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2017年 07月 20日 ( 3 )

相手本位こそ

恋と愛の違いをご存知でしょうか。
これが解れば世の中のことがすべて解ってきます。
恋って何でしょうね。愛って何でしょうね。
答えは簡単です。
自分本位で身勝手、自己中心てきなものが「恋」です。
自分のことは忘れ去って、相手のことをどこまでも相手本位で考えるものが「愛」です。
自分本位で気まぐれな「恋」と、相手本位で見返りを求めない「愛」とでは、その本質が天と地ほど異なります。
地上の生物には、神様から生きるための智慧である生存本能を与えられています。生けるものすべてに自己保存の本能と、種の保存本能、闘争本能が与えられています。
しかし、神から人間だけに与えられているものがあります。

他者の喜びや幸せのために尽くす自利利他の心と、感謝の心の2つは、人間だけに与えられた心です。
自利利他の心とは、他者のために誠を尽くす心のことであり、人に喜ばれると嬉しいという本能です。
すべてのものに感謝するという本能が自利利他の心です。

人々が喜んでくれると、嬉しく、楽しく、幸せになるのが人間というものなのです。
人間の本能のなせる業です。
人間には、人間が人間であるために、そういう本能が組み込まれているのです。

ですからこの本能を目覚めさせ、他者に喜ばれることをする人は、自分にも大きな喜びがやってきます。
この本能は、修行によって目覚めさせないと、働かない本能であり、働くようになると、神の加護があります。

人生の目的は、こうした本能の実現にあると云ってもよく、人々に喜びを与えることのできる存在になることが、尊い生き方になると思います。

人と競い合って、何かを勝ち取ったり、何かを掴み取ったりすることが人生の目的ではありません。
そんなつまらないことに夢中になるために人生があるわけではありません。
人に喜ばれる存在となることが、神が一番喜ばれることだということです。
by toukokira-kira | 2017-07-20 21:53 | Trackback | Comments(0)

肉体の栄養は食物ですが、心の栄養とは何でしょうか。
肉体は栄養を取らないと朽ち果ててしまいますが、心もお腹がすいたままでは精神が破壊されてしまいます。
心がお腹をすくとは一体どういうことでしょうか。
心の食物というのは、おそらく「文化」ということでしょう。
よい文化に接していると心が豊かになり、悪い文化に染まってしまうと、心は破壊されてしまいます。
よい文化の中で成長した人というのは、顔を見ればすぐにわかります。
大人になったら、自分の顔に責任を持つ必要があります。
顔には、魂の波動が色濃く現れます。
どんな人間なのか、見る人が見れば隠しようがないのです。

人の顔は、大きく分けて,光が射す顔と、闇に包まれた顔とがあります。
心が晴れ渡った誠実で正直な人の顔が光射す顔です。
人生の悲哀、裏切り、憎しみ、妬みを全身に背負っている人の顔は、闇に包まれた顔です。

いつも不平不満や愚痴、泣き言、悪口、文句ばかり言っている人の顔も闇の顔であり、誰が見てもそういう顔をしていることがわかります。
あの白隠禅師は、「君看よ、双眼の色変らざるは憂なきに似たり」と言われ、眼を見れば、人となりが解ると云いました。

悪人というのは、眼や表情に闇の波動が色濃く出てきますから、隠しようがありません。
自分の顔が変れば、人生、運命が変わってきます。
よい顔になると、多くの友人が集まり、支えてくれるようになります。

そして、人からさまざまなことを頼まれるようになります。
頼まれごとが増えてくると、飛躍のチャンスです。
人生、運命が変わってきます。
頼まれごとを黙々と笑顔で引き受けていれば、必ず生活に困ることはないし、友人、知人が支えてくれるようになるでしょう。

前に伝授した「幸福の門」のプラスの言霊を唱えつつ、愛と感謝、許しと寛容さの中で人生を送っていけば、よい光の顔になるのです。
光の心の者は、光の顔となり、闇の心の者は、闇の顔となるということです。
心も魂も霊も見えない世界のものですが、その心の波動は顔の表情や眼に表れるということです。

ですから辛い苦しい心だと、辛い顔になります。
悲しい心だと、悲しい顔になります。
寂しい心だと寂しい顔となります。
人の見る目を誤らないかぎりは、誰でも判るのです。
欲得に突き動かされていると、自分を見失っているので見えなくなっているだけです。

ここで言いたいことは、よい人相の顔になると、不思議なほど、友人や仲間が集まり、人生、運命が開けてくるということです。
感謝の心とともに内面を磨かないと、よい顔にはなりません。
しかし、誰にでもできるよい方法があります。
毎日「ありがとう」「ありがとう」を繰り返し唱えていると、魂が強くなり、心が強くなり、段々とよい顔に変わってきます。
よい顔になると、閉じていた運が上昇に転じるようになります。







by toukokira-kira | 2017-07-20 21:25 | Trackback | Comments(0)

★感謝の心こそ

この間、「感謝の本当の力」について書きました。
その中で、実現する力は、努力ではなく感謝であると書きました。
ウソ、偽りに生きている人というのは、いくら努力しても運気が上がらないともいいました。
噓や偽りの波動というのは運を閉じてしまうからです。
さらには以前、人生の目的は、喜ばれる存在になることだと云いました。
それと同時に、この世は魂の修行場であるとも言いました。
魂の修行とは、一言でいうと、感謝の心を磨く修行です。
感謝によって魂が磨かれ、心が磨かれていきます。
そして、「感謝」にはすごい力が秘められています。
周りの人々すべてに感謝の出来る人というのは相当精神レベルの高い人です。
感謝の心を忘れている人というのは、健康運も含めて運気の悪い人ということになります。
古流神道の立場から申し上げると、喜びや幸せを実現するために人生があるのではなく、究極的には、感謝の業を行う場が、この世ということです。
辛いことにも、苦しいことにも、どんなときにも、すべてに感謝のできる心を磨くために私達の人生があります。
どんな苦難、困難の中にあっても、感謝の心を忘れず、感謝の心を捧げられるように修行するのが人生です。
末期ガンの患者が、ある時、ふっと真理に目覚め、ガンになったことを感謝するようになりました。
何で私が、どうして私が、畜生,悔しいという思いに翻弄されて、ガンを憎み、恨み、悶えて、悶々と過ごしていたのですが、ある日を境に、目覚め、ガンになったことを感謝できるようになったのです。
そして癌になった理由も理解できるようになりました。
死を目前にして、病気になった理由を悟ったのです。
そしてそのことを教えてくれたことに感謝しました。
そして自分のガンの患部に向かって、「教えてくれてありがとう」「こんな私だったのに今まで辛抱してくれてありがとう」とガン細胞に向かって感謝の意を伝えました。
そして、理由の定かではない涙とともに「ありがとう、ありがとう」と唱え続けていました。
無心で何万回も「ありがとう」を唱え続けました。
そうしたら何と、ガンが消えるという奇跡が起こったのです。
感謝の波動が極まると、無限の力が作用するということです。
感謝の心を忘れると、病気などの不具合が生じて,諭されるのです。
神は、死を前にしても、一時も感謝の心を忘れない人間を愛してくれるのです。
by toukokira-kira | 2017-07-20 11:40 | Trackback | Comments(0)