)

三心とは

道元禅師は、修業僧たちに、三心の心を求めました。
三心とは、喜心、老心、大心の3つです。
大心については、先の記事で書き綴りました。喜心は読んで字の如くです。
とくに老心については、大切であり、説明が必要ですね。

老心とは、親が子を思いやるような生命が入った心です。
何事も心を込めて、真心を尽して、最善を尽す心のことを云います。
この心がないと、古流神道や仏道の修行には入れません。

何故ならば、大志を抱いて修行場に入っても、最初は、誰でも、掃除、食事の支度,洗濯などの仕事を与えられ、雑務で数年間を過ごすことになるからです。

老心がないと、とても務まりません。何で、どうして、私が、こんなつまらない仕事を何年も続けなければならないのか、と不平不満が出てきます。こういう心では、修行には入れないのです。

こういう下積みの仕事を続けて、葛藤し、やがて、老心に目覚めると、人のため、修行僧のため、仲間のために、掃除、洗濯、料理することに、喜びを感じられるようになります。真心を込めて、雑務に当れるようになります。

老心に目覚め、親が子を思い労わるように雑務をこなすようになると、雑務はもはや雑務ではありません。真心を込めた仕事となります。

どんなつまらない仕事であれ、どんな環境を与えられても、大心と老心が備わっていれば、受け入れて、乗り越えていくことができます。

当たり前のことが、当たり前に、毎日、きちんと出来るようになります。
コツコツと一段一段、確実に階段を昇っていくことのできる心構えが出来てきます。

こうしてはじめて、修行者の心として大切な、「三心」が作られていきます。そして、修行の第二段階へと進みます。

それらが、与えられた環境の中で、花を咲かせなさい、ということに繋がっていきます。







by toukokira-kira | 2018-02-06 12:01 | Trackback | Comments(0)

生きるとは

生きるとは、すなわち、魂の修行を意味しています。
人間は、魂の修行のために、さまざまな境遇に生まれ落ちて、必要な経験や体験を積んでいきます。

こんな貧乏な生活ではなくて、もっと裕福な境遇に生まれたかった、と悔やむ人も多いものです。
どこに生まれか、その人の出自によって人生が大きく左右されることは確かです。
魂の修行に必要な経験をするために、この世に、魂の仮の姿である肉体を与えられて、与えられた境遇、試練の中で、葛藤しながら、前進向上していくのが人間というものです。

世の中には、修行の最終段階に進んだ魂もたくさん存在しています。
天上界に生まれてもよいような高次の魂は、あまり試練のない環境、境遇に存します。
王族、貴族に生まれたりすることもあります。
修行途上の魂には、まだ精神階層も低く、それゆえに試練と苦難の多い環境、境遇が与えられます。
そうした試練や苦難を乗り越えていくたびに、魂は心界上昇していきます。
精神階層が上昇して、高次の魂になっていくということです。

功徳を積む必要のある魂や、仏道に出会う必要のある魂は、ほどほどの悩み、苦しみ、不満に葛藤する魂です。
悩み、苦しみ、不満があるからこそ、神も仏道も見えてきます。

人々の憎しみや怨念、怒りの心を受けた中で、修行しなければならない闇の心をもった魂も存在します。
自分が背負ってきたカルマ、因縁を清算し、解消するためにです。

それぞれが、必要な経験を積むために、必要な境遇の中で、魂の修行をしているということです。

それが人間というものです。
それが生きるということです。




by toukokira-kira | 2018-02-06 10:45 | Trackback | Comments(0)

苦境こそチャンス

毀誉褒貶の世にあっては、紆余曲折、波瀾万丈の人生は珍しくなく、弱肉強食、盛者必衰の理に支配されているのがこの世です。

苦しみや悩み、葛藤があるから、見えてくる世界もあるのです。
どん底の悲惨さを経験するから仏道が見えてくるのです。
命を失うような重篤な病気に罹るから仏道が見えてくるのです。
苦海の大渦に呑み込まれて、翻弄されるから、神のありがたさが見えてくるのです。

すべての辛い境遇、艱難辛苦というものは、魂の成長にとって必要不可欠な修行ということです。
苦境こそチャンスであり、逃げてはなりません。
苦境や試練はいわば神様のプレゼントですから、乗り越えていくことによって、運命が拓かれていきます。

by toukokira-kira | 2018-02-05 18:37 | Trackback | Comments(0)