竹島問題とは

韓国に不法占拠されている竹島について、少し考えてみたいと思います。竹島は、1900年代初頭に、あしか捕獲が本格化し、過当競争に発展し、島根県隠岐島民の中井養三郎は、事業の安定を図るために、1904年9月(明治34年)、竹島の領土編入と。10年間の貸下げを願い出ました。1905年、政府は、閣議決定によって、同島を島根県隠岐島司所管の竹島と命名し、島根県知事に伝えた。これによって、アシカ捕獲は許可制となり、1905年から、1941年まで許可制のアシカ捕獲が続いた。そういう歴史があります。一方、韓国では、1900の大韓帝国勅令41号により、鬱稜島を鬱島に改称し、管轄する地域を鬱島全島と竹島石島と規定。この石島が現在の竹島にあたるとする奇妙な主張がなされているが、何の根拠も、真実性もありません。根も葉もない主張です。韓国が竹島を実効支配したという事実は全くなく、韓国の領有権は確立していません。それが1952年の李承晩ラインによって、一気に変貌を遂げました。李承晩ラインは、国際法に反して、一方的に決定されたものです。現在の中国による防空識別権の一方的な設定と同じ状況です。わが国の固有の領土、尖閣諸島の上空を一方的に設定したのです。李承晩ラインも、一方的に韓国が設定し、同ライン内側の広大な水域への漁業管轄権を一方的に主張し、ライン内の竹島を不法占拠しました。1953年3月(昭和27年)に在日米軍の爆撃訓練区域からの解除が決定されてからは、竹島での漁業が再び再開されるようになりましたが、ここからが大問題です。韓国人の不法漁業が横行していたので、韓国漁民に対して、竹島から退去するように指示していた海上保安庁巡視船が、事もあろうに、韓国漁民を擁護する韓国官憲によって銃撃される事件が発生したのです。1954年6月には、韓国政府は、韓国沿岸警備隊を竹島に駐留派遣を発表しました。同年8月、竹島周辺を航行中の海上保安庁巡視船が同島で韓国沿岸警備隊に銃撃されました。日本船舶の侵入を禁止し、1954年に竹島の領有権を宣言したのです。日本漁船に対しては、沿岸警備隊による容赦のない発砲が繰り返されました。拿捕船200隻以上、抑留者3929人、死傷者44人です。力による一方的な不法占拠ですが、当時の日本は敗戦国であり、国力も弱く、なすすべはありませんでした。そして現在に至ります。現在も警備隊が駐留し、宿舎や、監視所、灯台、接岸施設などが構築されています。不法占拠状態が60年以上も続いているのです。反論しないと、国際法上、時効を宣言される可能性があるのです。事あるごとに反論する必要があるのです。領土、領海の問題は、実効支配されていると、話し合いで解決するのも大変難しいことです。力なき政治は無力という政治用語があります。力のない、抑止力をもたない独立国家は、危うい存在です。国民の生命と財産を守れない国となります。政治は甘いものではありません。平和ボケでは成り立つものではありません。政治は血を流さない戦争です。戦争は血を流す政治です。世界の現実に目を見開く必要があります。

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by toukokira-kira | 2018-02-07 12:28 | Trackback | Comments(0)