地獄を知らぬ者

清濁併せ呑む、という言葉は、神道の言葉でも、仏教の言葉でもありません。
神道も仏教も、濁ったもの、汚れたものを肯定したり、認めたりしていないからです。

しかし、西洋に行くと、ニーチェなどの哲学では、「善にも強ければ、悪にも強いというのが、最も強い力である」となります。
西洋では、清濁あわせ呑んだ力が一番強い力ということです。

マキャベリの言葉にも「天国へ行くのに最も有効な方法は、地獄へ行く道を熟知することである」というのがあります。
地獄へ行く道を熟知している人こそが天国への道を一番よく知っている人ということでしょう。
地獄を知らぬ者には、天国への道へ人々を導いてはいけないということです。
苦しい地獄を一度も経験していない人というのは、天国へ通じる道も知らないと言っているのです。
海のように広い心で、すべての川の流れを受け入れる大心をもつべきでしょう。」
清流も、汚れた河川の水も、わけ隔てなく受け入れる心が海の心、大心です。
清く、美しいばかりでは力にならないということです。
人間にとっては、清らかさとともに、汚れや濁りという要素も大切だということです。
現実世界では、清濁あわせ呑んだ力が一番強い力ということです。

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# by toukokira-kira | 2018-02-18 18:15 | Trackback | Comments(0)

大心とは

三心とは、喜心、老心、大心のことでしたね。
喜心とは喜びの心であり、老心とは、誠を尽くして最善を尽くす心のことです。
今日は大心について書いてみようと思います。

海には大中小の様々な川が流れ込んできています。
何万、何百万という河川が海に流れ込んでいます。

きれいな川だけ流れてきてほしい、汚い川は流れてきてほしくない、と選り好みしていたら大きな海にはなれません。
海の心は、清濁あわせ呑む、すべてを受け入れる大きな心です。

大心とは、すべての川を自分の中に受け入れるような、大きな心のことを言います。

人間はどうしても、自分が今、置かれている状況に不満をもつものです。
どうして、どうして、なぜ、なぜ、と。

どうしてこんな家に生まれたのか。
どうしてこんなに貧乏なのか。
どうしてもっときれいな顔立ちで生まれなかったのか。
どうして、こんな病気になってしまったのか。
どうしてこんなに争い事に巻き込まれてしまうのか。
どうして、こんなに仕事が辛いのだろうか。
どうして、こんなつまらない仕事をしなければならないのか。

次から次へと、「どうして、なぜ」が思い浮かんでくることでしょう。

禅宗の開祖、道元禅師は、大きな心で、与えられた境遇、環境を受け入れ、そこで花を咲かせることの大切さを説かれています。
どんな境遇、環境であれ、大心をもって受け入れることが大切です。
そして、その中で喜びを見つけるのです。
そうすると、どんな境遇でも、環境でも、最高と思えるようになります。
そこで初めて人間は「足るを知る」ところとなります。






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# by toukokira-kira | 2018-02-07 21:42 | Trackback | Comments(0)

靖国神社とは

天皇をして現人神と言ったのは、江戸時代の国文学者平田篤胤である。ペリー来航以来の国に殉じた戦没者を英霊と呼んだのも平田篤胤である。人間を神様として祭ることは、通常ではないことですが、国に殉じた者を英霊と位置づけ、英霊は特別な存在となり、神様となった。1869年、明治2年に明治天皇の命により、東京招魂社が設立され、10年後の1879年、明治12年に靖国神社として改組され、今日に至ります。靖国神社は、国に殉じた英霊を祀る特別な神社です。当初は、戊辰戦争の戦没者を合祀することから始まり、明治維新の志士をはじめ、1853年のペリー来航以降の国内戦乱に殉じた人たちを祀った。日清、日露戦争や、第一次、第二次世界大戦などの英霊246万6000余柱が合祀されています。戦後も、今日まで国の為に殉じた公務員は英霊となり、合祀されています。1848年には、東京裁判で死刑判決を受けたA級戦犯7名が処刑されたが、19781978年に年に合祀されている。この時点では中国は何も言っていない。第二次世界大戦では、アジアの人々が2000万人戦死し、日本人も300万人が戦死しています。東京裁判では、平和に対する罪で、元首相の東条英機や、陸軍大将、陸軍中将など25名がA級戦犯として有罪判決を受け、そのうち7名が死刑となりました。こうした明治時代からの歴史と、国に殉じた人々246万余柱が合祀され、神として、英霊として祀られているのが靖国神社です。この靖国神社の首相や閣僚の参拝を巡って、国際的な問題に発展しつつあります。昨年の12月26日、安倍首相が突然に靖国神社を参拝しました。現職総理としては、2006年の小泉首相以来7年ぶりの参拝でした。この行動に対して、中国、韓国が激しい懸念を表明し、同盟国の米国も失望の意を表明するなど、政治、外交問題の大きな火種に発展しています。2001年~2006年までの間に、小泉首相は、首相として6度も参拝していましたが、米国は沈黙を守っていました。その米国までもが、今回、安倍首相の靖国参拝に対して、失望の意を表明し、待ったをかけたのです。なぜ、日本の一神社をめぐり、諸外国を巻き込んで、これほどの騒動になるのでしょうか。安倍首相には、もう、靖国神社を参拝しないで欲しい。これは米国政府の本音である。米国政府が日本政府に、こうした確約を求めていたことが、米紙によって報じられ、明らかとなった。靖国神社は日本の神社である。日本人の精神世界を現すところです。日本人の安倍首相に対して、お参りしないで欲しいと、同盟国の米国の政府が要請するという摩訶不思議な構図です。事情を知らない人が聞けば内政干渉にもほどがあると思うかもしれません。台頭して力をつけ、影響力を強めている中国への配慮ということが誰の目にも判ります。東アジアの安定を求める米国には、靖国は日中韓の火種になる懸念以外のなにものでもありません。中国と韓国は、歴史認識問題として、閣僚の公式参拝には絶対反対なのです。靖国神社とは、国に殉じた英霊を祀る神社であり、日本独自のものです。神社は、日本人の精神世界のバックボーンとなる大切なところです。首相が参拝していけない所ではありません。諸外国からとやかく言われる筋合いのものではありません。しかし、なぜ、首相が参拝すると問題になるのか。信教の自由の保障と、政教分離の原則が一つの問題である、憲法第20条で、掲げられている。もう一つは、歴史認識問題と、A級戦犯合祀の問題である。信教の自由は次のとおりである。憲法20条では、信教の自由は何人に対してもこれを保証する。いかなる宗教団体も国から特権を受け、または政治上の権力を行使してはならない。とある。公職者の参拝は憲法違反となるが、私人は、この憲法条文により、信教の自由があり、参拝できる。政教分離の原則については、憲法20条で次のように規定されています。国及び機関は、宗教教育、その他いかなる宗教的活動をしてはならない、とあります。つまり、首相や閣僚、知事などの公職にある人が公的に靖国神社に参拝し、公的な支出によって玉串料や寄付を行うことは憲法20条に違反するとして、問題視されています。結論から言うと、公的参拝は駄目だが、公的な立場を離れた私人としての参拝は、問題ないのです。信教の自由という憲法で保証された権利だからです。公人か私人かが焦点です。あとは、政治外交上の問題です。中国の言い分は、独善的です。靖国神社は戦死者を英霊として祭り、戦争自体を肯定的に美化して捉えている、けしからん、というものです。そうした神社に公的な立場の人が公式に参拝するのは、問題がある。過去の侵略への反省がない、となるのです。内政干渉以外のなにものでもありません。この中韓の考え方に、組して米国が失望の意を示したことは、世界正義の観点からは残念なことです。靖国神社は、中国の言うように、戦争自体を肯定的に捉えたという公式見解は一度も発したことはありません。靖国の問題をややこしくしているのは、A級戦犯の合祀問題です。1978年に、東京裁判で平和に対する罪に問われたA級戦犯14名が国家の犠牲者として靖国神社に合祀されたのです。多くの兵隊、軍人を牛馬のごとくに使い、平然と見殺しにしてきた悪い奴も相当いましたが、この者たちがただちに悪いわけではありません。勝った者が、負けたものを裁く裁判で、責任を取ったということです。国と国のけじめということです。神社での参拝は、人としての心の問題、精神世界の問題です。別次元の問題です。戦争犯罪人を神として祭るのはけしからん、戦争犯罪人に頭を下げて、参拝するのは問題がある、という反発が中韓です。日本神道を理解しない中での誹謗中傷です。合祀の問題は、靖国神社自身がどうするか主体的に考える問題であり、外野がとやかく言うべき問題ではありません。政府が分祀を働きかけると、憲法違反になります。神道の考えでは、神は一つになっており、選別して取り上げることはできない、分祀して神を分離することはできない、というのが基本的な考えです。またA級戦犯ゆかりの寺社は、靖国神社だけではありません。1948年に処刑されたA級戦犯は7名です。東条英機元首相、広田弘毅陸軍大将、松井石根、板垣征四郎、木村平太郎、土肥原賢二、武藤章の陸軍中将など7名です。彼らの位牌はひそかに関係者の手によって持ち出され、静岡県熱海市の興亜観音に埋葬され、1960年代には、その一部が、愛知県西尾市の殉国七士廟にも分骨されています。この二つは小さな靖国神社と呼ばれることもあります。戦争責任を一身に背負って、罪を被って殉国の士として処刑された彼らこそ、靖国神社の英霊となるべき人々です。天皇の名代として裁かれた英霊なのです。決して戦争を肯定し、美化するというものではありません。遺族の無念はいかばかりか、と思うのです。中国と無用の緊張を高めないでくれ、歴史問題を蒸し返さないでくれ、日本は米国のことを思って対処してくれ、というのが米国のスタンスです。それを破って参拝したから絶望となったのです。あれほど言っていたのに、忠告を聞き入れなかったことに対する絶望でした。安倍首相は、国のために闘った方々に祈りを捧げ、感謝の思いを捧げるのは世界のリーダーに共通する姿勢である、として、意に介さない。それでよいのだと思います。

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# by toukokira-kira | 2018-02-07 12:30 | Trackback | Comments(0)

竹島問題とは

韓国に不法占拠されている竹島について、少し考えてみたいと思います。竹島は、1900年代初頭に、あしか捕獲が本格化し、過当競争に発展し、島根県隠岐島民の中井養三郎は、事業の安定を図るために、1904年9月(明治34年)、竹島の領土編入と。10年間の貸下げを願い出ました。1905年、政府は、閣議決定によって、同島を島根県隠岐島司所管の竹島と命名し、島根県知事に伝えた。これによって、アシカ捕獲は許可制となり、1905年から、1941年まで許可制のアシカ捕獲が続いた。そういう歴史があります。一方、韓国では、1900の大韓帝国勅令41号により、鬱稜島を鬱島に改称し、管轄する地域を鬱島全島と竹島石島と規定。この石島が現在の竹島にあたるとする奇妙な主張がなされているが、何の根拠も、真実性もありません。根も葉もない主張です。韓国が竹島を実効支配したという事実は全くなく、韓国の領有権は確立していません。それが1952年の李承晩ラインによって、一気に変貌を遂げました。李承晩ラインは、国際法に反して、一方的に決定されたものです。現在の中国による防空識別権の一方的な設定と同じ状況です。わが国の固有の領土、尖閣諸島の上空を一方的に設定したのです。李承晩ラインも、一方的に韓国が設定し、同ライン内側の広大な水域への漁業管轄権を一方的に主張し、ライン内の竹島を不法占拠しました。1953年3月(昭和27年)に在日米軍の爆撃訓練区域からの解除が決定されてからは、竹島での漁業が再び再開されるようになりましたが、ここからが大問題です。韓国人の不法漁業が横行していたので、韓国漁民に対して、竹島から退去するように指示していた海上保安庁巡視船が、事もあろうに、韓国漁民を擁護する韓国官憲によって銃撃される事件が発生したのです。1954年6月には、韓国政府は、韓国沿岸警備隊を竹島に駐留派遣を発表しました。同年8月、竹島周辺を航行中の海上保安庁巡視船が同島で韓国沿岸警備隊に銃撃されました。日本船舶の侵入を禁止し、1954年に竹島の領有権を宣言したのです。日本漁船に対しては、沿岸警備隊による容赦のない発砲が繰り返されました。拿捕船200隻以上、抑留者3929人、死傷者44人です。力による一方的な不法占拠ですが、当時の日本は敗戦国であり、国力も弱く、なすすべはありませんでした。そして現在に至ります。現在も警備隊が駐留し、宿舎や、監視所、灯台、接岸施設などが構築されています。不法占拠状態が60年以上も続いているのです。反論しないと、国際法上、時効を宣言される可能性があるのです。事あるごとに反論する必要があるのです。領土、領海の問題は、実効支配されていると、話し合いで解決するのも大変難しいことです。力なき政治は無力という政治用語があります。力のない、抑止力をもたない独立国家は、危うい存在です。国民の生命と財産を守れない国となります。政治は甘いものではありません。平和ボケでは成り立つものではありません。政治は血を流さない戦争です。戦争は血を流す政治です。世界の現実に目を見開く必要があります。

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# by toukokira-kira | 2018-02-07 12:28 | Trackback | Comments(0)

尖閣問題

反欧米国家連合というものがあるそうだ。
イラン、中国、ロシアが手を結び、世界のルールを自分たちに有利なように変えようと画策しているというのだ。
あわよくいけば世界を自分たちの手で牛耳ろうとしているのだ。
習近平とプーチンが幾度となく首脳会談を繰り返し、中ロで軍事演習まで行っています。
そして、中国は、南シナ海や尖閣の海と空を盛んに荒らし回っています。
根本にあるのは、海底資源の争奪戦です。
13億人の人口を抱える中国にとって、13億人が十分に使えるエネルギーの確保が緊急の課題です。
海底資源を押さえて、今後に活用していくということが、中国の方針です。
エネルギーの争奪戦に敗れたものは、今世紀の未来はないのです。
熾烈なエネルギー獲得競争が始まっているのです。
12億人を抱えるインドも同様です。
先日、トランプが来日し、尖閣諸島について、リップサービスしておりましたが、楽観は少しもできません。
日米安全保障条約第五条の適用範囲内にあると明言し、日本の外交的勝利という論調が目立ちますが、平和ボケです。
資源争奪戦は、そんなに甘いものではありません。
中国の国内景気の停滞とともに、海底資源にこだわる中国の必死さが伝わってきます。中国も大変なのです。
このままでは未来も、将来もないのです。
中国国内では、習主席を狙ったと見られる、テロが発生するなど、大揺れの中国です。
経済の悪化も深刻化し、輸出や内需も低迷し、不動産の下落も地方都市から首都北京へ波及しています。
ベトナムと領有権を争う南シナ海の西沙諸島周辺、パラセルで中国公船がベトナム公船に体当たりした映像が公開されました。
両国の漁船同士が衝突し合って、ベトナム船が沈没するという事件も起こりました。
ベトナム国内では反中国の暴動にまで発展し、中国人が死亡する騒ぎもありました。
このように、ベトナムと領有権を争う南シナ海で、強引に石油掘削を始めた上、ベトナム船を追い払うために、中国公船が何度も体当たりしたのです。
これは他山の石です。
軍事力を背景とした中国のやり方には、ベトナムも、フィリピンも、日本も危惧の念を抱いています。
中国の軍事費は14兆円で群を抜いています。
日本が5兆円ですから3倍の軍事費です。
日本と、フランスと、イギリスの3国を合わせた軍事費よりも多いのです。
世界の軍事費の半分を担う米国に迫りつつある勢いなのです。
こうした軍事費を背景に覇権主義的な行動を強めているのです。
空から、海から、尖閣諸島に日夜押し寄せてきて、領土侵犯を日常的に行っているのです。
世界の軍事バランスも大きく変わりました。
世界を支配し、世界の警察と自称していた米国の軍事力も、相対的に弱まってきています。
68年前には総数で1200万人いた米軍も、現在は137万人で、10分の一程度に低下しています。
日本に駐留している米軍は現在、5万3千人で、60年前の19万人と比べても、少なくなっています。
日本の自衛隊は、陸海空合わせて24万7000人です。
米軍と合わせて30万人の兵力が日本を守っています。
現在、日本では集団的自衛権の解釈変更問題が時の話題になっていますが、こんな当たり前のことが、当たり前でなく議論されているのですから、平和ボケ以外の何者でもありません。
独立国家とは、どういうものでしょうか。
日本国の国民の生命と財産は誰によって守られているのでしょうか。
もちろん国家が国民を守っているのです。
国家は政治力です。
政治とは、血を流さない戦争です。
力なき政治は無力なのです。
戦争は、血を流す政治です。
国家の安泰と政治力は、備えあってのものです。
備えが十分にあって憂いなしなのです。
自分の国は自分で守る、自分の国の国民は自分の力で守る、というのが独立国家というものです。
別に戦争を推奨しているのではありません。
戦争は絶対にすべきものではありませんが、抑止力がないと好き放題にされてしまうでしょう。
現代は地球規模のグローバルな時代です。
海外げ活躍する日本人は1800万人にも到達するといいます。
世界中の至るところに日本人がいて、活動しています。
こうした日本人を守ることも国の大きな仕事です。
ホルムズ海峡には、日本の3000隻の船舶、タンカーが通過しています。
日本の原油の8割はここを通ります。
こうした船の安全航行を確保するのも国の大きな仕事です。
尖閣の領土を守るという仕事以外にも、守るべき仕事がたくさんあるのです。
そもそも中国が尖閣の領有権を主張し始めたのは、1960年代末です。
島付近の大陸棚に石油とガスが埋蔵されているということが判明してからのことです。
資源エネルギーの争奪戦の一環の行動です。
いままでは何にも言っていなかったのですが、機を見て敏なり、恐るべき変身ぶりです。
尖閣諸島は、歴史的にみても日本の領土であり、中国の正当性は微塵もありません。
領土問題など存在していません。
中国の横車に対しては、毅然とした対応が必要です。
自国の領土を守れない国は、国民一人すら守れない国家です。
このことを全国民が肝に命ずべきでしょう。
平和ボケの中途半端な平和を唱える人の多い国柄ですが、独立国家というものの本質をもう少し考えてみましょう。
中国の尖閣への主張はこういうものです。
尖閣は明の時代の歴史文献に登場しており、琉球国に属しておらず、中国の領土であったという主張です。
それが日清戦争(1894年~1895年)に乗じて日本が不当に奪ったのが尖閣諸島だ、と云っているのです。
しかし、こうした中国の主張は正当ではありません。
明の時代の1561年に、琉球に派遣された使節が、皇帝に提出する上奏文に、正式に、尖閣の大正島の琉球と明記されているからです。
明時代からのという中国の主張は正当ではありません。
1953年1月8日付けの政府機関紙人民日報では、尖閣諸島は琉球群島に含まれる、という趣旨が記述されています。
これについても、当時の人民日報は誤りである、と嘯くばかりです。
こうした歴史的な経過を踏まえ、沖縄返還が実現し、尖閣も同時に日本に帰属することになりました。
1971年6月、沖縄返還協定前に、米国は、尖閣について、このように判断」しています。
尖閣諸島は、日本に残存主権がありと、歴史的経過を踏まえて判断していたのです。
返還時のCIAの報告書でも、紅衛兵向けの中国地図でも、尖閣は日本と明記されていると報告されています。
尖閣は日本の固有の領土です。
明治政府は、1895年に、沖縄を編入しましたが、その時に、尖閣についても、詳細な現地調査を行い、清の支配が及んでいないことを慎重に確認したうえで、閣議決定し、沖縄に編入しています。
これは、国際法上の先占といいます。
先占とは、いずれの国にも属さない地域を領有の意志をもって実効的に占有することです。
国際法上、割譲、併合などとともに、国家が領有権を取得する方式として認められています。
このように明々白々にも関わらず横暴が繰り返されています。
1951年のサンフランシスコ平和条約においても、尖閣諸島は、日本が放棄した領土には含まれず、南西諸島の一部として、米国の施政下に置かれ、1972年の沖縄返還で日本に戻りました。
米国の施政下では、中国は何も主張していません。
恐ろしくて言えなかったのかもしれません。
日本は戦争の出来ない国ですからこわくはありません。
好き放題です。
日米安保がなかったらどうなるでしょうか。
中国の領有権の主張は、尖閣周辺の石油資源の可能性が判ってからの1970年代からです。
中国はサンフランシスコ平和条約に関与していないので、そこで決定されたことは、認めないという立場です。
1895年1月14日、日本の領土として編入された後も、1920年に魚釣島に漂流した中国漁民を助けてもらったとして、石垣島の人々に、感謝状を贈っているが、そこには、日本帝国、沖縄県、八重山郡、尖閣列島、と明記されていました。尖閣列島は、沖縄編入以来、一貫して日本が統治し続けてきた固有の領土であり、国際社会から認められているものです。
領海侵入は、中国の理不尽極まりない海賊行為であり、赦されることではありません。
しかし、もうすでに領海侵犯は常態化し、日常化しています。
中国公船の接続水域への進入の狙いは、管轄権の主張にあると言われています。
日本の領土は、1952年4月発効したサンフランシスコ平和条約により法的に確定されたものですが、中国は、それを認めていません。
日本の領土は、37万8000平方キロで、ドイツ、ベトナム、ジンバブエ、パラグアイと同じぐらいの大きさです。
日本の領土は6852の島からなり、有人島は400程度で、あとは無人島です。海岸線が100m以上ある島の数が6852ということです。一番大きいのは佐渡島で、855平方キロあります。
二番が奄美大島、三番が対馬島です。
人口で一番多い島は、淡路島で14万7000人です。
島の数が一番多いのが長崎県で、971の島があり、二番目が鹿児島の605、三番が北海道の508です。
日本の領海は広大で、領土と領海を合わせると、世界第六位の広さです。
1982年の国連海洋法条約に基づいた領海、接続水域に関する法律により、12海里、約22kmの海域を定められ、日本の領海には、日本の主権が及びます。
排他的経済水域は、同じく国連海洋法条約により定められ、陸地から200海里までの海のことです。
200海里は、370kmです。
この中の海を行き来するのは公海と同様に自由ですが、魚や海底資源を取るには、その国の許可が必要になります。
排他的経済水域とはそういう海のことです。
領空とは、領土と領海の上空を指します。日本の領空には日本の主権が及びます。
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# by toukokira-kira | 2018-02-07 12:25 | Trackback | Comments(0)

三心とは

道元禅師は、修業僧たちに、三心の心を求めました。
三心とは、喜心、老心、大心の3つです。
大心については、先の記事で書き綴りました。喜心は読んで字の如くです。
とくに老心については、大切であり、説明が必要ですね。

老心とは、親が子を思いやるような生命が入った心です。
何事も心を込めて、真心を尽して、最善を尽す心のことを云います。
この心がないと、古流神道や仏道の修行には入れません。

何故ならば、大志を抱いて修行場に入っても、最初は、誰でも、掃除、食事の支度,洗濯などの仕事を与えられ、雑務で数年間を過ごすことになるからです。

老心がないと、とても務まりません。何で、どうして、私が、こんなつまらない仕事を何年も続けなければならないのか、と不平不満が出てきます。こういう心では、修行には入れないのです。

こういう下積みの仕事を続けて、葛藤し、やがて、老心に目覚めると、人のため、修行僧のため、仲間のために、掃除、洗濯、料理することに、喜びを感じられるようになります。真心を込めて、雑務に当れるようになります。

老心に目覚め、親が子を思い労わるように雑務をこなすようになると、雑務はもはや雑務ではありません。真心を込めた仕事となります。

どんなつまらない仕事であれ、どんな環境を与えられても、大心と老心が備わっていれば、受け入れて、乗り越えていくことができます。

当たり前のことが、当たり前に、毎日、きちんと出来るようになります。
コツコツと一段一段、確実に階段を昇っていくことのできる心構えが出来てきます。

こうしてはじめて、修行者の心として大切な、「三心」が作られていきます。そして、修行の第二段階へと進みます。

それらが、与えられた環境の中で、花を咲かせなさい、ということに繋がっていきます。







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# by toukokira-kira | 2018-02-06 12:01 | Trackback | Comments(0)

生きるとは

生きるとは、すなわち、魂の修行を意味しています。
人間は、魂の修行のために、さまざまな境遇に生まれ落ちて、必要な経験や体験を積んでいきます。

こんな貧乏な生活ではなくて、もっと裕福な境遇に生まれたかった、と悔やむ人も多いものです。
どこに生まれか、その人の出自によって人生が大きく左右されることは確かです。
魂の修行に必要な経験をするために、この世に、魂の仮の姿である肉体を与えられて、与えられた境遇、試練の中で、葛藤しながら、前進向上していくのが人間というものです。

世の中には、修行の最終段階に進んだ魂もたくさん存在しています。
天上界に生まれてもよいような高次の魂は、あまり試練のない環境、境遇に存します。
王族、貴族に生まれたりすることもあります。
修行途上の魂には、まだ精神階層も低く、それゆえに試練と苦難の多い環境、境遇が与えられます。
そうした試練や苦難を乗り越えていくたびに、魂は心界上昇していきます。
精神階層が上昇して、高次の魂になっていくということです。

功徳を積む必要のある魂や、仏道に出会う必要のある魂は、ほどほどの悩み、苦しみ、不満に葛藤する魂です。
悩み、苦しみ、不満があるからこそ、神も仏道も見えてきます。

人々の憎しみや怨念、怒りの心を受けた中で、修行しなければならない闇の心をもった魂も存在します。
自分が背負ってきたカルマ、因縁を清算し、解消するためにです。

それぞれが、必要な経験を積むために、必要な境遇の中で、魂の修行をしているということです。

それが人間というものです。
それが生きるということです。




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# by toukokira-kira | 2018-02-06 10:45 | Trackback | Comments(0)

苦境こそチャンス

毀誉褒貶の世にあっては、紆余曲折、波瀾万丈の人生は珍しくなく、弱肉強食、盛者必衰の理に支配されているのがこの世です。

苦しみや悩み、葛藤があるから、見えてくる世界もあるのです。
どん底の悲惨さを経験するから仏道が見えてくるのです。
命を失うような重篤な病気に罹るから仏道が見えてくるのです。
苦海の大渦に呑み込まれて、翻弄されるから、神のありがたさが見えてくるのです。

すべての辛い境遇、艱難辛苦というものは、魂の成長にとって必要不可欠な修行ということです。
苦境こそチャンスであり、逃げてはなりません。
苦境や試練はいわば神様のプレゼントですから、乗り越えていくことによって、運命が拓かれていきます。

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# by toukokira-kira | 2018-02-05 18:37 | Trackback | Comments(0)

二辺往来

私は、現実を直視しながら、神の道と、現実社会の道との二辺往来の毎日です。
言い換えるならば、有為と無為の二辺往来であります。
神憩う世界を祈りつつ、現実世界の動きにも注視しているということです。
神の世界と、現実世界を行き来するには、意識の切り替えが必要になります。
切り替えモードのスイッチを押して,有為と無為の二辺を往来します。

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# by toukokira-kira | 2018-02-05 18:28 | Trackback | Comments(0)

本来面目

「花は愛惜に散り、草は棄嫌に生うるのみなり」とは、禅宗の開祖道元禅師の言葉です。
花は愛され惜しまれて、早々と散っていくが、道端の草は、踏まれても、踏みつけられても、命たくましく、その生命を宿しつづけます。

このはかない花の栄光と、命を燃やす草原の輝きを見事に謳った歌が上記の歌です。
美しい磨かれた日本語を哲学的に、宗教的に使ったのが道元禅師です。
道元は、世界の詩人ゲーテの美しい言葉にも勝るような言葉の達人です。

春は花、夏ほととぎす、秋は月、冬雪さえて、冷しかりけり

これは「傘松道詠」に収められた道元禅師の歌です。美しい日本の言葉が素敵です。

道元禅師は、「本来面目」という言葉を多用された方です。
本来面目とは、本当の自分、本来の自分の姿、真実の自分という意味です。
本当の自分を真人とも言います。
「ありのままの自分」ということです。

道元は、本当の自分と出会うために、本当の自分の姿を見つめるために、終生、厳しい修行に明け暮れた宗祖です。
本当の自分に出会うということは、宗祖である道元禅師をしても困難を極めたことでした。簡単なことではないのです。
心を空っぽにして、すべてを明け渡すということです。
仏教の宗祖の中では、道元は空海上人とともに傑出しています。
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# by toukokira-kira | 2018-02-05 17:59 | Trackback | Comments(0)

一灯照隅

私は「一灯照隅」という言葉が好きで、これまでも何度も取り上げて書いてきました。
人間には、不遇の時でも、逆境の時でも、人間として生き抜くための基本責務があります。
それが一灯照隅ということだと私は思っています。
一灯照隅とは、困難辛苦を抱えている中にあっても、自分の生きる力で小さな光を灯して、その光で周囲の人々を照らす人間になるということです。
少しでも他者の役に立てるように、他者に喜んでもらえるように誠を尽くして生きることが人間としての本物の生き方だと思います。
そういう志をもって生きていけたらいいですね。
それぞれの立場で、人々へのささやかな光となれるような大我の心を目指したいものです。
人に役立って、喜ばれるような生き方が何と言っても最高の生き方です。
人を喜ばすと、その喜びは何倍にもなって自分に返ってきます。
ですから、喜びに満ちた人生とは、人に喜びを与える人生のことを言います。
今の自分の人生がつまらない人生だと思っている人は、人に喜ばれるようなことを一つもしていないということだと思います。
そういう方は、今からでも遅くありません、一灯照隅の人生を歩んでください。

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# by toukokira-kira | 2018-02-05 11:15 | Trackback | Comments(0)

禍福吉凶の法則

禍福・吉凶、苦楽、善悪というものは、実に不思議なもので、そこに一定の法則性があるようです。
禍福、吉凶、苦楽、善悪とは表裏一体のものであり、作用・反作用の法則に従っているようです。
言い換えるならば、すべての事象には釣り合いの理が働いているのです。
世の事物には、釣り合いの理が必ず存在しています。
極端な得意絶頂の時には、その後に必ず失意絶望の時が来ます。
得意絶頂、全盛の最中に、奈落の底が口を開けて待ち構えているのです。
奢り高ぶって油断していると、奈落の底に真っ逆さまに墜ちていきます。
逆に、失望、逆境の最中にあっても、その向こうには希望の光が点りつつあるのです。

人間は、絶頂、平安な時こそ、用心を怠ってはならないのです。
絶頂の最中に、有頂天になり、油断して、驕り高ぶっていると、落とし穴に落ちていきます。
奢れるもの久しからず、栄枯盛衰の理のとおりです。

極端な失意の後には、歯を食いしばって頑張っていると、やがて必ず喜びの時がやってきます。
奈落の底に落ちたときでも、その後には、希望に満ちた栄光の時が待っています。人生は糾える縄目のごとしです。

人生の中では、禍福や苦楽、善悪が交互に、縄目のように織り成して現れます。
良い事も長くは続きませんが、悪いことも長くはつづきません。
これは宇宙の法則です。
ですから、忍耐、辛抱、我慢、努力が大切です。
仏陀である釈迦の仏教は、忍耐を説いた心の教えです。
落ち着いて穏やかで寛容な心を「忍耐」というのですが、これが一番大切だと仏陀が言われています。
陽気が続くと、陰気がやってきます。
喜びのあとには、悲しみがやってきます。
苦しみのあとには、楽しみがやってきます。
楽しみのあとには、苦しみがやってきます。
世の事物には釣り合いの法則が働いて、禍福、善悪、苦楽が交互に縄目のようにやってきます。

絶頂だからといって、浮ついていられないのです。
全盛期こそ用心すべき時なのです。
喜怒哀楽、一喜一憂の人生ですが、失意泰然、得意平然、死中活あり、の精神が大切です。

寒さ暑さは天地の呼吸ですが、苦楽、禍福は人生の呼吸です。
一喜一憂するには当らないのです。

苦しみの中にも、楽しみを見出す工夫が大切です。
人生はあせらず、ゆったりとです。
急がば回れです。
急がないことは早く片付け、急ぎの用は、ゆっくりやるのがよいのです。

自分が感動しなければ、他を感動させることができないように、まずは、自分を処することが大切です。
人生の中では、順境のあとに逆境が、逆境のあとに順境が交互に訪れてきます。
順境も逆境も心の持ち方一つです。

逆境の人は、失望しないで、順境の時のように心を安らかに対処し、順境の人は、逆境の時を忘れず、油断してはなりません。

今綴ってきたことは、全部波動の法則、交換の法則です。作用、反作用の法則、釣り合いの法則ともいいます。
この法則に従うと、幸せを求める方法は、人に恵むこと、人に施すことにあります。

与えれば、与えられるのです。
敬すれば尊敬されるのです。
赦せば、赦してもらえるのです。
情けは人の為ならず、なのです。

出世競争に目がくらみ、必死でしょうが、争い焦る心を忘れて、ただ職務に専念すると、たちまち昇進するのですよ。

組織社会にあっては、老子がよい言葉を残してくれています。
最上の者は、下の者からただその名を知られる者なり。
その次は、親しまれ、讃えられている者、その次は、畏れられている者、その次が、侮られる者である。と述べています。

この意味を自分なりに考えてみてください。
足るを知れば、辱められず、止まるを知れば危うからずです。
これが侮られない生き方です。

虚心坦懐にして、我見がなければ、他人を受け入れることができます。
組織社会では大切な心構えです。
我欲、我執、我見に囚われて、引き摺られて生きているのが人間です。
これらは、争いと衝突、対立のもとになり、身を滅ぼすもとになります。

少しでも驕り高ぶる気持ちがあれば、天地の道理が損なわれるのですよ。地位、名誉、栄光を求める心は、天地の道理と調和しない心です。

人のために役立てるように生きている人、他者を喜ばせようと生きている人には、喜びが3倍にも、4倍にもなって返ってきます。
これも宇宙の法則ですから是非承知おきください。







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# by toukokira-kira | 2018-02-04 14:15 | Trackback | Comments(0)

仕事の本質

神の道では、まず何よりも「見返りが欲しい」という心を手放します。
そして、皮肉ひなことに悟りたい、真理に出会いたいという強い思いがある限りは、悟ることも、真理に出会うこともできません。
実は、悟らなくてもいいのではないか、とその思いを手放すことが大切です。
悟りたいという見返りを求めて、ことを為してはいけないということです。
これはとても重要なことです。
心を空っぽにすると、すべてが得られると以前に書いてきましたが、心をサレンダーすると、悟ることも、真理に出会うことも、本当の自分に出会うこともできるようになります。
すべてを失うと、すべてを得られるようになるということです。
そのときにはじめて「足ることを知る」ようにねりますから、欲望と執着に翻弄されることもありません。

さて、私達の「仕事」とは、自分のためにするものではありません。
仕事は、事に仕えると書きます。
自分はちょっと置いておいて、自分を投げ出して、人のために役に立つようにするのが「仕事」です。
見返りが欲しいという思いを手放す、そして、人のために何ができるか、というのが仕事です。
ですから「仕事」とは神聖な取り組みです。
私の好きな言葉に「一灯照隅」という言葉があります。
自分の周囲の人々を、自分の光で隅々まで照らしだそう、人のために少しでも役に立とう、という意味です。
人のために役に立とう、というのが仕事の本質です。

お金を儲けよう、いい暮らし、贅沢ができるようになろう、という思いで仕事をするのは、本来の仕事ではありません。
そういう仕事の仕方をしていると、必ずいつか、行き詰まります。
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# by toukokira-kira | 2018-02-03 11:33 | Trackback | Comments(0)

天地(アワ)の歌

あかはなま
いきひにみ
うくふぬむ
えけへねめ
おこほのも

とろそよを
てれせゑ
つるすゆん
ちりしゐ
たらさわや

天地の歌上段をを縦に上から読むと、あいうえお、かきくけこ、となります。
下段を下から縦に読むと、たちつてと、らりるれろ、となります。
3300年以上前の天地の歌に、「あいうえお」の原型があるということです。
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# by toukokira-kira | 2018-02-03 09:54 | Trackback | Comments(0)

ひふみ祝詞に想う

ひふみ祝詞については、もう何度も繰り返し書いてきました。

神道の深淵なる祭祀は、神離盤境(ひもろぎいわさか)なのですが、この祭祀では、ひふみ祝詞が奏上されることになっています。

47音のひふみ祝詞は、ひふみ神言とも言われ、大宇宙のすべての真理が凝縮している究極の言霊である。一文字、一文字に神霊が宿った神言です。

にもかかわらず、明治維新の時に、国家神道が始まり,古事記と日本書記が国家神道の歴史書として位置づけられ、旧事紀(くじき)は神道の主流から外れました。

旧事紀が主流から外れると同時に、ひふみ祝詞も完全に忘れ去られる存在となりました。そして現在に至っています。

ですから、国家神道の流れを汲む現在の神社では、ひふみ祝詞は教えません。
神主、神官も。個人的に勉強している人以外は、ひふみ祝詞の存在さえ知りません。

ひふみ祝詞も、いろは祝詞も、天地の歌祝詞も、次元上昇に必須の最強の祝詞なのですが、サラリーマン化した現代の神社とは無縁の存在となっています。

誤解されると困るのですが、現代の神社と、古流神道とは、全く別物であり、似て非なるものです。現在の神官教育は、祝詞を読んだり、作法を覚えたりすることがすべてであり、霊的処理のできる特別な修行は存在しておりません。神主の姿形をしたサラリーマンということです。



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# by toukokira-kira | 2018-02-02 11:42 | Trackback | Comments(0)

ひふみ祝詞

日本の古い数え方で、 ひい・ふう・みい・よお・いつ・むう・なな・やあ・ここの・とお というのがありますが、これは非常に歴史の古いもので、3000年前以上にもなります。

ひふみ祝詞を唱えると、神の波動と同じ波動に近づいていきます。
唱え続けると、神に近づいていけるということです。

無心で、ひふみ・・・と唱えると、波動はアルファ波となります。
アルファー波の状態の時、神につながります。
潜在意識が覚醒し、作動して、神につながっていきます。

その時の唱えるリズムは、3・5・7調のリズムが神のリズムです。
ですから下記のようにひふぃみ祝詞を唱えます。

ひ ふ み......(3)
よ い む な や......(5)
こ と も ち ろ ら ね......(7)
し き る......(3)
ゆ ゐ つ わ ぬ......(5)
そ を た は く め か......(7)
う お え......(3)
に さ り へ て......(5)
の ま す あ せ 「ゑ」......(6)
「ほ れ け」......(3)
※神の息に合わすには、三五七・三五七に切って宣る。最後の「ゑ ほ れ け」だけ、節を長くよむ

古代から受け継がれてきた日本人のDNAが目覚めて、本体の自己が覚醒します。

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# by toukokira-kira | 2018-02-02 11:37 | Trackback | Comments(0)

直霊と四魂

神々の光から枝分かれした分霊が直霊であり、この直霊は内なる神として人間の魂の中心に宿っています。
そして、この直霊を中心核として、四魂が重なり合って、人間の精霊体は成り立っています。
これが一霊四魂です。日本の古神道の思想です。

直霊は、ハイヤーセルフともいい、魂である四魂をコントロールしている存在です。
四魂は、人間の心、意識を形づくるものであり、肉体が消滅すると、四魂もバラバラとなり、一つに固まって重なり合っていたものが、崩壊分裂し、同時に心、意識も消滅します。

四魂にはそれぞれ働きがあり、荒魂は、本能を司り、和魂は環境把握、奇魂は区別したり、比較したりする智の働き、幸魂は、天界、霊界との交信機能です。
四魂が互いに働き合って、心が生まれ、意識が生まれ、心である意識が働いています。
肉体が弱って臨界点に達すると、つなぎとめていた四魂が肉体から離れ、意識を失います。
人間は肉体を失うと、心や意識が失われ、魂だけの存在となります。」
肉体は死んでも、魂は永遠に不滅ということです。
人間の心である四魂の働きをコントロールしているのが、直霊です。
つねに四魂に反省を促します。
反芻自戒の念が湧き上がるのは、直霊の働きによるものです。

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# by toukokira-kira | 2018-02-02 11:29 | Trackback | Comments(0)

神様の贈り物

以前に、頼まれごとは神様の贈り物と云いましたが、頼まれごとと同時に、仕事というものも神様の贈り物です。

仕事をさせていただくという感謝の気持ちで仕事をすると、仕事を通して、いろんな素晴らしい、よい出会いや、つながりが生まれます。

毎日の暮らしが出来るのも、食事も、家族も、仕事をさせていただいているお陰です。
仕事は、神様からの贈り物ですから、何となくという気持ちで仕事をするのはいけません。
自分が出来ることは何か、自分に求められているものは何か、と常に考えて仕事をするとよいのです。
お金を稼ぐことだけに無我夢中になってはいけないということです。
仕事が出会いを作り、絆を作り、人生、運命を作ります。
仕事はさせていただいていますという感謝の気持ちがあれば、神様の贈り物ですから、素晴らしい出会いと人間関係に恵まれ、よき運命、よき人生となります。
ただ、人生にも、仕事にもすべてが順調とはいかず、必ず試練と苦難が待ち受けています。
しかし、辛い苦しい試練、苦難、逆境というものは、実は神様が与える最高のプレゼントなのです。
逆境こそ飛躍のチャンスなのです。
苦難、試練を乗り越えていくほど、肉体は消耗しますが、永遠の命である魂は光輝いてきます。
厳しい苦難を何度も乗り越えていった魂には、「不動心」という最高の栄誉が与えられるからです。
不動心の獲得こそ魂の究極の目的といっても過言ではありません。





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# by toukokira-kira | 2018-02-02 10:29 | Trackback | Comments(0)

切磋琢磨

一粒の石ころをジーッと見つめてみよう。
路傍の端に転がっている石ころの思いが伝わってきます。

石ころ、石ころと言っても、それは何億年もの悠久の旅を続けてきた存在です。
丸い石ころは、何億年の間、石ころとぶつかり合って、円くなったのです。
何億年かの昔、誕生したころは、角があってゴツゴツしていたのに違いありません。

石ころは、悠久の時を、来る日も、来る日も、ぶつかり合って、ぶつかり合って、円くなったのです。

日本には「切磋琢磨」という言葉があります。二つの意味があります。
一つは、自分を磨き、努力して、向上することです。
もう一つは、四角い石や玉がぶつかり合うことで、角が取れて、円く磨かれるということです。

切磋琢磨という言葉は、互いに切磋琢磨し合ってと使います。互いにがつくのです。
必ず、切磋琢磨し合う相手がいて、ぶつかり合うのです。
ぶつかり合わなければ、石ころは四角い石ころのままです。ぶつかるからこそ、円くなります。切磋琢磨してぶつかり合うことは悪いことではありません。

石ころと同じで、人間もぶつかり合うことによって、人は円くなります。
円くなれば、石ころと同じように、困難な状況も乗り越えていけます。

路傍に転がっている一粒の丸い石ころは、何億年という悠久の時を、艱難辛苦に堪えながらぶつかり合って、試練を乗り越えて、今日の今、ここに、存在しています。

失敗したら、何度でもやり直せばよい。相手を傷つけてしまったら謝ればよい。
ぶつかり合ってこそ、自分も相手も磨かれると思います。
切磋琢磨し合うライバルというのは、人生の宝です。


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# by toukokira-kira | 2018-02-01 21:28 | Trackback | Comments(0)

今日を生きる

今日を死ぬことで、明日を生きることができる。
今日を生きるためには、明日の自分を手放さなければならないということです。
今を生きるということは、今日が自分の最後の日になるかもしれない、と思って生きることです。

難しいですね。

今日という一日を、自分の人生の最後の日という覚悟で過ごすと、今を生きることが実感できます。
今日を生きるためには、明日の自分とともに、昨日の自分も手放さなければなりません。過去を振り返り、過度に後悔する必要はないのです。

どんな過去であれ、過ぎ去った過去に引き摺られる必要はないのですから、過去には鉄のカーテンを引き、まだ見ぬ未来に不安や恐れを抱く必要はないということです。今、今日、この時に集中して生きればよいということです。

今日を最後の一日だと思い、最善の一日にしようと努めることが、今日という一日を最良の日とすることができる。そうすることによって、欲望も執着も断ち切って生きることができると思います。

そして、明日は、おまけだと思って、今日を生きるのです。

人生の達人、道元禅師は、そう言っていますよ。
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# by toukokira-kira | 2018-02-01 21:18 | Trackback | Comments(0)

自分を手放すとは

喜怒哀楽の根源にあるのは欲望です。
欲望や刺激の強い人生を送る人には、喜怒哀楽の激しい人生が待ち受けます。
喜怒哀楽が激しいということは、欲望に翻弄されている人生ということです。
欲望がその人の人生と運命を翻弄するのです。

そして、仏陀の仏教の教えの核心は、「執着」であり、執着を手放すことが究極の悟りです。
お釈迦様は、臨終の時に、最後の言葉として、「我執、我欲、我見の消滅」という言葉を残されました。

執着しないことを突き詰めると、自分を手放すことであり、生きることも、死ぬことも手放すことになります。

命を手放し、自分も手放す。私という概念を手放すと、自分が生かされた存在であると気づきます。

何かに包まれ、何かに支えられ、何かに助けられていると感じた時、自分は何かに生かされている存在だと気づきます。

この一瞬を生きるためには、前の一瞬を手放す必要があります。
昨日のことを引き摺っていたら、今日を自由に生きることができません。

明日のことに囚われていたら、今日を自由に生きることができません。

そして、人生はなかなか難しいです。
自分の思い通りにはいきません。

いつまでも若くて、美しくて、健康でありたいと思っても、思い通りにはいきません。
病気になりたくない、齢をとりたくない、死にたくない、と思っても、無理なことは自明の理です。

これが執着というものです。
生きることを手放すと、執着から解放されます。
生きることを手放し、一瞬一瞬を大切に生きれば、執着も消滅します。

手放すということは、受け入れるということです。

生きることを手放し、自分を手放すことによって、私たちは生かされるのです。

ありのままの自分を受け入れるということは、そうした自分を手放すということです。
少し難解ですね。

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# by toukokira-kira | 2018-02-01 21:15 | Trackback | Comments(0)

太極の力

神漏岐の命、神漏美の命は、幣立神宮の祭神ですが、この2神の神は、太極の正反、陰陽の回転の渦を顕わされる神々です。
世にいう太極の力であるカムロギ、カムロミの渦です。
私は、このカムロギ、カムロビの太極の渦をイメージしながら、患者の身体を治療します。
大宇宙大和神並びに天之御中主大神の御神名を唱えながら、患部に思念を集中して、正反の渦をイメージします。
カムロギの渦は左回転の渦で、カムロミの渦は右回転の渦です。
この大和神の霊光の渦により、病の患部や癌細胞は崩壊消滅します。

病気を治すというよりも、病気がなくなってしまうのです。
私は医師でないので、病気や癌,腫瘍を治しません。
手を触れることなく、瞑想の力を集中させることによって、消滅崩壊させます。
治療はしませんが、なくなるのです。

日本の法律では、医師のライセンスを持たないものは、病気の患者の身体に触れてはならない、ということになっています。
怪しげな民間治療が横行しているからです。
私は、手を触れないので、治療ではないのです。
ただ治ってしまうということです。

私が行う太極療法とは、カムロギ、カムロミの神々の神霊力=太極の力によって成り立つ療法ということです。
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# by toukokira-kira | 2018-02-01 11:04 | Trackback | Comments(0)

「忍耐」の本当の意味

ブッシュ大統領は、人間を敵と味方に分けて対処する政治家でした。
「俺の意に反する人間はすべて敵だ」というのがブッシュ大統領の口癖であり、大方の欧米人が賛同する考え方です。
自分に賛成し、賛同する人間は味方であり、反対する人は敵であると云いました。
これは、神を信じる者は救われるが、神を信じない者は救われない、という二律背反的な思考構造からきています。

敵となれば、人類の祖先であるネアンデルタール人のDNAが作動します。
味方は人間とみなすが、敵となれば人間と看做さない残忍なDNAが働きます。

ネアンデルタール人は狩猟民族でしたが、草原で他部族と遭遇すると、壮絶な殺戮合戦となります。
同じ人間であっても、敵となれば、皆殺し、根絶やしになるまで殺戮が続き、躊躇なく、容赦なく、平然と殺害します。
環境によっては、私達にこの残忍な弱肉強食のDNAが作動するのです。

欧米人は、いつもカンカンに怒っています。
自分の意に反することに対しては、怒りの感情を爆発させます。
スポーツの応援合戦で殴り合いの喧嘩は、日常茶飯事です。
昨今は、「怒り」が現代人の主要なテーマのようです。
そういう本が一番売れているそうです。

怒りに対しては、「忍耐」がキーワードです。
忍耐と寛容の精神が大切ということです。
仏陀は、仏教の教えの中で、忍耐の必要性を一番に説かれました。
仏陀の教えは、ある意味では「忍耐」の教えといっても過言ではありません。
仏陀であるお釈迦様が説かれた「忍耐」とは、いかなるものでしょうか。
仏陀の「忍耐」とは、耐え忍ぶことでも、がまんすることでもありません。
我慢は限界を越えると、爆発して、激怒の心に変わる闇の心です。

忍耐の本当の意味は、落ち着いて、穏やかに、寛容な気持ちでいなさい、というものです。
仏陀であるお釈迦様がそう言っているのですよ。
忍耐=寛容な精神んことであり、穏やかで沈着冷静な精神のことです。
怒りの心を理性でコントロールできる状態が「忍耐」です。
人間にとって、やはり忍耐と寛容が一番肝要ということです。
「忍耐」という言葉の本当の意味は、我慢して、耐え忍ぶという意味ではありません。お間違いなきように。


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# by toukokira-kira | 2018-01-31 11:43 | Trackback | Comments(0)

霊魂の不滅

ソクラテスは一遍の著作も残していないので、その哲学、思想は、弟子のプラトンを通じて語られることが多い。

プラトンは名作「パイドン」の中で、ソクラテスの死を描いたが、このプラトンこそ、魂の不滅、永遠性を定義した人類最初の人物である。
勿論、ソクラテスの影響を大いに受けていましたが。
そして、キリスト教の教義に大きな影響を与えました。
キリスト教における魂の永遠性、魂の不滅は、プラトン哲学によるものです。

キリスト教哲学者から、聖アウグスチヌスに至るまで、みなプラトン主義者です。
プラトンとソクラテスというギリシャ哲学から出たものが霊魂の不滅、永遠性というものです。
今から2400年ほど前のことです。
それがキリスト教会に取り入れられて、霊魂の永遠性が聖書の教えとなりました。
そして世界中の宗教に霊魂の不滅という観点から影響を与えました。
肉体、心、意識、霊魂というものが人間ですが、肉体を失うと、心と意識は消滅して、霊魂だけが単独で存在し続けるという考え方です。
古流神道と全く同じ考え方です。

そして、死んだ者の霊魂は、それぞれの世界に引き寄せられていくと、プラトンはいいます。
善なる魂は、善なる世界に行き、悪なる魂は、悪なる世界へ引き寄せられていって、そこで魂は眠りにつく、とプラトンは言います。
これもまた古流神道の因果の法と全く同一なのです。

プラトンによれば、死とは、肉体から霊魂が離れて、霊魂が単独で存在する状態、眠りにつく状態と定義づけています。

プラトン哲学を取り入れたキリスト教会の聖書では、これにそった教えとなっています。

聖書では、死者のことを眠っていて、意識のない者と定義しています。
古流神道の定義と寸分も変わりません。

聖書の一節では「多くの者が、地の塵の中の眠りから目覚める。ある者は永遠の命に入り、ある者は永久に続く恥と憎悪の的となる」とあります。

私たちは、死ぬと、天国や地獄に行くのではない。
地の塵の中で眠る。
そして復活の時を待つ、これが真実であり、真理だと、プラトンは言います。
キリスト教会も同じ主張です。
これは、古流神道の輪廻転生の考え方と全く同じであり、相違点は何もありません。

霊魂の不滅、永遠性、死後の世界の幽冥観については、プラトンも、ソクラテスも、キリスト教会も、古流神道の世界も、全く相違がなく、共通点が多いのです。驚くばかりです。

まあ、キリスト教の場合は、イエスも、イエスを信じて眠りについた者も、神がイエスと一緒に導き出してくれるそうですが。
キリストに結ばれて、死んだ人々は、最優先で復活するというのがキリスト教です。その辺は少し違いますが。

2000年の歴史をもつ古流神道と、2400年前のソクラテス、プラトンの世界と、キリスト教会とは、基本的には全く同じ哲学、思想に貫かれています。
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# by toukokira-kira | 2018-01-31 10:33 | Trackback | Comments(0)

老子の無と有

老子は、太上老君とも呼ばれ、中国の神様として畏れられ、崇められている凄い人物です。
陰陽師の陰陽道は、老子の神仙思想に由来しています。
この老子の言葉に、「無と有」について述べられたものがあります。
老子の思想は大変難解で難しいのですが、なるほどと思うものもたくさんあります。「精神的に弱っている時に老子の言葉に救われた」という人もいますから、 その一つをご紹介します。
ここに紹介する言葉は、自分自身の存在意義を見失った時に一筋の希望となること間違いありません。

「無」こそ、「有用」、「有益」の源である。

一見、無意味に見える存在にこそ、「有」の源があります。

…そう教え説く老子の言葉は、
「自分なんてダメな人間だ」
「自分なんて生きていても役に立たない」
と、自分を卑下するモードに入っている時に、明日を生きるパワーをくれます。
無こそ有なりということです。


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# by toukokira-kira | 2018-01-30 11:51 | Trackback | Comments(0)

孟子「四端の心」

四端の心は、わが流儀、五心朝天法の根本心です。
心の霊的階層を高めるためには修養する必要のある必須の心構えです。
陰陽師の法を使うには、正義の波動の放出が不可欠ですから、修養によって四端の心の獲得を目指します。
この四端の心の教えは、中国の孟子が唱えたものです。
もともとは、神仙術を使う仙人の心の有り様を説いたものです。
人間は、正しい因果律を悟って、正義の心で、楽しく、仲良く人生を送るのが理想です。
四端の心をもって生きると、正しい因果律を悟って、正しく生きることができます。
人間の真実の心、本当の有り様が理解できるようになります。
四端の心の実践は、仁義礼智信の実践です。
四端の心とは、惻隠の心、是非の心、羞悪の心、辞譲の心の4つです。
惻隠の情とは、他者の苦境をみて見過ごしにできない心のことです。
是非の心とは善悪を見極める心のことです。
羞悪の心とは、恥ずべき心のことです。
辞譲の心とは、良き事は人に譲り薦め、悪しきことは自分が引き受けるという謙虚な心のことです。
この4つの心は仁義礼智信の実践です。
仁は憂えず、義は正しく、礼は規律ある生活、智は惑わず、信は疑わず、勇は恐れず、謙は謙譲です。
仁の「憂えず」とは、双眼の色変わらざるは憂なきに似たり、の憂いです。
この憂いには、他者の逆境を見過ごしにしないという意があります。
他者の苦難、困難を見て、知らぬふりするような心ではありません。
自分の命を捨ててでも、他者の苦境を救おうとする心です。
「義の正しく」は、正義心のことです。
正しい因果律を悟って、正義心をもって行動できるということです。
正義心とは、万人の誰もが認める行為を正義といい、自分の喜びが他者の喜びにつながるような心を正義心といいます。
他者のことを考えずに、自分本位に欲する心のことを罪悪心といいます。
身勝手で利己的な心は、罪悪なのですよ。
「礼」とは、規律ある生活態度のことですが、所作、態度、心配り、心遣いのことです。
美しい言葉や所作、態度、心遣いには、心の美しさがあります。
「智」の惑わずは、宇宙の知恵、宇宙の真理、自然界の摂理を悟るということです。
「信」の疑わずは、自分を信じ、他者を信じ、宇宙を信じて疑わないということです。
努力を尽くすことを誠といい、誠を尽くすことを信と言います。
人と交わる道は、信と仁(情愛)にあります。
人の世界では、信なくば立たず、です。
信を一端失くすと、誰からも相手にされません。
「勇」の畏れずとは、物事に動じない胆力を備えていることです。
最後の「謙」は、謙譲の心のことです。
これは生きていく上で、大切な心構えです。
この「謙」が重要です。世の中を渡るには謙と予の二つが大切だからです。
謙とは謙譲、予とは準備ということ。
謙譲とは、利益を人に譲って、害を自分が引き受けるのが「譲」であり、よい事は人に推し、悪いことは自分がとるのが「謙」である。
要は謙虚な心ということです。
世間の中で、過失を免れる方法は謙譲にあります。
謙譲とは、達人の心です。
上から目線の驕り高ぶった心のことではありません。
劣等感も優越感も超越した心です。
相手の言葉、顔色で意味を深く洞察し、智慧深く、用意周到であるがゆえに、他者に対して謙るのである。
「謙」の形を極める者は、人生の達人である。
真の勇者は、臆病者のようであり、真の知恵者は、愚者のようであり、真の巧者は、下手のように見えるのです。
権威,権勢を示すことはなく、どこまでも謙虚なのです。
私のブログは非公開記事も含めて4500編ほど収録されていますが、実は、この1編の記事「四端の心」を理解し、真に悟ることができれば、あとの記事は不要なほど重要なものなのですよ。
四端の心を修養し、その実践としての仁義礼智信を極めることが大切です。



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# by toukokira-kira | 2018-01-30 11:44 | Trackback | Comments(0)

孔子「天命」

「人事を尽して天命を待つ」とは、「人智を尽して天命を知る」とも言いますが、これは、自分の全力をかけて努力をしたら、その後は静かに天命に任せるということです。
儒教の生みの親である孔子の言葉がこの天命です。

最善を尽して、やるだけやったら、後は天に任せる。
事の成否は人知を越えたところにあるのだから、どんな結果になろうとも悔いはないという心境のたとえをいいます。
誠を尽くして、最善を尽す、あとは天に任せる。
結果が出なかったら、また一から誠を尽くして、最善を尽して、努力すればよいだけのことである。

人事を尽くして天命を待つとは、人間の能力でできる限りのことをしたら、あとは焦らずに、その結果を気にすることなく、天の意思に任せるということです。
最善を尽して、やるだけやったら、結果など毛頭も気にしない、天の意に委ねるだけだ、という心構えです。
孔子はそう言っているのです。

私は、この「人智を尽して天命を待つ」という言葉が好きです。
後悔のないように、最善を尽し、やるだけやったら、もうそれでよいのです。
結果など、問題ではありません。天に任せます。
結果が良ければ喜べばよいし、結果が悪ければまたさらに頑張ればよいのです。

結果に執着せず、努力を楽しみながら、水の流れのようにサラサラと生きることが大切です。
そういう意味で、「人智を尽して天命を待つ」は私の人生を貫く一つの座右です。いい言葉だと思います。
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# by toukokira-kira | 2018-01-30 08:33 | Trackback | Comments(0)

良寛さん

今回は、一托鉢僧として漂泊の人生を歩んだ良寛さんを紹介します。
常に貧を友として、清貧の美しい生涯に生きた禅宗の僧が良寛さんです。
私は日本の仏教をあまり評価していませんが、良寛さんは別です。
良寛さんには美しい「清貧の心」があります。
日本仏教では空海、道元といった凄い人物も輩出していますが、良寛さんも私は凄い人と感服しています。
良寛さんの心は、有名な「花無心」という詩の中に感じ取れます。
花開くとき、蝶来たり、蝶来るとき、花開く・・。という有名な詩です。
すべてが天地の道理、大自然の摂理にただ従って生きている、という悟りの心がそこにあります。
私は、20代の頃から、この詩が大好きで、いつも口ずさんでいました。
足れるを知り、虚飾のない誠実、正直な人生を送った人であり、尊敬してやまない愛すべき僧です。
ブータンやミャンマーの僧と同じように、本物の仏教の僧侶です。

僧侶とは、良寛のごとき人をいうのであって、今の日本の僧侶のように権威をかざして、着飾って、平気で血のしたたるステーキを食べ、タバコを咥えながら左ハンドルの外車を乗り回すような僧侶とは大違いです。

『花無心』
花 無心にして 蝶を招き、 蝶 無心にして 花を訪ぬ。花 開くとき 蝶来たり、 蝶 来たるとき 花開く。
もまた 人を知らず。 人もまた 吾を知らず。知らずして 帝則に従う。


花は、蝶を招こうとして咲いているのではなく。
蝶に、花を訪ねようという心があるのでもない。
花が咲くと、蝶が飛んできて、蝶が飛んでくる時に花が咲いている。
自分も、他の人々のことは知らないが、他の人々も自分のことを知らない。
互いに知らないながら、天地の道理に従って生きている

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# by toukokira-kira | 2018-01-29 12:14 | Trackback | Comments(0)

渡辺華山の母

渡辺華山の母は、日本の賢母としてつとに有名です。
渡辺崋山は寛政5年(1793)9月16日、江戸麹町の田原藩(現在、愛知県渥美郡田原町)上屋敷に長子として生まれました。

父定通は家老とはいうものの、田原藩は一万二千石の小藩であり、しかも病身。
その上、七人の幼い弟と老祖母を抱え、母の手ひとつで貧窮極まる一家を支えていた。
崋山は母を助けながら、苦労して儒学、画、漢学などの勉学に励む。
11人の妹弟を食べさせるために、幼くして、崋山は商人の家に丁稚奉公に出ました。
10歳の崋山は武士の家老の子でしたが、一生懸命に丁稚奉公に励みました。
慣れぬ仕事ゆえ、いじめられて辛い苦しい毎日でした。
冬は、素手、素足で雑巾掛けをするので、アカギレになり、荷物を縛る縄目がアカギレの手指に食い込んで我慢ができませんでした。
アカギレの割れ目がパックリと裂けて痛むので、アカギレの割れ目に真っ赤に焼けた囲炉裏の火鉢を押し付けて、治そうとしました。
ジュジューと皮膚が焼け焦げる臭いがしたそうです。

辛い苦しい丁稚奉公は、過酷さ艱難辛苦を極め、ある日、崋山は堪えられなくなって、奉公先を逃げ出して、冬の雪道を、冬着も着ないで、素足の草履のまま、山を幾つも越えて、何日間も歩き続けて、やっとの思いで、夜道を母のいる実家に帰ってきました。空腹と寒さで凍え死ぬ一歩手前の状態で実家に辿り着いたということです。
「ああ、やっと着いた」「これで命が助かった」と華山は内心安堵しました。
ところがです、そう思って玄関先に入るなり、崋山の母は、鬼のような形相をして、玄関先で崋山をしかりつけ、「お前の帰ってくる家はない」「さあ、さっさと奉公先へ帰れ」と冷たく、追い払うのでした。
取りつく暇もありません。
「少し休めとも言わず、これを食べろとも言わず」無情冷淡にそのまま追い払うのでした。
崋山は、仕方なく、冬の寒空の中、夜道を引き返していきました。
引き返す道は、空腹と寒さで身体は震え、まさに生き地獄でした。
顔は涙で凍りつきましたが、この経験は華山を大きく変える契機となりました。

華山の母はというと、「崋山や、堪忍しておくれ、お前のためなのだから」と目を真っ赤に腫らして、華山の身を案じながら泣き続けました。
「どうか無事に奉公先へ帰っておくれ!」と地蔵様にお祈りしながら、泣きつづけました。

この一件以来、崋山は、どんなに辛く苦しくても、弱音を吐くこともなく、辛抱、忍耐で乗り切りました。
辛抱に辛抱を重ね、忍耐に忍耐を重ね、ついには丁稚小僧から家老職にまで登りつめました。

そして後年、蛮社の獄の後、自刃するまでに、数多くの優れた画、漢詩、和歌、俳諧、書物を残しています。
 また崋山は、高野長英、小関三英、江川坦庵らの蘭学者と交流しつつ蘭学を学び、当時の日本人で最も外国の事情に明るい人物の一人になりました。
その外国についての多くの情報を背景に国際情勢を論じ、鎖国日本が世界の水準よりはるかに遅れていると攘夷の非をとなえ、憂国を訴えた大人物でした。
そして、何よりも母が立派でした。
涙をこらえながら、可愛いわが子を谷底に突き落とし、辛抱と忍耐の大切さを教えました。
この母なくして、渡辺華山はありえなかったのであります。




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# by toukokira-kira | 2018-01-29 11:44 | Trackback | Comments(0)

正直者はバカをみるか

このブログを読むと、自然と仏教や宗教にも詳しくなります。
私は古流神道の修行者ですが、仏教や世界の宗教には関心があります。
過激?な発言も多いので、読者には、心の中に葛藤も生じることでしょう。
でも私は、「是非の心」に従って、単刀直入に書いているだけなのですよ。

日本には、「正直者がバカを見る」という言葉があります。
そして、日本の常識になっています。
多くの知識人は、現実に照らして、全くそのとおりだと思っているのに違いありません。
あなたはどう思いますか。

知識人たちは、正直者がバカを見るというのは日本の常識であると言い切っています。
さらには「まあ、世の中、正直者がバカを見ないことも、ごくまれにはありますが、そんなことは稀です。
努力が報われることも、めったにないことですが、まれにあります。
努力がむなしいものとは決して思わないが、それはごくまれな奇跡的な事件としてあるのであって、それ以上ではない。」とも言っています。
果たしてそうでしょうか。

さらに彼らの主張は続きます。
「私の経験からいって、正直者はおおむねバカを見ますと。
努力はほとんど報われることはありません。
こういう見方は捻じ曲がっているのかも知れませんが、一面の真実だ」と言います。

果たして、日本の世の中では、正直者はバカを見るのでしょうか。
それが日本の常識なのでしょうか。
善因善果という仏教の法則を否定していいのでしょうか。

とくに、近代の精神、理性は、仏教の因縁因果の概念を否定するところから生じていますので、仏教のインチキ性を逸早く見破っています。

ともあれ、因果の法は、非常に合理性の高い法則です。
原因・結果の法則は宇宙を支配する法則です。
日本流に曲解された因縁、因果の概念がインチキだということです。
本来の因果の法は、近代理性と何ら抵触することはありません。

原因・結果の法則は、すぐに結果として生じるものもあれば、後で現れるものもありますし、人生の晩年に結果が出てくるものもありますし、今世で結果が出ない場合は、来世に持ち越す場合だってあります。
すぐに結果が出ないからといって、知識人たちのように、正直者はバカを見ると言い切ってよいものかどうかです。

「バカを見る」のがわかっていて、尚且つ、正直に善行を積むのが仏陀の佛教の教えというものです。


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# by toukokira-kira | 2018-01-29 10:13 | Trackback | Comments(0)