人気ブログランキング |

魂の破局とは

魂は、愛と自由と信頼の波動で最高の状態となります。
とくに大事なのは、「自由」です。
魂の自由が一番大切です。
愛と信頼も非常に大切ですが、魂の自由はとても大切です。
魂の自由とは何でしょうか。あなたの魂は自由を得ていますでしょうか。
このブログでは何度も綴ってきましたが、自由な魂こそ、理想の魂の姿です。
心の自由度を失った魂とは、欲望と執着に囚われた魂のことであり、魂にとって悲しい存在です。
人間の場合には、仏陀であるお釈迦様は。魂が囚われる原因として、108つの煩悩、苦悩であると説いています。
煩悩の中でもとくに執着と欲望が魂の自由度を奪います。
釈迦は最期の入滅の時、菩提樹の下で静かに横たわり、「アーユサンカーロオサットーバーヤダンマーサンカーラー」とバーリー語の言葉を短く発せられました。
その最期の言葉の意味は、「我執、我欲、我見の消滅」です。
釈迦の弟子たちに、人間にとって一番大切なものは、我欲、我執、我見の3つの消滅だと云われたのです。
これこそが魂ガ自由を得るための唯一の方法であると云われたのです。
キリストや仏陀、マホメットなどの聖人の魂は、自由な魂でした。
この現実世界を自由自在に逍遥する魂こそ、目指すべき魂の姿です。
何者にも引き摺られず、囚われず、迷わず、執着せず、呑み込まれず、翻弄されず、という魂のことを「自由な魂」といいます。
少々の欲得、欲望には突き動かされない魂のことです。
苦しみや悲しみに翻弄されず、愛欲に溺れず、地位、名誉、富、権力などに引き摺られず、怒りや憎しみに呑み込まれない魂ということです。
そうした魂はすべてのものから自由であり、少しも自由度を失うことはありません。
魂が自由であるということは、自分の心を失わず、自分を見失わないということです。
魂が自由であれば、愛の心も、信頼の心も必然的についてきます。
そして、ありのままの自分が見えてきます。
自分の本当の真の姿を認識するということです。
愛の破局、信頼の破局という事象が表すものは、魂の破局にほかなりません。
一度、世間から信を失った者は、魂の破局を迎えてしまったということです。
魂の自由に対峙するのが魂の破局です。
魂の破局には、掟があります。
人生、運命が暗転するという代償です。
気がつかないうちに、運命が限りなく下降していきます。
孤独の中でどん底に堕ちていくということです。
決して思い描いたような人生にはなりません。
紆余曲折、波乱万丈の荊の道が待ち受けています。
このような人が再起するには、聖アウグスチヌスのように反芻自戒して、内省する必要があります。
ごろつきのように放縦を極めて悪に染まっていたアウグスチヌスは、ある日を境に、頭上から雷光に貫かれたように、はっと我に返りました。
キリスト教的に云うと、深く悔い改めたということです。
魂の破壊は、深い、深い内省と悔い改めによって調和へと向かいます。
何事にも遅すぎるということはありません。




トラックバックURL : https://toukokirak.exblog.jp/tb/29430956
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
by toukokira-kira | 2019-05-20 16:29 | Trackback | Comments(0)