2018年 04月 16日 ( 5 )

人生とは魂との対話

仕事でも、スポーツでも、音楽芸術でも、研究でも、いやいややるのではなくて、楽しんでやる人には敵いません。
楽しんでやるということは、何ものん気にのんびりと要領よくやるという意味ではありません。
熱中して夢中になることでもありません。
夢中になっても、そういう情熱は誠に冷めやすく、長続きしないものです。
真に仕事を楽しむということは、仕事に対して、つねに変わらぬ心の緊張を失わないことだと思います。
毎日、コツコツと、一生涯、たゆまぬ努力を継続できるということが、「楽しむ」ということだと思います。
つけ加えるならば、仕事は人のためにするのではありません。
みんなそう思って仕事をしていますが、それは平面的で真実ではありません。
仕事は自らの魂を生かすためにするのものです。
自らの魂との対話が「人生」そのものということです。
ですから、自分の魂が後悔しないような生き方が一番ということです。
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by toukokira-kira | 2018-04-16 22:20 | Trackback | Comments(0)

天上天下唯我独尊

2500年前に、仏陀である釈尊は、人間という存在を称して「天上天下唯我独尊」と言いました。
この地球上には、74億人の人々が存在していますが、その一人ひとりはこの宇宙の中で二人といない無上の存在です。
一人ひとりがこの宇宙の中で最も素晴らしい絶対的な存在です。
人間は一人ひとりがこの世に二人といない尊い存在ということです。
そして、その一人ひとりが無限の可能性をもった自己です。
一人ひとりの内心の奥底には内なる神が宿っています。
それほどに人間とは二つとない尊い存在です。
ですから、自分はもとより、他者への敬意を忘れてはなりません。
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by toukokira-kira | 2018-04-16 17:54 | Trackback | Comments(0)

無題

戦争を知らない者が平和を語れないように、苦悩を知らない者が幸せを語ってはならない。
本当の幸せを感じることができるのは、苦難や悲哀を乗り越えてきた人です。
どん底の苦悩を知らないものに人間の真の幸せの尊さを語る資格はありません。

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by toukokira-kira | 2018-04-16 17:43 | Trackback | Comments(0)

命の尊さ

前回も若さと健康について書きましたが、大切なことなので再度書きます。
若い時には、自分の若さの素晴らしさに気づかない。
宝石のように煌いている若さなのですが、若い時には当たり前と思い、年老いて老人になってはじめて若さの素晴らしさに気づきます。
同様に健康も、健康で元気なときには、それが当たり前と思い、健康のありがたさに気づきません。
普通に日常を送れるありがたさも、どん底の逆境に墜ちてからはじめて、普通であることのありがたさに気がつくようになります。
病気が命にかかわるようなガンや難病に罹ると、そこで初めて、命の大切さ、ありがたみに気づきます。
平凡な普通の生活を送れるということは、とても幸せなことなのですが、人間というのは、自分が奈落の底に墜ちてはじめて、平凡であることの幸福というものに気がつきます。
人生のすべてにおいて、自分の生命力の尊さや、生かされていることへの感謝を忘れて、慌しく生きているのが現代人です。
人間というのは、自分で生きているようで、実は生かされている存在です。
ですから私達は、生かされているこの命の尊さに思いを寄せて、感謝することを忘れないようにしなければなりません。
謙虚に、誠実に生きろということです。

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by toukokira-kira | 2018-04-16 17:38 | Trackback | Comments(0)

命とは奇跡なり

若さは宝石のように美しく、健康であることは奇跡のように素晴らしいことなのですが、誰もそのことに気づかず、あたり前のようにそれを享受しています。
人間というのは、若い時には、若さの素晴らしさ気づかず、若さを忘れています。
年配高齢者からみると、若さとは実に宝石のように美しく羨ましいかぎりなのです。
また健康な時には、健康を忘れ、健康の素晴らしさを忘れています。
健康であることは宝であるのに、自分が持っているものに極めて鈍感です。
それゆえに健康に感謝せず、健康を貪り続ける人がどれほど多いことでしょうか。
天から与えられた生命と心と肉体には、至高の宝が備わっているのです。
言い換えるならば、自分には最高の幸福が備わっているということです。
人間は、病気になったり、年を取って老人になってはじめて健康や若さの素晴らしさをしみじみと感じるものかも知れません。
若さや健康はかけがえのないもので、奇跡的なものだとその時にはじめて判るのです。
生かされていりということ、命が与えられているということ自体がありえないことであり、感謝すべきことなのですよ。

我が命、今、ここに、こうしてあることに、感謝、感謝、感謝です。
そして人生とは、「笑顔、ニコニコ、ありがとう!」の心で命懸けで生きることだと思います。
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by toukokira-kira | 2018-04-16 09:50 | Trackback | Comments(0)