人気ブログランキング |

2017年 07月 21日 ( 3 )

「相手本位」こそ

幸せな人生を送る人の共通点は、まず自分のことよりも、他者のことを優先して考える人です。
自分が、自分が、己が、己がという自我意識が強ければ強いほど、人生は逆回転していきます。逆境に向かっていくということです。

自分のことよりも、人のことを大切にする人は、心のレベルが高い人であり、穏やかで平和な人生を送ることができます。
キーワードは「自分本位」ではなく「相手本位」です。
身勝手な自己中心的な考え方ではなく、一端、自分を滅して、相手本位に考えることが大我の心というもので大切なありようです。

しかし、不平不満や、愚痴、泣き言、悪口、文句を言って過ごす人は、そのとおりの悪い波動を引き寄せてしまい、不平不満と泣き言、愚痴を言って暮らす人生となります。例外は一切ありません。必ずそうなります。

逆に、そういったマイナスの言葉を戒め、優しく、周囲の人を元気づけ、勇気づけるものであれば、神や宇宙を味方にすることができます。
否定的な言葉を発し続けると、神や宇宙を敵に回してしまいます。

そうなると、どんなに一生懸命に努力して生きているつもりでも、こんなはずではなかったということになります。
ですから、幸福の門で紹介したようなプラスの言葉を使い続けることが大切です。

朝から晩まで、暇さえあれば、「嬉しい、楽しい、幸せです、最高です。ありがとう、愛しています」と唱えているとよいのです。
「私の周りにはよいことばかりが起きて、悪いことは一つも起こらない、ありがとう、ありがとう」と云い続けていると、そういうプラスの波動の人と事象が引き寄せられてきます。

世の中には、よく、こういう人が必ずいます。
私の言った通りに、実行していたのに何もよくならない、と不平不満を言う人です。
ありがとうを毎日100回、3ケ月唱え続けたけど、何も奇跡が起きなかった、とか、不平不満、悪口、文句などは3か月間一切云わなかったのに、思い通りの人生が送れない、という泣き言です。

人生はもとより、自分の思いどおりにはなりません。
そして、そういう心根では、何をやっても、すべて思い通りにはならないでしょう。
義務感だけでワクワク、ドキドキ感がないと、幸福の門の言霊を唱えても、効果が薄いのですよ。
ただ義務的に唱えることは止めましょう。
感謝の心がないから、結果が出ないと、すぐに不平不満が出るのですよ。
by toukokira-kira | 2017-07-21 20:48 | Trackback | Comments(0)

我欲、我執、我見の消滅

人間の心の特質は3つあって、一つは「欲しい、欲しい、もっと欲しい」という欲望でしたね。
欲望はいわば心の本能ですから、欲望を超越することは不可能に近いです。
心の特質のもう2つは、「執着」と「我見」でしたね。
この欲望があって、我見で執着するから、怒りや憎しみ、妬み、羨みの心が生まれます。
我欲、我執、我見の消滅こそが仏陀の目指した悟りの境地なのですが、言い換えると、これらの我欲、我執、我見があるからネガティブな感情が生まれるということです。
そしてすべてのネガティブな感情には、「苦」が内在し、「怒り」が伴っています。
その意味でこの迷いの世界は、苦海であると同時に、怒りが爆発噴火する世界といえます。
ネガティブな感情には、大なり小なり、怒りの心が含まれています。
怒りや憎しみ、恨み、妬みといった感情には、苦悩と同時に大きな怒りの心が内在しています。
日常的な感情であるイライラ,セカセカ、ムカムカといった感情には、小さな怒りの心が内在しています。小さな怒りも蓄積するとバカになりません。

こうした怒りの心は、極限になって、臨界点に達すると、植物を枯らすほどの毒素を周辺に撒き散らします。
怒りや恐怖の心というのは、物理的な力を発揮するということです。
毒素が一番強いのは、怒り、恨み、恐怖の感情です。
恐怖の波動というのは、物をカタカタと動かしたり、電気を点けたり消したり、真夜中にエレベーターを動かしたりする力を発動します。
怪異現象や怪奇現象には恐怖や恨み、怒りの波動というものが作用しているということです。
恐怖の波動の毒素については簡単な実験でもすぐにわかります。
大きな瓶に、「ありがとう」と云って、息を吹き込み、その中に蚊やハエなどを入れると、1時間ぐらいは生きています。
しかし、怒った状態で息を吹き込むと、ハエや蚊はたちまちのうちに窒息死します。2~3分で毒死するのです。
私達が、恨んだり、憎んだり、恐怖で脅えたりすると、それが極限に達すると、盆栽や花を枯らすほどの毒素が周囲に放たれるということです。

その毒素は、生体細胞を傷つける働きがありますので、相手ばかりではなく、自分自身の身体をも傷つけてしまいます。
怒ったり、憎んだり、羨んだりすると、自分の五臓六腑を壊してしまうということです。
怒れば怒るほど、自分の身体を傷つけ、壊してしまうことになります。
怒りや憎しみ、恨みの波動というのは、身体を破壊する方向に作用します。
五臓六腑の不調ばかりではなく、腰痛や肩痛などの筋肉系の痛み、症状も出現します。
私は随分昔から、腰痛は「怒り」であると説いてきましたが、筋骨格系の痛みというのは怒りや苦の感情から派生しているものです。
いつも不平不満や愚痴、泣き言、文句、悪口を言っている人も同様であり、そうした人の身体には必ず不調箇所があります。
否定的な言葉を発した本人が、身体を蝕むことになるのです。
穏やか言葉で暮らす人と、怒鳴りあって暮らす人とでは、病気になる確率は格段に違うのです。

人間の心の作用は不思議なもので、本人が「幸せ」と感じると、身体のすねべてが調和してきます。
逆に「不幸せ」と感じると、血圧も血流も乱れ、五臓六腑も不調和になります。
元気健康で生きるためには、心の有り様が大切ということです。
by toukokira-kira | 2017-07-21 18:00 | Trackback | Comments(0)

人生は感謝の修行

幸せは自分の心が決めているように、好き嫌いというものも、自分の心が決めているだけで、本来、嫌いな人や現象というものはありません。
好き嫌いは全部自分の心が決めているのです。
言い換えるならば、もって生まれた自分の性格が決めているのです。
どんな嫌なことがあっても、「笑顔、ニコニコ、ありがとう」でいられるとよいのですが、そうはいかないのが人の世です。
魂の成長に必要なさまざまな試練、逆境が待ち受けているからです。
人間には、心の成長段階に応じて、必要な苦境や試練が与えられます。
成長段階ごとに神の試練を潜り抜けていく必要があるのです。
試練を乗り越え、逆境を潜り抜けていくわけですから、年代ごとに人生観は変わっていきます。
10代の頃の人生観と60代での人生観とは大きな違いがあるわけです。
私も今、60代後半の目線でブログ記事を書いていますので、若い世代の人には違和感があるかも知れません。
私の記事には、この齢になって初めて気が付いたことや、覚ったことなどが多数含まれておりますが、少しでも参考になればと思って書き綴っています。
嬉しい、楽しいということがあると、人は誰でも喜びと幸せを感じ、感謝の気持ちが湧き上がります。
嬉しい、楽しいことがあると、そう感じるのは極当たり前のことです。
良い境遇の中で,幸せを感じ、感謝できるのは、ごく当たり前のことです。
ですが、嬉しくもなく、楽しくもない、ごく普通の状況の中で、喜びと幸せを感じ取ることのできる人は、心の成長レベルがワンランク上の人です。

そして、辛く苦しい苦難や、不幸極まりない逆境に遭遇してもなお、そのことに喜びと、幸せ、感謝の気持ちをもてる人は上級レベルまで修行した心の成長レベルの人です。

レベルが上がるごとに、神様が与える試練のレベルは高く、厳しいものになっていきます。
人間の心のレベルが上昇するときには、神の試練として、相応の苦難、困難、不運の命運が訪れます。

どんな困難、苦難に遭遇しても、逃げずに、真正面から立ち向かい、懸命に乗り越えていこうとする人間になると、心の成長レベルは最終段階となります。
魂の修行はすなわち感謝の修行ですから、どんな環境にあっても、感謝の気持ちの強い人ほど、精神心界のレベルが高いということになります。
その段階に到達すると、神は試練を与えるのを止めてしまいます。
免許皆伝となります。
神から不動心、福寿心をもった人間として認定されます。
不動心を獲得した人間の魂は、心界上昇して、菩薩界の魂から如来界の魂となります。幸せで充実した人生となります。
感謝の気持ちの薄い人というのは、修行かけだしの低レベルの魂ということですよ。
あなたは父母や自分の周囲に感謝していますか。
何事にも感謝の気持ちがもてますか。そういう人ですか。
そうでない方というのは、厳しいようですが、これから相当な修行が必要です。
私が推奨しようとするのは、どんな辛い苦しい状態でも、「笑顔、ニコニコ、ありがとう」の感謝の人になろうではないかということです。
わが流儀五心朝天法の極意である「笑顔、ニコニコ、ありがとう」の真髄はここにあります。

by toukokira-kira | 2017-07-21 15:06 | Trackback | Comments(0)