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2019年 05月 16日 ( 1 )

生命の輝き

私は、一心不乱、無我夢中という言葉が好きです。
どんなことにでも、夢中になれるということは素敵なことです。
人生が楽しくて充実しているという人は、大抵が夢中になれる大好きなものがあるのです。
好きで楽しくなければ、何十年も夢中になり続けることは不可能です。
やはり、好きこそ物の上手なれです。
好きで楽しくなければ、よい仕事はできないと思います。
無我夢中というわけですから、自分を忘れて熱中するのです。
無我の境地は、聖人といえどもその境地に到達するのは大変難しいのですが、無我夢中の人は、この無我の境地に至っている人です。
自分を失うほど自分を忘れることが無我の境地なのですが、何かに夢中になっている人は、自分を忘れて熱中しているのですから、これはもう完全に無我の境地です。
無我夢中で何かに熱中している人というのは、ある意味ではキリストや釈迦、無我の境地に到達した聖人たちに等しいと云わざるをえません。
無我の境地は、あるがままの自分、心の真実、真如、真人を指し示すものですが、無我夢中の人は、まさに仏の悟りの世界に参入している人です。
無念無想の悟りの境地に近い状態といえます。
「夢中」という言葉は、そんな素敵な響きをもった言葉なのです。
無我夢中でやれば、無我の境地で事をなすことになりますから、すべてが成就へと向かいます。
上手くやろうとか、成功しようとか、名声を得ようとか、何かを意図しながら努力するのは、無我夢中ではありません。
何も考えずに、結果も考えず、損得勘定も考えず、地位、名声も考えず、ただそのことだけに集中し、夢中になることを無我夢中といいます。
やるだけやったら、結果など全く気にしない。人智を尽くして天命を待つ、という心境に近いものが無我夢中です。
夢中に努力して、結果を全く気にしない、というのが真の無我夢中です。
見返りを求めないで、完全燃焼しているピュアな姿がそこにあります。
生命の輝きとは、一生懸命に努力して、夢中になっている生命体のことをいいます。
無我夢中の経験をもっている人は、完全燃焼という生命の輝きを体験している人であり、そういう人は大抵、一流の人物に昇華しています。
我が流儀五心朝天法は、「無我夢中」の哲学を推奨しています。
by toukokira-kira | 2019-05-16 21:18 | Trackback | Comments(0)