2018年 04月 08日 ( 3 )

人を動かすのはその人の誠実さであり、人を守るのはその人の謙虚さにあります。
そして誠実さの裏側にあるのが謙虚さであり、誠実=謙虚さとなります。
人間が事をなすには、秀才、鈍才というような能力よりも、もっと大事なものがあります。
何かというと、性格、人柄です。
誠実さ、謙虚さを大前提にして、志とか、心構えとか、信念と言い換えてもよいでしょう。
人間にとって一番大切なのは、正直、誠実という人柄です。
誠実さに裏打ちされた志の高さが人間を決めます。
正直、誠実だけでは、生き馬の目をくり抜くようなせち辛い世間の荒波に翻弄されてしまうという危惧の声もありそうですが、やはり、人生という長い目でみると、誠実、正直な人柄の人が一番伸びる人物だと思います。
私は、人生も、運命も自分の性格によって決定づけられると何度も事あるごとに言ってきましたが、やっぱり、人間の人生は、人柄によって決まると思います。
完璧な人間なんていませんから、人に完全を求めるのではなく、人の長所を上手に使える人、そういう人が世の成功者となります。
しかし、人間の長所と短所を見抜く力はそう簡単に身に付くものではありませんから、いろんな面で経験を重ねるということが絶対的に必要です。
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by toukokira-kira | 2018-04-08 21:23 | Trackback | Comments(0)

陰陽師の術法

我が流儀五心朝天法の秘儀、秘奥義は、秘中の秘の術法も含めて300術法ほどありますが、これまでに40点ほどの治癒系の秘儀、秘奥義を公開し、解説してきました。
治癒系以外の守護系、攻撃系、交信系の秘奥義は陰陽師の中核をなす術法なので完全非公開です。
治癒系では、とくに秘奥義の「始皇帝」と「卑弥呼」は、いつも使う十八番の秘儀です。
両術とも、ストレス遮断系の秘儀であり、ストレス調和法、ストレス遮断法、プラスイメージ増幅法などからなる術法です。
「始皇帝」や「卑弥呼」の術法から派生して出来たのが、「青龍」であり、「超銀河」であり、「フトマニ」であり、「陽明」であり、「燎原」などのストレス調和法です。
「始皇帝」も「卑弥呼」の術も、圧倒的な精神エネルギーによって触れずに痛みや症状を消滅調和させる超越的な治療法です。
「晴明」や「幻想皇帝」の秘儀は、患部をイメージで手の平に取り出して、治療して戻すという特殊な治療法です。
人間の世界を超えているかも知れません。
太極療法や内臓調整法、脊椎神経調整法といった伝統的な治療とともに、併用するのが「始皇帝」であり、「卑弥呼」の秘儀です。
「神武」や「法隆寺」は頭蓋骨を調整して、全身の痛みを消失させる秘儀です 。
人間の頭蓋骨は23枚の骨の組み合わせで構成されていますが、この頭蓋骨の痛みや緊張を取ってあげると、全身のあらゆる痛みが消失してしまいます。
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by toukokira-kira | 2018-04-08 12:17 | Trackback | Comments(0)

信なくば立たず

「言」に「にんべん」をつけたのが「信」という字です。
この信という言葉の本当の意味は、実に重く厳しいものである。
その意とは、「発言に不信があれば受刑することを誓う」という厳しい掟が含まれている言葉であり、人間の誠の意を表す言葉が「信」である。
「信なくば立たず」というが、その言葉の意味には、厳しい重いものがあるということです。
信とは、信義、信用の信であると同時に、誠を尽くすという精神性を表す言葉です。
ですから、人のため、世の為に誠を尽くし、誠を捧げることを「信」というのですよ。
多くの日本人の座右の銘に掲げられているこの「信なくば立たず」の出典は論語であり、孔子は何よりも信を重んじました。
人間にとっては、信頼が第一であるということです。

さて、信のつく言葉に「信念」という言葉があります。
ダビデ王の子であるヘブライのソロモン王は、「人の本当の値打ちは、宝石でもなければ、黄金でもない。いわんや地位でも名誉でもない。
ただ信念の2文字である」と言いました。
人間にとって志と心構えが結晶化した信念ほど大切なものはありません。
信じて貫くという精神が信念です。
世界の聖人である釈迦も、キリストも、マホメットも、孔子も同じようなことをいっています。
釈迦は「信ぜざれば、救う能わず。縁なき衆生は度し難し」と言って、信念をもって信じるものは救われるが、縁のないものには、助けたくとも、手をさしのべることができない、と云いました。
キリストは「まず、信ぜよ」といい、「信じる者は救われる」と同じことを言っています。
マホメットに至っては、「疑って、迷って、真理から遠ざかる者よりも、信じて欺かれる者、汝は幸いなり」と云い、信じることの大切さを説いています。
この言葉は逆説的な言葉であり、信じる者は騙されないのであって、本当に信じる気持ちをもっている者には、嘘偽りが自ずと判るのです。
孔子は「信は万事のもと」といい、仁とともに最高の徳目としました。

信じる心、信念というものは、人生の重大事です。
信じない者は、縁なき者であり、救いようのない者となります。
何事も信念をもち、信じることが大切です。
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by toukokira-kira | 2018-04-08 08:46 | Trackback | Comments(0)