信なくば立たず

「言」に「にんべん」をつけたのが「信」という字です。
この信という言葉の本当の意味は、実に重く厳しいものである。
その意とは、「発言に不信があれば受刑することを誓う」という厳しい掟が含まれている言葉であり、人間の誠の意を表す言葉が「信」である。
「信なくば立たず」というが、その言葉の意味には、厳しい重いものがあるということです。
信とは、信義、信用の信であると同時に、誠を尽くすという精神性を表す言葉です。
ですから、人のため、世の為に誠を尽くし、誠を捧げることを「信」というのですよ。
多くの日本人の座右の銘に掲げられているこの「信なくば立たず」の出典は論語であり、孔子は何よりも信を重んじました。
人間にとっては、信頼が第一であるということです。

さて、信のつく言葉に「信念」という言葉があります。
ダビデ王の子であるヘブライのソロモン王は、「人の本当の値打ちは、宝石でもなければ、黄金でもない。いわんや地位でも名誉でもない。
ただ信念の2文字である」と言いました。
人間にとって志と心構えが結晶化した信念ほど大切なものはありません。
信じて貫くという精神が信念です。
世界の聖人である釈迦も、キリストも、マホメットも、孔子も同じようなことをいっています。
釈迦は「信ぜざれば、救う能わず。縁なき衆生は度し難し」と言って、信念をもって信じるものは救われるが、縁のないものには、助けたくとも、手をさしのべることができない、と云いました。
キリストは「まず、信ぜよ」といい、「信じる者は救われる」と同じことを言っています。
マホメットに至っては、「疑って、迷って、真理から遠ざかる者よりも、信じて欺かれる者、汝は幸いなり」と云い、信じることの大切さを説いています。
この言葉は逆説的な言葉であり、信じる者は騙されないのであって、本当に信じる気持ちをもっている者には、嘘偽りが自ずと判るのです。
孔子は「信は万事のもと」といい、仁とともに最高の徳目としました。

信じる心、信念というものは、人生の重大事です。
信じない者は、縁なき者であり、救いようのない者となります。
何事も信念をもち、信じることが大切です。
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by toukokira-kira | 2018-04-08 08:46 | Trackback | Comments(0)