本来面目

「花は愛惜に散り、草は棄嫌に生うるのみなり」とは、禅宗の開祖道元禅師の言葉です。
花は愛され惜しまれて、早々と散っていくが、道端の草は、踏まれても、踏みつけられても、命たくましく、その生命を宿しつづけます。

このはかない花の栄光と、命を燃やす草原の輝きを見事に謳った歌が上記の歌です。
美しい磨かれた日本語を哲学的に、宗教的に使ったのが道元禅師です。
道元は、世界の詩人ゲーテの美しい言葉にも勝るような言葉の達人です。

春は花、夏ほととぎす、秋は月、冬雪さえて、冷しかりけり

これは「傘松道詠」に収められた道元禅師の歌です。美しい日本の言葉が素敵です。

道元禅師は、「本来面目」という言葉を多用された方です。
本来面目とは、本当の自分、本来の自分の姿、真実の自分という意味です。
本当の自分を真人とも言います。
「ありのままの自分」ということです。

道元は、本当の自分と出会うために、本当の自分の姿を見つめるために、終生、厳しい修行に明け暮れた宗祖です。
本当の自分に出会うということは、宗祖である道元禅師をしても困難を極めたことでした。簡単なことではないのです。
心を空っぽにして、すべてを明け渡すということです。
仏教の宗祖の中では、道元は空海上人とともに傑出しています。
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by toukokira-kira | 2018-02-05 17:59 | Trackback | Comments(0)