永楽帝の世

始皇帝以来、中国の歴代皇帝は200人を超えるのですが、その中でも最高の賢帝と呼ばれたのが満州族である清の康熙帝,乾隆帝です。
少数民族である満州族が漢民族やモンゴル族、ウイグル族、チベット族を統治したのですから、その苦労と努力と英断は並大抵のものでありませんでした。
一方、歴代200人の皇帝の中で最も残忍冷酷非道な皇帝が明の三代皇帝の永楽帝です。
フビライハーンの建国した元も盛者必衰のことわりの通り、宮廷の贅沢振りにより凋落し、朱元章=洪武帝の率いる明によって滅ぼされます。
この洪武帝の4男の燕王が永楽帝です。中国の歴代皇帝史上最も残忍な皇帝と言われています。

【永楽帝(えいらくてい)】(在位1403年~1424年)
知性に溢れ積極的な性格だったと言われる永楽帝は、文武両道に優れていたとされます。教科書にはこう書かれていますが、すべてが真実ではありません。

政変によって、兄である建文帝を追い落とし、皇帝の座を奪い取りました。
それを見た洪武帝からの重鎮、賢者たちが永楽帝を諌めました。
すると、逆上した永楽帝は、賢者である重鎮を、生きたままその皮をはぎ、晒し者にしました。
永楽帝のこの非道な行為に異を唱える多くの大臣たちが捕らえられて、極刑に処せられました。
即位後のこの苛烈なまでの敵対勢力への追い落としは、中国史上最も苛烈なものとなり、その数は1万人を超えました。ほとんどの宮廷の重鎮が殲滅状態となりました。
政敵はもちろんのこと、その家族から友人や教師、隣人、召使にいたるまで、
関係者を一人残らず処刑する徹底ぶりだったとされます。まさに根絶やしです。

1421年、かっての権力基盤の北京に都を移し、『順天府』と名付けます。
これはモンゴルが依然として明を脅かす最大な敵だったためで、北京は万里の長城を越えて侵入してくるモンゴルの対して、防衛戦略上の要衝にありました。
秦の始皇帝が築いた万里の長城を再構築したのは永楽帝です。
現存する万里の長城のほとんどがこの明の時代に建設されたものです。

紫禁城は、1406年に建設が開始され、建設に要した人員は20万人。部屋数9000。東西約760m、南北約1000mの敷地を占めました。
朱色の煉瓦の壁と、白い大理石の回廊と階段、鮮やかな黄色の瑠璃瓦の壮大な宮殿は、その後500年以上、中国の政治の中心とされました。
この紫禁城と天に祈る場である巨大な天壇は、永楽帝の建立したものです。
それだけ権勢をふるっていたということです。

永楽帝は、残忍非道な皇帝でしたが、永楽帝の時代は、中国史上最も輝かしい時代の一つとされ、生活は豊かになり、民心も安定しました。
農業生産は向上し国庫の税収も増加しました。
豊かな財源に支えられ、50万人、80万人という大軍事行動や大船団の派遣を重ね、外交圧力といった手段により、対外的な影響力を強めました。

1405年に27870人を乗せた62隻の大船団が、宦官の鄭和に率いられ西方に向けて出発します。
この南海遠征は都合7回に及び、インド洋からアフリカ東岸、紅海、ペルシャ湾まで達しました。
鄭和は、この広大な地域に朝貢を促し、諸国の王や部族の首長を属臣として北京に連れ帰りました。

一説には、コロンブスより早くアメリカ大陸を発見し、世界一周も成し遂げたという伝説的逸話も残ります。

モンゴルに対しては、自ら大軍を率いて5度の親征を行ないました。
アムール川流域からシベリア(満州一帯)沿岸に軍事拠点を築き、李氏朝鮮を明の属国としました。
南方では、安南(ベトナム中部北部)を併合します。
外交使節が各地に派遣され、東は朝鮮、日本、南西はジャワ、インドシナ全域、
中央アジア、中東まで到達し、
トランスオクシニアを統一したティムール朝の宮廷にも訪問しています。

内政面では、学問を奨励し、古典や史書などあらゆる分野の書物の編纂を行なわせました。
その成果が、『永楽大典』『四書大全』『五経大全』などで、
さらに6771部から成る仏典『三蔵』も出版しています。

領土の拡大に伴って、永楽帝は宦官を政治の場から排除した洪武帝の方針を転換し、側近の宦官に官僚の動きを密偵させたり、使節や軍事指揮官として重用しました。
『東廠』という警察権をもった宦官の官署も設置され、宦官が次第に実権を握るようになったため、内廷と外朝の軋轢はますます激しくなっていきました。

永楽帝は1424年、第5次モンゴル親征の帰途、楡木川(内モンゴルドロンノール付近)で没し、北京の北西に建てられた巨大な帝陵墓に、皇后および16人の側室とともに埋葬されました。
[PR]
トラックバックURL : https://toukokirak.exblog.jp/tb/28654889
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
by toukokira-kira | 2018-09-13 12:10 | Trackback | Comments(0)