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煩悩を焼き尽くす

明日はいよいよ師走の最終日、1年の垢、穢れを洗い落とす総決算の締めくくりの日です。
年が明けると、2017年の酉年の新年です。
人間の心の中は、誰でも、煩悩、葛藤、悩み、心配事、不安と恐れ、怒り、恨み、憎悪、妬み、など様々な闇の心に侵されています。
いわゆる108つの煩悩というやつです。
そういう心の波動が、自他の運命を狂わせ、下降させ、新たな悪因縁のもとを作ります。
現代的に云えば、ストレス、トラウマの心が心身を蝕むということです。
こうした108つの煩悩に対しては、光の瞑想が極めて効果あります。
自分自身の奥底の中に、信じる神をイメージします。
その神は、黄金の光で輝いており、あなたの魂の奥底で、あなたとともにある、というイメージを描きます。
あなたは、その神の光を受けて、神と同じように輝いています。
ここで自分の生命の瞑想をします。
世界に二つとない尊い命があなたです。
わが命、今、此処に、こうして在ることに、感謝します、と瞑想の中で神に感謝します。
そして。自分の言動を心から反省、内省しながら、心から離れない思いや、囚われの思い、執着の思いなどを呼び起こし、その想いの念をイメージの神の光で焼き尽くします。
イメージで焼き尽くし、宇宙に散っていくイメージを描くのです。
そうすることによって、ネガティブな心の想いは、一つ、一つ消滅していきます。神の光の代わりに、不動明王の紅蓮の烈火によって、煩悩を焼き尽くすイメージを描いてもよいです。
イメージで焼き尽くし、消滅させることにより、潜在意識の法則により、現実に、心の痛み、苦悩が消えていきます。
これは宇宙の法則です。
秘密の名前のついた守護神がついている人は、いつもイメージしている守護神を、心の奥底に存在する神としてイメージしてください。
自尊拝ですので、もう1人の自分をイメージして、そのもう1人の自分に秘密の名前をつけて、無限の力を持った神としてイメージするのです。

この日本の中で、数人の若者たちが、伝授により守護神の存在する者たちです。
私が分け与えた者たちです。そのありがたさが判るとき、本当の神のありがたさが判るのです。合掌

by toukokira-kira | 2016-12-30 17:40 | Trackback | Comments(0)

加持祈祷とは

祝詞や真言を唱え、印を結び、神仏に祈願することを加持祈祷といいます。
護摩壇を焚いて呪術を行う儀式が加持祈祷と理解されているようです。
護摩壇で火を焚くと、派手であり、権威が増すからです。
弘法大師空海は、日本古来の修験道と密教を合成して日本独自の密教をつくり上げました。
加持祈祷は、真言密教や修験道が好んで用いてきた手法です。
超越的な力を示すことによって、時の権力者の現世利益の欲望に応えようとしたのです。
密教や修験道の加持祈祷は、古流神道の修法とは全く無縁のものですが、古来より古流神道の修法を見よう見真似で形だけまねた亜流であり、見かけだけの大業なもので、本物ではありません。
古流神道の加持祈祷の修法を断片的に模倣したのが密教や修験道の加持祈祷です。物真似は、あくまでも物真似であり、本物ではありません。
古流神道の秘奥義は、一子相伝の絶対秘密であり、口伝で伝承されてきました。
伝授を受けないと、絶対に真似しても、真似はできません。
形は真似できても、古流神道に則った正規の霊的な修行をしていないと、祓う事などできません。
密教や修験道の者には到底想像も及ばない世界が古流神道です。
修験道は、滝に打たれたり、難行、苦行を行ったり、護摩壇を焚いたり、法螺貝を鳴らしたりして、多人数で仰々しくやりますが、古流神道のような神秘的な祓いはできません。
素人には判らないのですが、祓っているようで、何も祓えていないのですよ。
空海の修法した密教の加持祈祷は本物ですが、現在の真言密教は、どうでしょうか。
わが流儀五心朝天法は、五元の加持力をもった神命の法ですが、陰陽師の術法とも重なり合う破邪降魔の法です。
しかし、昨今は加持祈祷は行わず、治療活動に専心し、太極療法に磨きをかけているこのごろです。


by toukokira-kira | 2016-12-30 16:20 | Trackback | Comments(0)

お不動さん

古来よりお不動さんと呼ばれ、人々に深く信仰され、親しまれているのが、不動明王である。
私は幼少の頃、よく母に連れられて、近所のお不動さんに行った記憶が残っています。そこには老婆のような黒い服を着た行者がいて、火炎の炎に包まれた、憤怒の形相をしたお不動さん、不動明王の仏像が何体も安置されており、怖くて仕方のない記憶があります。
病気で熱がでたり、打撲で手が腫れ上がったりしたときなどに、加持祈祷してもらった記憶があります。
何かあると、お不動さんは、お大師さんとともに、よく母に連れられて行きました。
子供の頃は、いつでも屋根に上がって、遊んでいたのですが、ある時、高い二階の屋根から落ちて、腕を強く打撲しました。
相当な重症でしたので、母に連れられて、この時には、お大師さんに行った記憶があります。腫れあがって動かなくなった手が、加持祈祷してもらうと、嘘のように腫れが引いて、不思議な思いをして帰った記憶が鮮明に残っています。
昔は、お不動さんとか、お大師さんとか、気軽に加持祈祷してくれる所が、町中の方々にありました。
お大師さんとは、弘法大師空海のことであり、お不動さんとは、大日大聖不動明王のことです。
昔、お大師信仰、お不動さん信仰は、人々の中に力強く根付いていました。
今はあまり見かけなくなりましたが。
弘法大師空海は、密教、真言宗の開祖です。
高野山金剛峰寺を開いた人です。
不動明王は、空海が中国から持ち帰ってきた仏で、密教の根本尊になっています。五大明王の中心にいる明王が不動明王であり、大日如来の化身です。
大日如来の脇には、常に不動明王が控えています。
不動明王は大日如来の化身ですから、凄い力をもった仏様です。
人間界の煩悩や欲望が天界に及ばないように烈火で焼き尽くす世界の住人が不動明王です。
炎の世界の仏様、明王が不動明王です。
人間は死ぬと、閻魔大王の前に行き、審判をうけます。
閻魔大王が選び取ってくださった人間は、不動明王の炎の世界に行きます。
そこで人間の邪念、悪念,妖気、魔気、怨念、憎悪、欲望などの闇の心を紅蓮の炎で焼き尽くします。
不動明王の烈火で焼かれなければ、人間は穢れが多くて、到底、霊界には行けません。
煩悩で苦しむ衆生を、縁あるものから順番に縄で絡め取って、力づくで救いだすのが不動明王です。
閻魔大王が霊界に行く人間ではないと選別された人間は、不動明王の処へは行けません。
幽界地獄を幽霊として永遠に彷徨うことになります。
あまりに生前の罪が多く,罪障が重いから霊界に行けないのです。
清算できないほどの罪償があるのです。
欲に目がくらみ、金に目がくらみ、権力を使って人を踏みつけにしてきたからです。
現世では、地位、名誉、名声、権力を摑んだ者たちが、閻魔大王のもとで厳しく裁かれるのです。
霊界には行けないで、幽界を彷徨うことになるのです。
不動明王の烈火の炎で煩悩、因縁を焼き尽くしてもらうこともできないのですよ。ですから永遠に天上にはいけないのです。
嘘、偽りの者、損得勘定の者、正直で誠実でない者には、不動明王の霊力によって魂を縛り、厳しい天罰、厳罰を与えられ、それから業火で焼かれます。
阿鼻叫喚の地獄がそこにあります。
罪が重い分だけ、不動の烈火で焼き尽くされますので、苦しみます。
反省させられては、業火で焼かれます。
49日間、不動の烈火で焼き尽くされて、ようやく魂は清浄となり、霊界へと昇ります。
あの仏陀でさえ、菩提樹の下で、煩悩を不動明王の火炎の炎で焼き尽くしてもらい、天上に昇られたのです。
人間は、皆、死んだら不動明王の処に行き、煩悩と欲望とを烈火で焼き尽くしてもらい、それから天上に上がるのです。
不動明王に縁で結ばれていないものは、永遠に救い取られませんので、幽界を彷徨う霊となります。
不動明王に縁のない者とは、悪徳のかぎりを尽くした者や、神への信仰心のないものなどです。
不動明王は、手に破邪降魔の剣をもち、投げ縄を持っています。
魔や悪魔、妖魔を退散させ、煩悩、因縁を断ち切ってくれます。
投げ縄は、人々を縛り上げてでも救い出すという、力づくで救う象徴です。
悪を縛り上げるという意味もあります。
空海が日本に伝えたのが不動明王であり、その真言は、「ノウマク サンマンダ バサラダン センダン マカラシャダや ソハタヤ ウンタラタ カンマン」です。
迷いを打ち砕く真言です。
障りを取り除くための不動明王への祈願成就を願う真言です。
光明真言とならんで威力のある大光明の真言です。
光明真言は、お大師さんの真言であり、「オン アボキャ ベイロシャナウ マカボダラ マニハンドマ ジンバラ ハラバリタヤ ウン」です。
破邪降摩の真言です。

by toukokira-kira | 2016-12-27 22:30 | Trackback | Comments(0)

光明真言

このブログで何度も解説してきたのが光明真言です。
それだけ重要ということです。
真言密教の真言で、最重要なものです。
光明真言は、唱えることにより、一切の罪や悪事を取り除いてくれるありがたい真言です。
この真言の威力は、死者や霊邪気を成仏させる功徳があります。
この真言を加持した砂を死体や墓にかけると、怨霊となったものも退散し、成仏します。
幽霊や怨霊が目の前に現れたときには、光明真言を唱えるとよいでしょう。
23文字の短いお経である真言ですが、心を込めて唱えると、すべての禍から護ってくれる強力な真言です。
真言とは、短い経のことです。
長い経のことを陀羅尼といいます。
光明真言は、大日如来の真言であり、一切諸仏諸菩薩の総真言です。
この真言の波動は、尋常ではなく、唱えると、大日如来が側近くに現れます。
大日如来の後ろには、すべての仏が姿を変えて集合し、唱えるものを守ります。
真言は命の波動であり、相手の心を震わせます。
日本では古来より、この真言を指して、言霊といいました。
大日如来は、遍照金剛ともいい、仏の光ですべてを照らし出す働きがあります。
光明真言により、大日如来の加護があるということは、すべての仏が大日如来のもとに集結してきて、あなたを加護し、護るということです。
ありがたい真言です。
ありがたい最高、最上の真言です。
怪異や怪奇現象、金縛りなどが生じるときには、すかさず光明真言を唱え続けましょう。
光明真言は、「オン アボキャ ベイロシャナウ マカボダラ マニハンドマ ジンバラ ハラバリタヤ ウン」です。
破邪降摩の大真言です。
私は、古流神道の修行に入る前の青年期には、祝詞も知りませんでしたから、この光明真言と、不動明王の真言を頼りにして、身を護ってきました。

by toukokira-kira | 2016-12-26 17:57 | Trackback | Comments(0)

念彼観音力

仏教が日本に伝わったのは6世紀です。
それから仏教に根ざした信仰が始まりました。
庶民に最も信仰されたのが観音さま信仰です。
観音さまは、観世音菩薩といいます。
人々の苦しみ、悲しみを引き取ってくれる優しい仏様です。
病気や災難、不幸、早死の運命から救ってくれるのが観音さまです。
観音さまの中でも、最も信仰心を集めてきたのは、十一面観世音菩薩です。
強大なパワーをもつ仏様と信じられています。
国宝に指定される十一面は、全国に6体だそうです。
最も美しいとされるのが湖北の渡岸寺のものだそうです。
井上靖の小説に登場する十一面観音です。
正面3面は寂静面、左3面は憤怒面、右3面は菩薩面、後ろの1面は暴悪大笑面、頂上が仏面だそうです。
仏面は、衆生の災いを払い除ける力を顕わしています。
極楽往生は阿弥陀如来の働きですが、衆生を災難や苦しみから救うのは観世音菩薩の働きです。
当時は、この世では幸せになれない時代でしたので、せめてあの世ぐらいは幸せになりたい、という現世利益の信仰でしたが、厳しい封建制の時代に、人々に希望と優しさを与えてくれました。

by toukokira-kira | 2016-12-26 17:51 | Trackback | Comments(0)

厭魅の術とは

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by toukokira-kira | 2016-12-26 17:43

妖術と鳳凰の力

世の中には、黒魔術とか妖術とか、幻術という怪しげなものが現実に存在しています。
邪悪な精神の極みの中で修法される術ですから、魔力の強い時には、一時、神も避けて通られます。
魔界、闇の世界の攻撃力、怨念力を誇るのが妖術です。
相手にダメージを与える能力にかけては、暗殺者以上です。
とても怖いですよ。
正統の陰陽師は、正しい心の力の構築が必要ですが、妖術師は、攻撃特化型ですから、手段を選びません。
邪悪な想念を相手に放つ能力に長けているのです。
わら人形の心臓に釘をさせば、どんな相手でも逃れることはできません。
これを厭見の業といいます。
怒りの念、恨みの念、憎悪の念、妬みの念などは、無意識に相手に向かいます。
想いが強く、激しいと、相手に向かう攻撃波動になります。
強い情念、激しい愛欲の念、強大な怨念などは、よく生霊化現象を引き起こします。
無意識に、分け身魂となって、相手のもとに飛んでいきます。
生霊として相手に憑くということです。
生霊の波動は、魔界の波動ですから、相手の肉体を傷つけることになります。
病気になるということです。
魔界の波動をもった生霊に取り憑かれると、運気も下降していきます。
情念、怨念は、このようにして、生霊となって、相手に向かい、相手を苦しめます。
妖術とは、このような怨念、邪悪な念を集中させて、意識をもって相手に怨念を放つ術です。
妖術使いでなくとも、強い思いの念があれば、生霊となって相手に取り憑き、相手の魂を憑き刺すことができます。
未練が強かったり、諦め切れなかったりすると、生霊となって、相手の枕元に顕れます。
恨みや憎しみの念が極限まで強くなると、相手の心身を破壊する波動となります。無意識に飛んでいきます。
人を呪わば穴二つ、です。
呪ったほうも、呪われたほうも、両方とも墓穴を掘ることになります。
陰陽師の修法であるのろい返しは、こうした邪悪な呪いを壊滅させるためにあります。
邪悪な呪いを、放った相手にそっくりそのまま還す秘奥義が呪い返しということです。
相手は、七転八倒の苦しみを味わうことになります。
陰陽師の修する四神の鳳凰の聖なる力が魔界の妖術を破滅させます。

by toukokira-kira | 2016-12-26 17:20 | Trackback | Comments(0)

そこに神が宿る

古今東西、寛容の精神には神が宿ると言います。
「寛容」という名の神です。
「ありがとう」という心にも神が宿ります。
「ありがとう」という名の神です。
「ごめんね」という心にも神が宿ります。
「ごめんね」という名の神です。
「ありがとう」「ごめんね」「許してね」という言葉は神の言葉です。
この3つをよく唱えると、すべてが調和へと向かいます。

by toukokira-kira | 2016-12-26 16:15 | Trackback | Comments(0)

蓮の花

水泥なる池面に咲きでる蓮の花・・。
美しい白い光を放って咲き誇る蓮の花は、澄んで清らかな水の中では咲くことができません。
水の中に汚い泥土を混ぜることによって、美しい蓮の花が咲きます。
人間もただ清らかに澄み渡っているだけでは、美しい花を咲かせることはできません。
辛いこと、苦しいこと、悲しいことが水泥になって、美しい人生の花を咲かせます。
怒りや、憎しみ、妬みという悲しい心が混じり合って、美しい人生の花が咲きます。
まさに人間の人生とは、喜怒哀楽の人生です。
清濁あわせ呑むのが私達の人生です。

by toukokira-kira | 2016-12-26 14:04 | Trackback | Comments(0)

大志を抱け

努力し続ければ、いつかは必ず報われる。
努力は人を裏切らない。
努力こそが人間の生命の輝きである。
人間の成功の条件は、IQでも、才能でも、能力でもありません。
その人間の志と心構えと、やり抜く力が成否を分かちます。
志をもちましょう。やり抜く力を磨きましょう。
大事なことは、大志を抱けということです。

by toukokira-kira | 2016-12-26 13:26 | Trackback | Comments(0)