困難は自分の心の反映

人間の本質である心、すなわち潜在意識、深層意識は、人間の小宇宙であり、大いなる大宇宙と直結しています。

潜在意識は無意識の世界のことですが、実は人間の思考と感情、行動の99%は潜在意識が支配しています。
潜在意識の思考回数は、1秒間に4000億ビット回数という途方もない世界です。
危険な波動が生命体に押し寄せていないかどうかをチェックするために24時間フルタイムで稼動しているのが潜在意識です。
その思考回数速度はスーパーコンピュターもかないません。
宇宙から押し寄せる素粒子や重力波の波動から人間の波動までを点検チェックしているのが潜在意識というものです。
無意識の世界の中で、潜在意識はフル稼働してあなたを守っているということです。
そしてそれは無意識の世界なので、自分の心でありながら、自分の想うようにはコントロールできない心の世界です。

あなたは自分の自由な意志で物事を判断し、選択しているつもりでしょうが、実はあなたの思考や行動を選択したり、物事の捉え方を決めているのはこの無意識の世界の潜在意識です。

人間の心である潜在意識は小宇宙として、宇宙とつながっているのですが、小宇宙にも、大宇宙にも共通の法則があります。

人間の想いが心である潜在意識に伝わるためには、宇宙言語を使わなくてはなりません。
同時に、人間の想いが大いなる存在である大宇宙に届くためには、宇宙言語で伝えなくてはなりません。
これは非常に大事なことです。秘奥義に属するものです。

宇宙の言語とは、神の言語のことです。
人間の使う言語のことではありません。
宇宙言語を使わないと、潜在意識にも、宇宙にも、あなたの想いは伝わらず、想いや願い、望みは現実化しません。

自分の心に届かないことは、宇宙にも届かないのです。
自分の心が理解できないことは、宇宙も理解できないのです。
心と宇宙が理解し、悟ることのできる宇宙言語を使えば、心は容易に理解し、悟ることができます。

宇宙言語を使うと、宇宙は貴方の想いをすぐに理解し、悟ることができます。
宇宙言語とは、神の言語のことですが、それは、イメージの世界のことです。

宇宙言語とはイメージのことです。
自分の潜在意識と対話するには、神の言語であるイメージ映像で思いを伝える必要があります。

自分の想いを宇宙に届けるためには、宇宙の言語であるイメージ映像で鮮やかに、鮮明に想いを伝える必要があります。

頻繁に強烈に想いをイメージすると、潜在意識に伝わり、それが宇宙に届き、想いが現実化します。

イメージは、願望がすでに実現している完了形のイメージです。
実現したイメージをリアルに鮮明に描き、その喜びの気分に浸ってキラキラと幸せの光で輝いている自分の姿をイメージするのです。
それが宇宙との強力なコミュニケーションとなります。
こうしたイメージの習慣を毎日続けて、繰り返すとよいのです。
願望の実現や、望みや希望、奇跡の現実化は、いつもある日、突然にやってきます。
人知では計り知れないことです。

問題や困難、試練があったならば、それは、思考を変えろ、物の捕らえ方、見方を変えろというサインです。
問題や困難は、自分の心の反映に他ならないからです。

心の有り様をプラスに変えていかないと、宇宙はどうすることもできないのです。心の感じ方を、心の捉え方を正しい方向へ変えていかないと、大いなる存在は何も出来ないのです。

ですから常日頃から、プラスの言葉で心を一杯にしておくことが大切です。
「私はなんて幸せなんだろう。」「私はなんて豊かなんだろう」「私はなんて素敵で、明るく、清くて、正しいのだろう」「私はなんて元気で健康なのだろう」「私は周りの人からとても愛されている」「自分の周りにはよいことばかり起こる」「毎日が嬉しくて、楽しくて、幸せ一杯、満ち足りている」「毎日、勇気と希望が湧いてきて、ワクワクドキドキの毎日だ」などと大きな声で唱えて過ごすとよいのです。
そうすることによって、幸せを引き寄せるためのバックボーンができます。

幸せや豊かさを引き寄せるために大事なことは、内側の状態を、すなわち心の中をいつも幸せ、豊かさ、愛、感謝、健康の想いで一杯にしておくということです。
そうすることによって、すべての望み、願望が、あなたのものとなります。

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# by toukokira-kira | 2017-10-17 10:46 | Trackback | Comments(0)

交換の法則

宇宙の法則は、波動の法則でしたね。波動の法則には、共鳴の原則と、交換の法則とがあります。
言い換えるならば、作用・反作用の法則とか、陰陽の法則と言えます。

交換の法則とは、エネルギーを交換しあうことです。
この世界は、すべてが波動エネルギーで成り立つ波動世界です。

エネルギー同士が交じり合い、引き寄せ合って現象を引き起こします。
人間の心にも、思いにも、感情にも、視線にも、吐くと息にも、言葉にも波動エネルギーがあります。
そしてエネルギーは、共鳴し合ったり、交換し合ったりして、無限の変化と現象を生み出しています。
生々流転しながら無限の変化を織り成し、森羅万象の世界を形作っています。
私はこのことを解るまでに50年間を費やしました。
人生の晩年に、やっと理解できるようになったのです。
私がこうして波動世界のことを綴っているのも、これから人生を歩む若い人たちに伝えておきたいという思いからです。

波動というものは、共鳴しあうばかりではなく、ブーメランのように自分と相手の間を行ったり来たりする性質をもっています。

相手に対する思い、想念は、自分に対する思い、想念となって還ってくるということです。
言い換えると、自分が宇宙に放った想念波動は、相手にも届きますが、廻りまわって、最後には、波動を放った本人のところにへブーメランのように戻ってくるということです。

相手への怨念波動は、相手の心身を破壊する方向で働きますが、その波動は、最後は必ず、放った本人のところに戻ってくるということです。

自分の放った怨念波動によって、自分が苦しめられることになるということです。

自分の放った想念波動や、言葉の波動は、宇宙空間を漂った後には、必ず本人のもとへ返ってくるのです。そして自分が苦しむことになるのです。自業自得です。

相手を祝福すれば、自分も祝福されるのです。
相手に思いやりの心をもてば、自分にも思いやりの心が還ってくるのです。
相手の健康を祈れば、自分が健康になるのです。
これが波動の交換の法則です。

良い念を送れば、良い念が交換されて還ってきます。
悪い波動を送れば、悪い波動が相手から送られてきます。
送った思いに見合ったものが交換されて、送られてきます。
交換の法則です。
相手を憎めば、自分が憎まれることになります。
交換の法則は平等に適合されます。

相手を呪えば、自分が呪われます。
相手を怒れば、その怒りの波動は、最後に自分のところに還ってきます。
人を呪えば穴二つとは、この交換の法則のことをいっているのです。
呪った人も、呪われた人も、墓穴を掘ることになる、ということです。

波動は、言葉に出さなくても、内心で思うだけで、相手のエネルギー体に届きます。
無意識である潜在意識にあなたの波動がキャッチされ、用心されるということです。
そして、相手に送った思いの波動と同じ波動が自分のところに跳ね返ってきます。これが、波動の交換の法則です。
くれぐれもご用心を。

ですから逆に、人に親切にすると、自分も親切されます。
人に敬意や尊敬の念を送ると、自分も敬意を表され、尊敬されます。
人を疑うと、自分も疑われます。
人を信用しないと、自分も信用されません。
人を信じられない人は、誰からも相手にされない人となり、不幸な人生となります。
人を信じると、自分も信じてもらえます。
人を裏切ると、自分も裏切られます。
波動の交換の法則は平等であり、厳然としています。

この波動世界の中で、人は沢山の悲しみや苦しみに呑み込まれ、たくさんの不安や恐怖、葛藤や誤解を抱え、幻想や嘘、偽りに生きています。
こうした心の状態に応じて、嫌なことがたくさん引き寄せられてきます。
望まないことがたくさん押し寄せてきます。
心に不足感があると、自分の周囲で足りないと感じる事象がたくさん引き寄せられてきます。

どんな境遇にあっても、心が十分に満ち足りていると感じていると、周りには平和で幸せに満ちた事象が招き寄せられてきます。

心の状態が究極の最下限まで落ちていくと、心の波動は魔の波動となり、闇のもの、魔のものを引き寄せます。
これは、波動共鳴の法則です。
魔界の波動が引き寄せる世界は、残酷、残忍、非道なところであり、この世の嫌なところ、地獄のようなところをです。

この世界は、心のあり方によっては残酷なところで、いやなところも一杯ありますが、その一方で、光に満ち溢れた愛の世界も無限に広がっています。

ネガティブな思いと感情を全部捨てて、自分の意識をクリアーにすると、光の世界が引き寄せられてきます。
プラスの心の波動に覆われると、プラスの光の波動のものが呼び込まれてきます。本当の大切な真実の世界が顕れてくるということです。

愛と、感謝、祝福の心に包まれると、無上至高の波動が向こうから引き寄せられて、やってきます。

幸せも、豊かさも、富も、よい人間関係も、あなたの心の波動しだいで、何もしなくても、向こうから、引き寄せられてやってきます。

幸せを叶える方法や、願いを実現する方法などを書いた本が世間には一杯氾濫しているようですが、答えは一つです。
自分を変えて、自分の思考を変えることです。
良い思い、よい思考だけを選択することです。
それが幸福の門へと通じる道です。






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# by toukokira-kira | 2017-10-17 10:15 | Trackback | Comments(0)

「感謝」は無限の力

人間は、頭の中であれこれ考えることよりも、行動して、体験することに真の価値があります。
百考は一行に如かずです。行動してはじめて命運律が動くからです。
人生では、行動して、体験することが一番大切なことなのですが、実際に体験してみないと判らないことも多いのです。

行動して、体験してみて初めて判るということが案外多いのです。
体験して悟ったことは、忘れることなく、終生、魂の記憶庫に保管されて、魂に刻印される記憶となります。

体験の伴わない机上の空論、単なる知識、情報は、使わないと自然消滅する記憶となります。魂に刻印されない記憶ということです。

行動を起し、体験、経験するということは、魂にとって重要な意味を持ちます。
魂の記憶として永遠に刻印され、良かれ悪しかれ因縁の種子となるからです。

行動し、体験する上で最も重要なことは、喜びと感動を感じて、体験することです。
幼子のように無邪気な心で、ドキドキ、ワクワクしながら体験することです。
勿論、心の根底には、引き寄せの法則そのものである、愛の心と、感謝の心で貫かれていることが必要です。

喜びと感動があって、楽しい、嬉しい経験は、人生にとって青信号となるものです。良い経験の記憶となって魂に刻まれっていきます。
楽しくない、好ましくない体験や経験は、人生の赤信号となるものですから、やめておいたほうがよいでしょう。清算すべき因縁、カルマとなってしまうからです。

夢や希望の実現のためには、懸命の努力が一番のことですが、努力しながら呼び寄せの法則を使うと、効果は上がります。
毎朝2~3分でよいのですが、願望実現の完了、成就したイメージ、感情に浸りましょう。そして感謝の行に取り組みましょう。
感謝の力がないと努力しても物事が成就に向かいません。

ですから、そのことに心から感謝しましょう。
感謝して、イメージングを楽しむのです。
感謝の心は、ありがとう、と一言いってもよいのです。

人間は誰でも、不完全な身です。
不完全な人間にとって、ありがとう、とともに、ごめんなさい、という言葉が大切です。
この言葉のもつ意味が大きいのです。
しっかりと、ありがとう、と、ごめんねを言えるように習慣化するとよいです。
愛と感謝の心こそが、人間の最高の守護神となるものです。

守護神の反対は魔神、悪鬼です。
怒りの心や憎しみ、復讐の心のことです。
怒りや復讐心を抱くということは、熱い真っ赤な石炭を手に持っているのと同じで、火傷をするのは自分なのだよ、と仏陀が説かれています。
神様が一番嫌うのも怒りや復讐心、自己自慢、自己顕示です。

怒りや憎しみ、恨みなどのネガティブな感情は、相手ばかりではなく、自分にも還ってくる恐ろしい感情です。
こうしたネガティブな闇の心、闇の感情は、人生を闇の道へと誘い、運命を狂わせるものですが、愛、感謝の心をもって克服されるものです。

愛、感謝の心は、闇の心、魔の感情を中和させ、打ち消してくれるありがたい心です。
この愛と感謝の法則は、仏教の開祖である仏陀が示された法則です。
仏陀である釈迦如来は、「今の自分のすべては、自分のこれまでの想いの結果である」と因果律を説かれました。
「感謝して、感動して喜ぶことが人生の目的である」とも言われています。

喜びと感謝の心は、人生の中では重要なカギとなるものです。
不平不満、愚痴や文句を言って、いつも満ち足りていない心の者には、未来永劫、何の幸運もやってきません。

中国の老子は、「不足しているものが何もないと気づくと、全世界は自分のもの」と覚醒した言葉を残しています。

不足しているものが何もないと思っている人、或いは、幸せと喜びで満ち足りている人には、何もしなくても、幸せや豊かさが向こうから引き寄せられてくるのです。
ここが心の法則で一番大切なところです。

イエス・キリストは「人の人生に与えたものが、そのまま自分の人生に戻ってきます」と言われました。
波動交換の法則をイエスは暗示していたのです。
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# by toukokira-kira | 2017-10-16 21:10 | Trackback | Comments(0)

愛の法則

幸せの法則は、引き寄せの法則のことです。
引き寄せの法則は、愛の法則と同一のものです。

愛の法則は、私たちの現実世界を貫く大切な法則です。
あのマホトマ・ガンジーは、「愛の法則は、万有引力の法則と同じように、現実世界に作用します。」と云っています。
これは名言だと思います。
ガンジーは自然界の摂理をすでに理解していたのです。
宇宙の理を悟っていたに違いありません。

愛は究極の波動です。
神の光の波動です。
人間にとって愛こそすべてといってもよいでしょう。
イエスは「愛のない聖職者よりも、愛のある無神論者のほうがはるかに尊い」と説かれています。
人間世界の本質、真実を突いた言葉だと想います。
またこうも言っています。
「愛のない成功よりも、愛のある失敗のほうが尊く、はるかに価値がある」と。
つまり、愛のある行為は、何よりも尊いと言っているのです。

愛のある行為は、結果如何に関わらず、祝福の道であると断じています。
失敗しようが、成功しようが、上手くいこうが、いくまいが、愛のある行為は、尊いものだと述べているのです。

愛のある行為には失敗も、成功もないといっているのです。
このことを私達は、心に深く刻まなければなりません。
ともすれば忘れがちになります。
成功への気持ちがあまりにも強すぎると、成功は望めなくなるように、愛と感謝の失われた努力は報われない努力になります。
愛の心が込められている行為によって、たとえ失敗しても、想うようにいかなくても、それは祝福されるものであって、決してカルマの代償を伴うものにはなりません。
愛があれば清算すべきカルマにはならないということです。

愛の行為である限りは、どんな結果であれ、それは光の行為、祝福の行為なのです。

愛、感謝の波動は、大いなる宇宙波動と共鳴し、調和する波動です。
愛と感謝の波動は、幸せを招きよせる波動であり、こうした波動に包まれて過ごすと、あらゆる良きものが求めなくとも、向こうから引き寄せられてきます。

願わなくても、求めなくても、向こうのほうから幸せが勝手にやってきます。
愛と感謝の波動が幸せと、豊かさ、よき人間関係を引き寄せてくれるのです。
これを波動共鳴の法則といいます。

魔の波動、闇の波動を祓えるのは、愛と感謝の波動だけです。
愛と感謝の波動は、この世で最強の守護神となるものです。

愛と感謝の心に包まれた自分の心こそ、自分の神であり、守護神です。
心は捉え方、感じ方一つです。

今が幸せと感じている人は、これからも幸せな人です。
今が不幸せな人は、これからも幸せになれない人です。
今、不平不満ばかりの人は、これからも不平不満の人生です。

私達は、今、この瞬間、幸せを感じることで、自分の未来を幸せにすることができるのです。
物事に対する感じ方、捉え方によってすべては変わるのです。

失敗しても、その失敗を成功以上に活かせる人がいます。
そういう人には失敗という概念、言葉は存在しません。
表彰に値する失敗というものもあるのですよ。

事象に対する事の捉え方によって、すべてが変わるのです。
自分が変われば、周りが変わり、自分の未来が変わり、世界が変わるのです。

自分が変わるということは、物事の捉え方を変えるということです。
事の捉え方を変えるということは、性格を変えるということです。
性格は持って生まれた因縁なので、性格を変えることは容易ではありませんが、性格を変えることができれば、運命も、人生も確実に変わるのです。

直感は、大いなる宇宙からのメッセージです。
神様からのメッセージといってもよいでしょう。

宇宙と直結した古の聖人たちは、自由自在に宇宙のメッセージを受け取ることができました。
必要なときに必要な智慧、情報を受け取ることができました。
ですから宇宙と直結した聖人は、道を誤ることも、判断を誤ることもありません。

大いなる智慧とともに生きているからです。
直感というものは天啓であり、素晴らしいものです。
迷ったときは、直感を信じましょう。
直感こそ、真実の道です。

この地球の周囲には、アーカシックレコードという先人たちの智慧の宝庫が存在しています。
そこは無限の魂の漂う記憶庫です。
そこから必要な智慧や情報が直感となって降りてきます。
自分の精神レベルに応じた波動の智慧が降りてくるということです。

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# by toukokira-kira | 2017-10-15 22:53 | Trackback | Comments(0)

鏡の法則

今回は世界中で有名な「鏡の法則」について私見を交えて書き綴ります。
幸せも、苦しさも、喜怒哀楽も、何かを感じるのはすべて心の作用です。
神も魂も心も目には見えませんが、幸せを祈りつつ生きているのが人間です。
幸せや不幸せを感じるのも心です。
辛い苦しいと感じるのも自分の心です。

こうした自分の心のありようは、心の鏡となって、周りに投影され、顕現してきます。
これは波動共鳴の法則の一つの現れであり、作用・反作用の法則とカ「鏡の法則」と呼ばれています。

自分が辛く苦しい思いでいると、自分の苦しい波動が、周りに伝播して、周囲に同じ現象を引き寄せます。
人からの波動の伝播によって辛く苦しい想いをさせられるということです。
自分が苦しいのに、周囲の人も自分を苦しめます。

波動が同じ波動を呼ぶのです。
廻りは自分が投影する鏡です。
これを鏡の法則といいます。
作用・反作用の法則とも言います。
古流神道では「陰陽の法則」とも言います。

我慢して、嫌々相手に尽くすしても、そんな心でいくら頑張っても、鏡の法則により、相手は自分には優しくしてはくれません。
心が鏡のように反映されるからです。

心から嬉しく、楽しく、ワクワク、ドキドキしながら相手に尽くすと、相手からもやさしく愛されるようになります。
これも鏡の法則です。
心の有り様が鏡のように相手に反映されるのです。

ですから、自分の心が不遜極まりない人や、世の中や他者を小ばかにして、舐めきっている人は、どんなに頑張って努力しても、誰からも相手にされません。

心の有り様が悪いのです。
心が嬉しく、楽しく、幸せだなあ、と想うことを行動していくと、自分の世界がどんどんと変わっていきます。

自分という存在が好きになり、自分を尊いものと感じ、愛すべき存在と強く認識できると、人生が変わってきます。
自分という存在が絶対的に尊く好きになることを「天上天下唯我独尊」といいます。そう思えるようになると、人生が大きく変わるということです。

自分を愛する者は、他者からも愛される人となります。
自分が尊く大切な存在と思える人は、誰からも大切にされる人となります。
自分のことが大好きな人は、人からも好かれる人となります。
心から楽しいと想うことを始めると、楽しく、豊かな人生、素敵な出来事が引き寄せられてきます。
これも鏡の法則です。
心のあり方一つで、人生が変わるのです。

自分のことが嫌いで、許せないという人や、自己嫌悪、自己否定の人には幸せは巡ってきません。
人を闇の心で苦しめる否定的な波動が引き寄せられてくるばかりです。

愛を知らない者は、人から愛されることはありません。
世の中には、人生にいき詰まって、自分が嫌になり、自分のことを憎むような人が多く存在しています。
その心が反映するのです。
そういう人には決して幸せも、豊かさも、愛も訪れません。

人間という存在は、天上天下唯我独尊です。
自分という存在はこの世に二つとない尊い存在なのです。
そう想うことが大切です。自分をこよなく愛し、好きになることです。

自分を大切にし、尊び、自分を愛せる人は、誰からも愛され、尊重され、大切にされる人です。
そして、幸せも、愛も、豊かさも、よい人間関係も、引き寄せられてくる人です。

鏡の法則では、自分を大切にしないと、人も自分を大切にしてくれないのです。
自分を愛せないと、人も自分を愛してくれないのです。
自分を好きになり、自分を心から愛おしく想い、自分を大切と想い、自分という存在を尊重する生き方をすると、幸せも、金運も、愛情も、豊かさも一緒に巡ってくるのです。
これが鏡の法則です。

自分の心の有り様をかえていかないと、何も変わりません。
人生を豊かなものにするための瞑想方法を綴っておきます。

「私には、神の光である宇宙意識が内在している。宇宙意識である神の光とともにある自分には、無限の可能性があり、光輝く尊い存在である。」

「私は、自分の心と体を信頼している。自分が大好きで、自分のことを深く、愛おしく愛している。私は自分を信頼し、愛している」と瞑想します。

「自分の存在を意識し、自分の存在、本質のすべては臍下丹田にありと意識します。自らの崇高な存在、神とともにある魂を意識し、神と同じ波動につつまれている自分を意識します。自分の魂が大切な存在であることを意識します。」
自分自身への信頼と愛が強まります。
自分の心の奥底に、崇高な世界があって、そこは自分と神がともに暮らす世界です。自分と神が一体となっているイメージを描きます。

自分の存在の尊さを感じ、自身への信頼の心を強め、自分がたまらなく愛おしい存在であることのイメージを高めます。自己否定、自己嫌悪の心が消滅して、魂は上昇します。

今、自分が幸せと想うと、しあわせが引き寄せられてきます。不幸だと思えば、そのひとに幸せはやってきません。鏡の法則です。

自分が今、人生が楽しく、嬉しく、わくわくする人は、愛や豊かさ、富が引き寄せられてきます。鏡の法則です。そして、幸せがさらなる幸せを呼びます、富がさらなる富を呼びます。人が人を呼び寄せます。今が、充実した人生と感じている人は、豊かな恵まれた人生がさらに引き寄せられてきます。

不平不満で、不幸せと思っている不満分子の人には、幸せも、豊かさも、よい人間関係も訪れることはありません。願えば願うほどに、幸せは離れていきます。
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# by toukokira-kira | 2017-10-15 20:48 | Trackback | Comments(0)

現世は魂の修行場

昨今は、魂の諸法則、心の諸法則について、あれやこれやと、書き綴っています。
今日は、因果の法則、カルマの法則に照らし合わせ、感情と想念について考えてみましょう。

私達が強く想うこと、それが愛であれ、祈りであれ、呪いであれ、殺意であれ、念や想いの波動は相手に強力に作用します。
想いの波動によっては、調和へと作用したり、破壊へと動きます。
相手の顔や名をイメージしただけで、念は自動的に相手に向っていきます。
そして悪い念であれば、相手の心に突き刺さり、身体に影響を与えます。
悪い憎しみの波動や怒りの波動は、相手の身体を破壊する方向で作用します。

念という精神波動は、人間の肉体波動に大きな影響を与え、肉体を傷つけます。

私達の行動が伴わなくても、心の中で想っただけで、相手に影響を与え、その時点からカルマの法則が動きはじめます。
口には出さなくとも、心の中で想ったときから、命運律が動き出すということです。
「私たちが想いで他人の妻を見る者は、誰でも心の中で姦淫をしたのである」これはキリストの言葉です。

この言葉は、カルマが行為だけではなく、心の中で想った時点で発動していることを暗示しています。
言い換えると、人生を通じて、心の想いの総和がその人のカルマです。

カルマの法則とは、日々の想い、積み重ねた思念、そうした想いから行動した行いの結果です。
想いと行いから受け取る結果がカルマということです。

私達が行為を行う背景には、思考と感情、それから生まれる想念といった目に見えないエネルギーが働き、存在しています。
カルマの法則は、解り易く云えば、私達人間が輪廻を繰り返す間に、持ち越しているエネルギーの負債といえます。

波動エネルギーの負の財産がカルマです。
清算していかなければならないものです。
人間は、想いと感情があるからむずかしいのです。
想いや感情が人生を大きく揺るがし、運命を狂わせるからです。

想っただけでカルマの法則が作用するのですから、それを考えたら、人の魂が完成に至るまでには、一体どれほどの心の浄化が必要なのか、ということです。

ある程度の精神レベルに至った人間でも、物質的な欲望の穴にはまり、落ちていきます。
富、権力、地位、名誉、名声、好奇心といった物質的な欲望と執着の落とし穴に落ちるのです。

欲が強すぎると、何事も成就しません。
人間界の精神階層は第一段階から第五段階まであります。
迷いの世界である人間界の魂の階層のことです。
闇の世界、魔の世界から普通の人間界、上位の人間界までさまざまな階層に分かれています。

人間界では、上位階層にいる人でも、我欲などに囚われ、油断すると、すぐに第一階層の暗闇の世界に落ちていきます。
第一階層から第五階層まで、乱高下を繰り返すのが人間世界です。
立派に見える人でも油断すると、道を誤り、道を踏み外します。
それが人間界です。
誰もが例外なく不完全な魂であり、解消すべき多くのカルマを背負って生まれてきています。

欲に囚われたり、自分の見方に固執したり、物事に執着したりすると、すぐに最下層の真っ暗な世界へと、魂は落ちていきます。

迷える魂の世界が現世なのです。
心して生きなければ、どこまでも落ちていくのが、私達の人生です。
現世とは魂の修行場だからです。

カルマを清算して、魂を向上させるために、人生があります。

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# by toukokira-kira | 2017-10-15 14:07 | Trackback | Comments(0)

幸福の門

愛の心、感謝の心、許しの心、与える心、幸せの心、喜びの心などの善なる光の心のエネルギーは、他者に分け与えると、分け与えた分だけ増加するという驚くべき特性を持っています。
幸せや喜びを一人占めしてはなりません。
幸せを独り占めしていると、やがて幸福は逃げていきます。
今の幸せ、幸運を奪われないようにと、福運にしがみ付いていると、不運がやってきます。
自分さえよければよいというのでは、真の幸せは得られないのです。
与えて、分かち合うことが幸福の門につながる道です。
幸せや、幸運というものは、人に分け与えると、減るどころか、却って増加するのです。
他者に分け与えると、分け与えた分以上に幸福が増大するのです。
これが幸福の法則です。

世の人々は、そのことに気がついていないのです。
幸せを分け与えると、幸せが減ってしまって、無くなってしまうと思い込んでいるのです。与えると福運が逃げてしまうと思い込んでいるのです。

人に何かを分け与えると、減ってしまうと考えがちですが、プラスの感情を他者に与える人は、自分にもプラスのエネルギーが何倍にも入ってきて、豊かで幸せになります。幸せの好循環はこうして生まれます。

与えると与えられるのです。
何倍にも増幅されて還ってきます。
他者への気遣い、心配り、思いやりも善なるエネルギーです。
他者を思いやるエネルギーは、神の波動であり、自分の魂にも還ってきて、命運律を上昇させます。

他者への愛や慈愛のエネルギーは、神の波動として相手にも届きますが、自分の心をも豊かなものにします。
自分の利益や欲望のためのエゴ的なエネルギーは非常に小さなエネルギーでしかありません。
他者の幸せを願うエネルギーや、他者の健康を願うエネルギー、他者の喜びを願うエネルギーは、相手に届くばかりではなく、自分の魂をも豊かに上昇させます。

他者の幸せを願うこうした心の善成る波動は、細やかで繊細な高次の波動です。
自分自身にも恩恵を被る波動なのです。
自分の幸せばかりを願う心の波動は、粗い低次の波動です。
自分が、自分がという波動はマイナスの波動です。己が、己がという心で事をなしても、成就することは困難です。

自分中心の利己的な心は、何の恩恵もないどころか、清算すべきカルマがつきまといます。
自分の幸せを考えるほど、幸せは失われていきます。
相手の幸せを願えば、願うほど自分も幸せになっていきます。
自分本位ではなく相手本位の生き方が幸せにつながります。
人を勇気付けると、自分も元気になっていきます。
人に親切にすれば、自分も親切にしてもらえます。
自分がやって欲しいと思っていることを、他者にもしてあげるとよいのです。
全部プラスになって自分に還ってきます。
損して得をとれ、という言葉は正しいのです。
情けは人の為ならずなのです。
人に何も与えないのに、求めるものは人一倍という人が多いのです。
そして、不幸だ、不幸だと嘆くのです。あなたは大丈夫ですか。

さて、人と比べて感じる幸せは、不幸への道へ続きます。
比較して満足するしないは、不幸の始まりと肝に命ずべしです。
そして、「いつか幸せになる」は駄目です。
「今が最高に幸せだから、これからもづっと幸せ」でないと幸福の門は閉ざされます。

そして、使命観をもって事をなしたときは、心は最高の状態になります。
その人が、使命観をもって、この世でなすべきことを実行するとき、無上の喜びで魂は包まれ、幸せも、豊かさも、すべてが手に入ります。

世のため人の為になるような目的、使命観をもった生き方が本当は最高の生き方なのです。
一隅を照らす生き方が大切です。
自分自身の光で一隅を照らし、人に役立って、喜んでもらえる生き方を「一灯照隅」といいます。
志を立てて生きることです。
自分が、自分がという利己的な心で事をなしても、決して幸せにはなれません。
これは幸せの法則です。

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# by toukokira-kira | 2017-10-15 13:37 | Trackback | Comments(0)

ラポールの力

宇宙の法則である潜在意識の法則について、折に触れ、度々、解説をしてきました。
治療家が「大丈夫だよ」「心配いらないよ」「治るよ」という言霊をかけてあげると、その言葉を受け入れた患者は、潜在意識に伝達され、現実化していきます。
潜在意識に指令を受けた脳がその方向にフル回転していくからです。
「治るよ、大丈夫」という言葉を真に受け入れた患者の病気は、快方に向かっていくということです。
自己治癒力である治す力が作動するからです。
深い信頼関係、権威がないと、「大丈夫」と云っても、相手の意識がその言葉を受け入れません。そうなると、何も生じることはありません。
ラポール関係、信頼関係が治療では大事だということです。

言霊による治療効果を生むのは、言霊を与える者ではなく、むしろ、言霊を受ける側の意識が、言葉を受け入れているかどうかにかかっています。

「治るよ」「大丈夫だよ」と一言、患者に声を掛けただけで、頭痛が消えた、痛みが消えたという人は数多く、枚挙の暇はありません。

必ず治る、よくなるという思いを患者が本当にもつと、病気は治るのです。
疑念を少しももたず、信じると、言霊によって症状はなくなるのですよ。
相手の潜在意識に言葉が適切にインプットできれば、潜在意識は、その言葉の実現に向けて全力で動き出します。

潜在意識へのインプットはどのようにすればよいのでしょうか。
潜在意識へのインプットで一番障害になるのが、現在意識,顕在意識です。

通常は、表層意識が邪魔して、潜在意識にインプットできません。
通常の意識状態で、潜在意識にインプットできるのは幼児だけです。

言葉やイメージは、潜在意識に届くものですが、顕在意識が邪魔します。
顕在意識がまだ十分に発達していない幼児期に受けた言葉や体験、イメージは、潜在意識にインプットされ、今後の人生、運命を左右します。

三つ子の魂百までの譬えの通りです。
大人の場合には、夜床について、朦朧とした意識状態のときに、言霊やイメージを潜在意識に送り、これを繰り返します。
ウトウトした状態で、半眼の状態で、言霊、イメージを集中させ、繰り返すのです。
必死になって遣ると却って出来なくなります。
やろうと思えば思うほどできなくなります。のんびりと、ゆったりと、あせらずに、楽しんでやるのが秘訣です。

言霊とイメージに強い感情が結びつくと、潜在意識への効果が高まります。
潜在意識の法則は、集中繰り返しの法則であり、感動体験の法則でもあります。
強い感動体験のイメージとともに言霊を思い起こすと、より強く潜在意識に刻印されていきます。

この現実世界では、自分の思いが現実をつくります。
自分の思いとは、意識の99%を支配する「無意識の世界である潜在意識」のことです。

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# by toukokira-kira | 2017-10-15 09:57 | Trackback | Comments(0)

陰陽の法則

人間の魂の中心には真我があり、永遠の光を湛えて光輝いています。

四魂は真我を取り囲むように存在し、陰魂と陽魂から成っています。
陰魂とは陰の心のことであり、陽魂とは陽の心のことです。
陰陽の魂のことを、自我意識とか因縁波動とか、魂の記憶といいます。

陰の心には陰のシナリオが封入されており、陽の心には陽のシナリオが組み込まれています。
陰の心とは、陰の感情のことであり、闇のマイナスの感情を表します。
すなわち、怒りや憎しみ、恨み、復讐心などの闇の心、闇の感情が陰の心です。
陰のシナリオには、怨念と恐怖がテーマとなり、怒りを発動させます。

陽の心とは、陽の感情のことであり、執着と欲望がテーマとなり、金儲けや地位、名誉を摑もうとするシナリオが組み込まれています。

ですから陰陽のシナリオとは、執着、欲望と、怒りと恐怖の感情のことです。
すなわち陰とは苦しいことであり、陽とは楽しい欲望追求のことです。
そして陰と陽は、宇宙の法則により、交互にやってきます。
苦あれば楽あり、楽あれば苦ありです。あざなえる縄目のように禍福,苦楽は交互に訪れてくるということです。

この世界は波動世界です。
波動共鳴の法則が支配する世界です。
波動共鳴の法則の一つに、作用反作用の法則というものがあります。

陽を追求すると、同時に陰を引き寄せてしまう、というのが陰陽の法則です。
楽しいことを追求していると、苦しいこと、辛いことが、裏の世界で進行し、引き寄せられてくるということです。

陰陽の法則により、絶頂の最中に、奈落の底が口を開けて待ち受けているのです。逆もまた真なりです。
どん底の奈落の底に落ちていても、すぐ向こうには幸福の光が見えているということです。
絶望や失望の向こうには、喜びや楽しいことが待っているということです。
逆境を楽しむという剛の者も世の中にはおりますが、その者は、この理を理解しているのでしょう。
苦あれば楽あり、楽あれば苦ありです。
楽が強ければ、次に訪れる苦も強いものとなります。
得意絶頂だからといって喜んでばかりはいられないのです。
用心を忘れたり、油断していると、ある日、ストーンと真っ逆さまに奈落の底に墜ちていきます。

好きなことや、楽しいことを封印して慎むと、苦しいことや辛いことが中和されて、現実世界から消えていきます。
楽しいことを我慢したり、好きなことを捨て去ると、辛い苦しいこともその分消えてなくなります。これは宇宙の法則です。
我慢したり、辛抱したり、耐え忍ぶことは、限度を越えない限りは、自分の身を守る美徳なのですよ。
陰陽の法則を本当に理解したならば、浮かれることも、一喜一憂することもなくなるでしょう。
人生は、陰陽交互であり、苦楽交互なのです。
陰が強いと陽も強く顕れ、陽が強いと陰も強く顕れます。
このことを忘れてはなりません。

陽とは、欲望、執着の心ですから、貪欲になるといけません。
その反動も大きいということです。
地位や名誉、富、権力を摑もうと必死に努力するのが人間ですが、金を摑んだり、権力を握ったりすると、今度は反作用として、陰のシナリオ、陰の感情が爆発して、病気や怪我などの下降の運命を辿ることになります。

光強ければ、陰もまた濃いのです。
ですから人間というのは、中庸、ほどほどがよいのです。

人生の中で、脚光を集め、有名スターのように眩しい光を浴びすぎると、病気や怪我、災難に遭い易いということです。

幸福の絶頂期にある人は、謙虚に身を慎み、華美な行動を控えることが必須です。
ここのところがとっても大事ところです。

人気絶頂にあった小池百合子知事も、寛容な保守を標榜しながら、仲間を排除したり、選別したり、踏み絵を踏ませたりしました。
寛容とは、相手のことを何よりも慮る精神のはずなのですが、排除・選別を断行しました。
人気があることをいいことに奢り高ぶった所業と言わざる得ません。
謙虚さを失うと、吹いていた風が止まり、逆風が吹きはじめます。
陰陽の法則に当てはめてみると、結果はもう目に見えています。


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# by toukokira-kira | 2017-10-14 21:51 | Trackback | Comments(0)

真我とは内なる神

自分の心の奥底には、内なる無限の世界があります。
これを内なる神ともいい、真我ともいいます。
真我のことをアートマンとかハイヤーセルフとか直霊とか云っています。

これを根源の魂、根源の自分といい、本当の自分の姿がここにあります。
真我の光が本当の自分ということです。
真我の光は、愛と感謝、赦しと寛容の光です。
本当の自分、ありのままの自分とは、愛と感謝、寛容の精神に満ち溢れた姿の自分ということです。

修行の紆余曲折を経て、ついには本当の自分に巡り会えて、悟りを得て、カルマを消滅させていく道が、魂の修行の道です。

瞑想により、真我の自分と信頼の絆でつながっていると意識できると、異次元の存在が動き出し、神の波動が放射され、カルマが浄化されていきます。

真我をイメージして、その真我が強く大きく光輝くことをイメージし、その真我と自分が深い絆でつながっていることを瞑想するとよいのです。

それができると、内なる神が動き出し、カルマが浄化され、人生、運命が好転していくのです。
真我と信頼の絆で結ばれていると思うだけで、内なる神が活性化してきます。

これは心の法則の根本を示す魂の法則です。
自分の中の尊い存在である真我をイメージできない者には、内なる神は扉を閉ざしたままということです。

こうした真我の瞑想では、魂への信頼、神への信頼、師への信頼ということが大事であり、それが信頼の基本法則になります。
真我を意識することで、自分の内なる神が動きだします。





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# by toukokira-kira | 2017-10-14 21:14 | Trackback | Comments(0)

真我とは内なる神

自分の心の奥底には、内なる無限の世界があります。
これを内なる神ともいい、真我ともいいます。
真我のことをアートマンとかハイヤーセルフとか直霊とか云っています。

これを根源の魂、根源の自分といい、本当の自分の姿がここにあります。
真我の光が本当の自分ということです。
真我の光は、愛と感謝、赦しと寛容の光です。
本当の自分、ありのままの自分とは、愛と感謝、寛容の精神に満ち溢れた姿の自分ということです。

修行の紆余曲折を経て、ついには本当の自分に巡り会えて、悟りを得て、カルマを消滅させていく道が、魂の修行の道です。

瞑想により、真我の自分と信頼の絆でつながっていると意識できると、異次元の存在が動き出し、神の波動が放射され、カルマが浄化されていきます。

真我をイメージして、その真我が強く大きく光輝くことをイメージし、その真我と自分が深い絆でつながっていることを瞑想するとよいのです。

それができると、内なる神が動き出し、カルマが浄化され、人生、運命が好転していくのです。
真我と信頼の絆で結ばれていると思うだけで、内なる神が活性化してきます。

これは心の法則の根本を示す魂の法則です。
自分の中の尊い存在である真我をイメージできない者には、内なる神は扉を閉ざしたままということです。

こうした真我の瞑想では、魂への信頼、神への信頼、師への信頼ということが大事であり、それが信頼の基本法則になります。
真我を意識することで、自分の内なる神が動きだします。





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# by toukokira-kira | 2017-10-14 21:14 | Trackback | Comments(0)

合掌の心

世の中には神仏に厚い信仰を置いている人物も多い。
会社や自宅にまで神社の社のようなものを安置して、朝晩に灯明を点して合掌礼拝するという人もいるのである。
神様や仏様に手を合わせる人は、なぜかとんとん拍子に出世や成功を収める人でもある。
著名な経済人や政治家には毎日神様に手を合わせる人が多いのも事実です。
徳川家康などの戦国武将も信仰心の厚い人々でした。
なぜ神仏に手を合わせると出世するのでしょうか。
それは、宇宙の法則である波動の法則に則っているからです。
信じる心というのは第一の心であり、尊敬し奉る心というのは成功を導く心だからです。
どんな神仏であれ、「鰯の頭にも信心」なのです。
信じる心というのは、神を畏れる心であり、神に恥じない言動につながる心です。
さらに合掌の心というのは、尊敬して奉る心と、感謝の心とが結晶化したものです。
何かを信仰して、毎日朝晩、感謝の念をこめて手を合わせるその心が、出世と成功の波動を引き寄せているのです。
無神論者ではこういう心の好循環は生じないのです。
感謝と尊敬の心が結晶化したものが合掌の心です。
この毎日の「合掌の心」というものが、出世や成功を引き寄せるということです。
神仏に手を合わせる習慣のない者や、手を合わせたことのない者には、合掌の心は生まれようもなく、心の好循環とは無縁の者となります。










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# by toukokira-kira | 2017-10-14 10:48 | Trackback | Comments(0)

第一の心は信なり

信頼の法則のことをラポールの法則とも言います。
ラポール関係を築くことによって無限の力が我がものとなります。
以前に、魂を信頼し、真我を信頼し、神を信頼し、師を信頼し、家族を信頼することが大切といいました。
信頼の心を深めることで、人との絆は確かなものになっていきます。
とくに神様だけは、信頼+尊敬の気持ちが大切です。
尊敬の気持ちをもつと、無条件に神様とつながります。
尊敬の気持ちをもった人間関係は、神様とつながった人間関係でもあります。

我が流儀では、神様とご先祖を信頼することが最も大切なことと教えています。
この世の中では、信頼があって、すべての物事が進んでいきます。
すべてのことが信頼があってこそ、前に進んでいくということです。
そこに疑いがあったり、疑念があったり、大丈夫かとなったら一歩も前に進めません。
全幅の信頼を置いてこそ、共に歩めるのです。
「信なくば立たず」が世の鉄則です。
そして見えない世界には神様がおられます。
この世のすべてを動かしているのは神様です。神様とつながり、信じ、信頼を深めて絆を結ぶと、人生が前に進んでいきます。

信頼の心が、あなたの人生を前に進めてくれる原動力となります。
神を信頼し、自分を信頼し、他者を信頼する心から、多くの奇跡が生まれているのです。

心の使い方によって、神ともつながり、奇跡のような現象も少なからず起きるのです。
欲しい、欲しいという願うばかりの心の回路では、求めても、願っても、希望が遠く離れていく一方です。
欲しいという心から、与える心、捧げる心に回路変更すると、願わなくとも、希望が与えられるようになるのです。
心の回路変更はとても大事です。お忘れなく。

与えれば与えられる法則の究極は、捧げる心の実践です。
他者に捧げた分は、何倍にもなって自分に還ってきます。
与えて、与えて,捧げつくすのがよいのです。
それが人に役立とうとする心の実践です。
自分の最も大切なものを惜しみなく手放す修行により、執着というカルマが消え、魂の曇りが晴れ渡ってきます。

自分の一番大切なもの、それは命です。命を捨てて、命を惜しみなく手放す覚悟で、人の役に立とうとする時、重い罪を背負った魂のカルマは、一瞬で消滅します。
まさに死中活あり、です。
死んだつもりで事を為せば、出来ないことなどないということです。
命を差し出さなくとも、人のために大切なものを手放すと、魂は確実に晴れ渡ってきます。
そして信頼される人となります。これは魂の法則です。

何事も心次第であり、信頼の心こそが、神とつながる架け橋となるものです。


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# by toukokira-kira | 2017-10-13 22:42 | Trackback | Comments(0)

人間の心と体は一つです。
心である体と、体である心です。
ですから心が傷つくと、体も傷ついて病気になります。
心が身体に大きく影響を与えます。
心の有り様如何によって、健康になったり、病気になったり、難病になったりします。

私達の元気健康を左右するのは、心の有り様、生き方しだいです。

私達が「ありがとう」というと、それだけで身体はプラスに反応します。
自律神経が活性化して、血流も血圧も、内臓も元気になって調和します。

「ごめんね」「ゆるしてね」「感謝します」と云っても、身体は同じ反応を示します。
プラスに反応すると、自律神経ばかりではなく、免疫機能も高くなり、内分泌機能も活性化します。
だから本当は、一日中、「ありがとう」「ありがとう」と唱えていればよいのです。
プラスの言葉、プラスの心と感情で、毎日を過ごすと、長い人生の中で、身体に与える影響は天と地の差となるということです。

ところが、「ばか」とか「アホ」とか「ノータリン」とか、「ちくしょう、ゆるさない」とか、「このやろう、今に見ておれ」というマイナスの言葉を発するだけで、身体はマイナスの方向に反応します。
血圧も、血流も乱れ、内臓も一瞬で不調和となります。
米国ではティラーソン国務長官がトランプ大統領を「アホ、ばか、まぬけ、のーたりん」呼ばわりして大バトルになりつつあります。

そういうナガティブな言葉を繰る出すだけで、ストレスホルモンが脳内に分泌され、免疫力が低下し、病気のもとを作りだします。

人間の心は不思議なもので、「幸せ」と感じるだけで、身体のすべてが調和します。
逆に、「不幸せ」と感じると、身体のすべてが不調和となります。

すべてに満足し、感謝すると、身体は最高の状態となりますが、不平不満、愚痴、悪口をいって過ごすと、身体は絶不調となります。
性格が悪いと運命も身体も悪くなるばかりです。
人のために奉仕し、尽し、尽力したり、喜びを与えたりすると、身体は大調和に向かいますが、逆に,怒ったり、憎んだり、妬んだり、恨んだりすると、身体は破壊される方向にもっていかれます。

思いやりのある優しい心と感謝の心で過ごしいると、身体はよい方向に向かいますが、苦しみや悲しみ、寂しさに翻弄されると、身体機能は壊れ、免疫も著しく低下し、あらゆる病気が待ち受けるようになります。
元気になりたい人は、他者への奉仕活動や支援活動に取り組んでみるとよいでしょう。心がすっきりして気持ちよくなります。

心のもちよう、心の有り様によって、健康面ばかりではなく、私達の運命、人生が大きく左右されるということです。

マイナスの感情を全部溜め込んで、飽和状態となり、限界を越えると、病気が発生するということです。

これが、私の言うところの、心が曇った状態ということです。
この心に堆積しているマイナスの感情の塊を払拭して、クリアーにしていかないと、病気は治らないということです。

大きなストレスやトラウマに蝕まれると、数年後には、癌や難病、大病が発症し、苦しむことになります。

人間の人生も、運命も、健康も、すべては心しだいです。

すべては心しだいなのですが、心は、自分の心であっても、自分の思い通りにはいかない存在のものです。常日頃の修行が欠かせません。

最近は、保育所が住宅地に建てられています。子供の歓声がうるさいと苦情を言う人が多いと聞きます。
子供の声を、うるさいと捉えるか、かわいいと捉えるかは、その人の生き方そのものです。

可愛い、愛らしいと捉える方は、そういう生き方をしてきた人であり、元気健康な生き方です。
うるさいと捉えた方は、そういう生き方をしてきた方であり、病気のデパートのような方であると推測できます。

心が何をどう捉えるのか、どう認識し、どう考えるのか、ということは、結局は人間性の現れであり、そのことが、私達の健康、命運、人生を左右しています。
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# by toukokira-kira | 2017-10-13 21:58 | Trackback | Comments(0)

左手の法則

左手指には、五体のすべての情報が詰まっています。
手足から首、肩、腰、顎関節、五臓六腑までの全身の治療点があります。
左手のある部分を押さえると、肝臓周辺の腫れなども、一瞬で柔らかくなります。
左手を細かく診断していくと、身体の悪い所が判ってきます。
耳の周辺や耳横一帯にも万能の治療点であるイプシロン点が密集してあります。
頭蓋骨は23枚の骨で組み上がっていますが、頭蓋骨の歪みや痛みを丹念に取っていくと、全身の痛みや愁訴が消滅していきます。
左手には左手の法則が、右手には右手の法則があります。
これらを実際の治療に応用するには、イメージを転写する能力が必要になります。

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# by toukokira-kira | 2017-10-13 21:36 | Trackback | Comments(0)

感情が運命をつくる

昨今は、わが流儀の秘奥義である宇宙の法則についての諸法則を一般公開しています。
これまで非公開扱いの記事を相当数多く公開しています。
私は古流神道の修行者ですが、陰陽道の修法者でもあります。
そして、私は、私を守護してくださる神とともにあります。ありがたいことです。天之御中主大神様と、天照主大日大神様の御光に包まれて過ごしています。

ありがたき神の光、ありがたき神の愛の力です。
神憩う世をば祈りつつ、修行を続けています。

人間の心は、二辺往来です。
人間の人生もまた二辺往来なのです。
二辺往来とは何でしょうか。
「有為と無為の二辺往来」という意味です。
無為は光の法則とともにあり、有為は闇の法則とともにあります。
この有為と無為の二辺往来について各自、自問自答してみてください。

人の心は、光の心と、闇の心がかわるがわる往来するということです。
人の人生でも、光の道と闇の道が交じり合って、交互に往来するのです。

そして、人は、光の感情と闇の感情が交互に訪れ、喜怒哀楽の人生を送るのです。
感情とは、やっかいな存在です。
人間の運命を左右するのは感情だからです。
「感情」が人間の運命を決定しているといっても過言ではありません。

そこで、気をつけなければならないことがあります。
人間には、感謝や許し、愛の心である光の感情があるのですが、この世界では闇の感情が優先的に強く発揮されることになるからです。
私達の感情は、迷いの世界の波動に同調しているということです。
そして、闇の感情は、運命下降の道につながります。
闇の道であり、魔の道です。
怒りや憎悪、怨念、復讐心、哀しみや苦しみの心は、代表的な闇の心ですが、こうした感情の発露は、闇の心の悪循環を起して、運命を限りなく落とします。

必ず、人生の道を誤り、踏み外します。
心の法則というものを知らないと、人生を台無しにしてしまうのです。
ですからそうならないように、神より天啓として与えられた魂の法則や心の法則について、このブログではできる限り詳しく綴りましたので、参考にして頂ければ幸いです。
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# by toukokira-kira | 2017-10-13 21:17 | Trackback | Comments(0)

★★★幽冥観とは

幽冥観とは、死生観のことです。
死後の世界をどう捉えるかという思想、哲学のことです。
仏教は心の教えですから、仏陀の教えにはあの世の概念も霊魂の概念もありません。
ですから、仏教には死生観がありません。
死生観は本来、古流神道の専門分野です。
死生観には、霊魂の存在とゆくえ、永遠性についてが含まれています。
宗教観によってその世界観は如実に異なっています。

死生観は、世界中の思想家や哲学者の問題であると同時に、世界中の宗教家の問題でもあります。
日本には、何千、何万という宗教法人があり、仏教系の宗教団体も多数ありますが、死生観は、宗教団体によって全部違っています。

日本の宗教団体は8万社に上りますが、宗教団体の数だけ死生観があるということです。
信仰の自由、宗教の自由とはいえ、何千、何万という死生観があるのですよ。
何がなんだか解りませんね。

死後の世界を否定する教義をもつ宗教団体や、霊魂の存在を否定する宗教団体もあります。
基本的には、仏教の各宗祖は、霊魂の存在やあの世の存在を認めておりません。
それなのに、一番迷信深いのが現代仏教です。大きく変容しています。
死者や霊魂に縁のない仏教の僧侶が葬式で経文を唱えます。
何か変ですね。
死後の世界に仏教はかかわらないはずなのに、日本では葬式仏教になっています。
死者の冥福や成仏を祈るために経文があるのではありません。
仏教の経典というのは、現世を生きる人間のための心の教えです。
葬式や法要とは無縁のものがお経です。
それなのに葬式でお経を朗々と読み上げています。
仏教の経典というのは、死者のためのものではなく、この世で生きている人のためにあるということをお忘れなく。

そして、誇大妄想的に死後の世界や霊魂観を主張する宗教団体もあります。
何万という宗教法人があり、百花繚乱です。そしてそれぞれが狂信的に自分の宗教世界を信じています。

何が正しくて、何が正しくないか、分けのわからない世界になっています。

世の中はもっとシンプルにできています。
神は、唯一ただ一人であり、宇宙の中心に存在しています。
宇宙根源の至高の神はお一人ということです。
宇宙神が宇宙の法則として示している死生観、霊魂観は、さらにシンプルです。

宇宙の法則では、波動の法則と、原因・結果の法則、潜在意識の法則があるだけです。
波動の法則は、無限の変化の法則であり、森羅万象の法則です。

生々流転する万物の法則が波動の法則です。
波動の法則を一言では言い表せませんが、これを理解することが、死生観の道ににいたる王道です。

波動の法則には、共鳴の法則、作用・反作用の法則、親和の法則、調和の法則、想念の法則、生命の法則、霊魂の法則、幽界・霊界の法則、神界の法則などがありますが、愛の法則、感謝の法則、寛容の法則、調和の法則、幸せの法則などで成り立つ、心の法則も波動の法則の一つです。

潜在意識の法則や、無限の可能性の法則、因果の法則、因縁の法則、カルマの法則も、広い意味では、波動の法則に入ります。

波動の法則を極めることが、幽冥観を極めることになります。波動の法則は、神の法則であり、奥が深いのですよ。宇宙に存在するすべての万法が波動の法則に基づいています。真実でないことに目を向けてはなりません。

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# by toukokira-kira | 2017-10-12 23:17 | Trackback | Comments(0)

言霊の秘密

物のすべてが波動エネルギーです。
すべては波動に包まれ、波動で動き、反応します。
無心で与える心の波動が、波動の法則により同じ波動を自分に引き寄せます。
無心で与えることが、結局、同じものを自分が受け取ることにつながるのです。
人間の心は、波動エナルギーです。
心の中で相手を想うと、想いの波動エネルギーは一瞬で相手に向かいます。
相手の無意識の世界である潜在意識はそれを敏感にキャッチします。
直接言わなくても、心で想うだけで、実は相手の潜在意識は了知するのです。
ですから、心の中でアホ、ばか、まぬけと想っていると、口に出さなくても人間関係は悪くなります。
心の中で常日頃、感謝、ありがとう、と想っていると、口に出さなくとも、相手とのよい人間関係が築けます。

人生では、禍福、善悪、苦楽は、交互に縄目のように現れてきます。
順境と逆境が交互にやってきます。
嫌なこと、悪しきことがあったなら、すぐに笑顔でありがとうと言いましょう。ありがとうは、魔法の言葉です。

ありがとうというと、悪い波動が中和されていきます。
よい事があったなら、すぐに笑顔で感謝します、自分に言いましょう。
良い波動が増幅されて、調和し、さらに良い波動を引き寄せてくれます。

自分が他者に何か迷惑をかけたと思ったら、すぐに心を込めて、ごめんなさい、赦してください、と言いましょう。
悪い波動が調和して、消滅します
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# by toukokira-kira | 2017-10-12 10:41 | Trackback | Comments(0)

正反の法則

正反の法則のことを作用・反作用の法則とも言います。
儒教の教えではこれを「禍福はあざなえる縄目の如し」と云います。
何度も書いてきましたが、人生の禍福は、まさに糾える縄の如しです。
良い事と悪い事が縄目のように交互にやってくるという先人の教えです。

良いことも長くは続かないかわりに、悪い事も長くは続かない、という教えです。
絶頂の最中に、ストーンと奈落の底に堕ちていくという戒めでもあります。
絶望、失望の中にも光明の一条の光が見え隠れしているという励ましです。

善い事が続いたら、正反の法則がありますから、今度は悪い事が続くと思って、用心が必要です。
善い事の分量と同じ分量で、悪い事が生じてくるのが、人生の法則です。
これを作用・反作用の法則と云います。
光が強ければ、そのつくる陰も濃いものとなります。
善い事ばかり続くほど人生は甘くはありません。
悪い事が続いたら、今度は、同じ分量でよい事が続きます。
これが人生を支配している正反の法則、作用・反作用の法則です。

古人はこれをもって、禍福は糾える縄の如しといいました。
辛い、苦しい分だけ、同じ分量で善い事も起きてくるのです。
辛ければ辛いほど、苦しければ苦しいほど、喜びや幸せも大きいのですよ。
苦あれば楽あり、楽あれば苦ありです。

苦難も、困難も、試練も、あらんかぎりの力で、耐え忍び、そして前進し、乗り越えていくことに、人生の醍醐味があるですよ。
苦難や試練が大きければ大きいほど、それを乗り越えた時の喜びも大きいのです。
幾多の苦難を乗り越えていく時、人間の心は心界上昇して不動心を獲得します。
魂の最高の境地を不動心と云うのですよ。
この不動心を得るために、魂は輪廻転生し、現世で修行するのです。





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# by toukokira-kira | 2017-10-11 21:14 | Trackback | Comments(0)

陰陽の法則

陰陽の法則は釣り合いの法則とも云います。
世の事物には、釣り合いの理が必ず存在しています。
極端な得意絶頂の時には、その後に必ず失意絶望の時が来ます。
世の理は、まさに奢れる平氏久しからずやです。盛者必衰の理とも言います。
絶頂の最中に、奈落の底が口をぱっくりと開けて待ち構えているのです。
逆に、失望、逆境の最中にあっても、暗闇の向こうには希望の光が点りつつあるのです。

人間は、絶頂の極みにある時や平安な時こそ、油断禁物で用心を怠ってはならないのです。
絶頂の最中に、有頂天になり、油断して、驕り高ぶっていると、ストーンと落とし穴に落ちていきます。
奢れるもの久しからず、栄枯盛衰の理とはよく言ったものです。

極端な失意や苦難、逆境の後には、歯を食いしばって頑張っていると、やがて必ず喜びの時がやってきます。希望の光が点してくるということです。
奈落の底に落ちたときでも、心配はいりません。
努力を続けていると、その後には、希望に満ちた平安な時が待っています。
人生の禍福、吉凶は糾える縄のごとく交互にやってきます。

禍福が交互に、縄目のように織り成して現れます。
良い事も長くは続きませんが、悪いことも長くはつづきません。
これは宇宙の法則ですから、辛抱、我慢、努力が大切です。

陽気が続くと、陰気がやってきます。
喜びのあとには、悲しみがやってきます。
苦しみのあとには、楽しみがやってきます。
楽しみのあとには、苦しみがやってきます。
世の事物には釣り合いの法則が働いて、禍福、善悪、苦楽が交互に縄目のようにやってきます。

絶頂だからといって、浮ついていられないのです。
全盛期こそ最も用心すべき時なのです。
喜怒哀楽の人生ですが、一喜一憂する必要はないのです。
よい時にも、悪い時にも、失意泰然、得意平然であり、死中活ありです。

寒さ暑さは天地の呼吸ですが、苦楽、禍福は人生の呼吸です。
一喜一憂するには当らないのです。

苦しみの中にも、楽しみを見出す工夫が大切です。
人生はあせらず、ゆったりとです。
急がば回れです。
急がないことは早く片付け、急ぎの用は、ゆっくりやるのがよいのです。
これは人生の秘訣です。

自分が感動しなければ、他を感動させることができないように、まずは、自分を処することが大切です。
人生の中では、順境のあとに逆境が、逆境のあとに順境が交互に訪れてきます。順境も逆境も心の持ち方一つです。

逆境の人は、失望しないで、順境の時のように心を安らかに対処し、順境の人は、逆境の時を忘れず、油断してはなりません。

今綴ってきたことは、全部が波動の法則、交換の法則です。
作用、反作用の法則、釣り合いの法則ともいいます。
この法則に従うと、幸せを求める方法は、人に恵むこと、人に施すことにあります。

与えれば、与えられるのです。
敬すれば尊敬されるのです。
赦せば、赦してもらえるのです。
そうした意味で、人への情けは自分の為であり、人の為ならず、なのです。

出世競争に目がくらみ、必死でしょうが、争い焦る心を忘れて、ただ職務に専念すると、たちまち昇進するのですよ。
人を貶めたり、蹴落としたりしても、よい結果は得られません。
組織社会にあっては、老子がよい言葉を残してくれています。
「最上の者は、下の者からただその名を知られる者なり。
その次は、親しまれ、讃えられている者、その次は、畏れられている者、その次が、侮られる者である。」と述べています。

この意味を自分なりに考えてみてください。
足るを知れば、辱められず、止まるを知れば危うからずです。侮られない生き方です。

虚心坦懐にして、我見がなければ、他人を受け入れることができます。
組織社会では大切な心構えです。
我欲、我執、我見に囚われて、引き摺られて生きているのが人間です。
これらは、争いと衝突、対立のもとになり、身を滅ぼすもとになります。

少しでも驕り高ぶる気持ちがあれば、天地の道理が損なわれるのですよ。
地位、名誉、栄光を求める心は、天地の道理と調和しない心です。

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# by toukokira-kira | 2017-10-11 12:51 | Trackback | Comments(0)

真空の法則のことをサレンダーの法則といい、心を空っぽにする法則のことです。
意外と知られていないのですが、願望実現のためには不可欠な法則です。
願望実現の方法というと、安易、安直な響きを感じます。
努力もしないで、困った時にだけ神仏に頼って、祈願して現世御利益を戴くというイメージです。
残念ながら、こういう人は、願望実現しない人です。

困った時の神頼みでは、願い事は叶いません。
神仏にいくら祈っても、願っても、願い事は叶いません。

私の推奨する方法は、神仏に祈願するのではなく、心の法則に基づいて、イメージ法を行うことです。
宗教のような妖しい迷信ではありません。

その方法とは、こうです。「私は、○○年に○○を達成している」と紙に書いて、声に出して読むのです。繰り返し、繰り返し読むのです。
そして願望を実現した喜びをイメージして、感謝してその喜びに浸るのです。

リアルにワクワクと感じるのです。
ここで大切なのは、ワクワクドキドキ感です。
そして、すでに達成して、完了している気分に浸ることです。
その上で心から感謝するのです。
そうしたイメージを楽しみながら、幸せな気分で、感謝しながらイメージを繰り返すのです。
リアルなイメージの繰り返しこそが成功への偉大な秘密です。
イメージと繰り返しの法則が大切です。
そうした意味ではイメージの力がすべてです。
「人生の中で、これから引き寄せるものの予告リスト」になるのが、イメージです。
人生はイメージしだいなのです。
これは物理学者アインシュタインの言葉です。
私もそう想います。

自分の心の中で、イメージしているすべてが、自分の運命を形づくっているのです。
感謝の心とともに、ワクワクドキドキ感をもって、鮮やかにイメージを繰り返すだけで、自分の未来をつくりだすことが出来るのです。
これは人生の秘密です。

幼子のように純真で無邪気に、疑うことなく、感謝の心をもって、楽しくイメージするだけでよいのです。

その時に大事なことは、天に、神に、宇宙に100%信じて任せることです。

心を空っぽにして、心を宇宙に明け渡すことです。
そして、叶わないという想いを心から消すことです。
ネガティブな想いを消せれば、思いは現実化します。

もう一つ気をつけなければならないことは、強く、強く願う場合です。
強く、情熱をもって願うことはよいのですが、強すぎる想いというものは、えてして、実は根底に叶わないという否定的な想いが隠れている場合が多いのです。

否定的な想いがあると、叶いません。
天に100%預けて、感謝の心とワクドキ感でイメージして、楽しむというスタンスが大切です。

大いなる存在にすべてを預ける、お任せすることによって成り立つのが、引き寄せの法則です。

もう一つ大事なことがあります。
あるがままの自分を知って、認識することです。
あるがままの自分を認識するとは、自分探しのことです。
難しくて時間がかかるかも知れません。
自分というものが判ったら、あるがままの自分を絶対的に信頼することです。
そして受け入れることです。

人生で大切なことは、変えられるものは変え、どうしても変えられないものは、それをありのままに受け入れるということです。

そして、自分の存在を、この世に二つとない尊い命であると想いを深め、愛おしく認識することである。

そうした尊い命が、今、ここに、こうしてあることに心を込めて感謝するのです。大いなる宇宙が動いて、引き寄せの法則が動きだします。

何度も言いますが、大いなる存在にすべてを預ける、お任せすることによって成り立つのが引き寄せの法則です。

これを信頼の法則といいます。
疑いの心では、宇宙は動きません。
願望の大半には、不安や恐れ、疑いの心が張り付いています。
ネガティブな想いがあると、回路が詰まって、願望が宇宙に届きません。届かないので、いつまでも願いが叶いません。

願望を実現するためには、疑いの心や怖れを手放すことです。
そして、大いなる存在である神を絶対的に信頼することです。

信頼こそが、宇宙との回路を開くものだからです。

誰か他者の願いを叶える、与える、施すという慈愛の行為によっても、自分の願いが具現化していくという構造で宇宙は成り立っています。
ですから、人のために尽さない人には、運は開けません。

愛とは一体何なのでしょうか。
あらゆる心の壁を取り払った時に生まれる心の波動を愛といいます。
この愛の波動で事を為して、交流すると、必要なものが与えられるという法則もあります。
愛、感謝、信頼の心ほど高次な波動はありません。

心を空っぽにして、宇宙に心を委ね、明け渡すことをサレンダーと言います。
宇宙とは神のことです。何事も神に心を委ねることが大切です。


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# by toukokira-kira | 2017-10-10 10:22 | Trackback | Comments(0)

★★感謝の力

幸せ、不幸せは自分の心が決めることです。
そんなことは十分に知っているのですが、ただ忘れているだけなのです。
幸不幸は自分の心しだいということです。
今の自分を幸せと感じるか、感じないかは、心の捉え方一つです。

世の中には成功者がたくさんいますが、成功者には共通することがあります。
心が幸せを感じているということです。
今が幸せでないと、成功はありません。
今が幸せか、幸せでないか、が成功のカギです。
もう一つは、がむしゃらに頑張っても、人を蹴落としてでも成功をつかもうとしても、成功者には絶対になれないということです。
ただ努力しても成功できないのです。
成功に導くためのキーワードは「努力」ではなくて「感謝の力」です。
感謝の心とともに努力精進しないと、成功者にはなれません。

そして、内面の幸せが、幸せの波動を引き寄せ、成功の糧となります。
自分の望む幸せを想い描いて、しっかりと意識をそれに向けると、幸せが与えられるということです。

自分の欲しいもの、望むものを想い浮かべて、意識をそれに向けると、望むものが与えられます。勿論、感謝して努力することが大前提です。

愛、感謝、喜び、ワクワク、幸せの心で満ち足りていると、あらゆるものが引き寄せられてきます。
何もしなくても、向こうのほうから幸せなことがやってきます。

これが引き寄せの法則です。
自分の心と思いが自分の人生を創造しているのです。
望むものをイメージしても、なかなか思うような結果がでなかったり、上手くいかなかったりすることもありますが、そのことに不満を言ったり、上手くいかなかったことに焦点をあてないでください。

あくまでも望むものに焦点を当て続けてください。
あとは、自分でできる努力を尽くしながら、宇宙を信じて待つだけです。
宇宙は、自分の心に反応して、それを現実化してくれます。感謝の心をくれぐれも忘れないでね。

人は自分の運命のデザイナーです。
感謝することで、自分の人生をより豊かなものにできるのです。
感謝の波動には不思議な力が秘められています。

人間関係で悩んでいる人が多いのですが、人間関係を良くするには、感謝の心を持つことです。
具体的には、その人の欠点ではなく、その人の感謝できる点に焦点を合わせる必要があります。

感謝の波動が、よき物事と人間関係を引き寄せてくれます。
何が起ころうとも、心配事にではなく、目標や夢に焦点を合わせていれば、間違いなく夢は現実のものになります。

何があろうと、挫けない、負けないと口に出して言うと、夢の実現が確かな意志をもって、加速させることができます。

自分の身に起こるすべてのことは、この世でやるべきことの一つ一つをを教えてくれています。
すべて意味のあることです。
勝つ人、成功する人は、絶対に諦めない人です。
最後までへこたれないでやり抜く人です。
負けない人です、挫けない人です。
心変わりのない人です。
中途半端で投げ出さない人です。
運命を分かつものは心の有り様です。お忘れなく。

心とは、思考と感情のことです。
思考と感情が運命を分かちます。
思考に情熱という感情を込めると、願望実現が近くなります。
情熱というパッションの熱は加速力を与えます。
秘密にすればするほど物質化が早まります。
どんな現実も想い、心、意識の結果です。

望みを実現してくれる手助けは、周りの人々や、自然界からも来ます。
愛、感謝の心は、引き寄せの法則そのものですが、イメージする力は、その法則を成功させる根源の力です。

根源の宇宙力が働くためには、自分の心をコントロールすることです。
心を十分にコントロールして、心の中心に、神の波動が入って、回転できるように、準備しておけば、すべてが現実になります。

自分の心でイメージしているすべてが、自分の運命を決定づけています。そして、自分の心で放ったものが、そのまま自分に還ってくるのです。

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# by toukokira-kira | 2017-10-09 22:10 | Trackback | Comments(0)

★以心伝心

この世界を支配しているのは宇宙の力である。
宇宙の力とは、森羅万象の無限の力のことである。
これを古流神道では宇宙の法則ともいいます。
宇宙の法則は、波動共鳴の法則とか、エネルギーの法則とか、原因・結果の法則とか、潜在意識の法則といわれているものです。

無限の力をもった宇宙の力とはどんな力なのでしょうか。
古今の科学者も、物理学者も、みんな、目には見えない不思議な力の存在を確信していました。
誰もが物理学の法則を越えて存在する世界があることを認識していました。
科学だけでは到底理解できない現象がこの世界には沢山存在することを知っていたのです。
それを古代人は神と呼んでいました。
無限の力をもった宇宙の力のことを古代人は神と呼んでいたのです。

アインシュタインは、キリスト教的な神の存在は否定していましたが、宇宙にはもっと深遠な凄いことが存在すると言っていました。
神と呼ぶか、なんと呼ぶかは別にして、大宇宙の見えない力を確信していました。

宗教の神は、人間が想像でつくった神です。
宗教に都合のよいように作られている神ですから、一貫性のない神です。
人を裁いたり、罪を与えたり、罰したり、人を不幸にしたり、人に苦しみと災いを与えて喜んでいるのが宗教の神です。

信じる者は救うが、信じないものは地獄に落とすと言う神が宗教の神です。
ご都合主義の一貫性のない神様です。
本当の神様はそんなことはいたしません。

宇宙の中心、宇宙の根源にいる神は、人を裁かないし、罰も与えませんし、選り好みもしません。
みんな平等です。
波動の法則、エネルギーの法則だけが太く貫かれています。

宇宙の神は、何も命令しないし、何も要求しません。
ああすれ、こうすれとも言いません。
ただ因果の法則に基づいた波動共鳴の法則が厳然と存在し、人間と魂の世界を支配しているだけなのです。

波動の法則は、エネルギーの法則を含んでいます。
この世界は、何度も言っていますが、波動世界です。
宇宙のはてから地球上のすべてのものが、波動エネルギーで構成されています。

波動世界の憲法は、波動共鳴の法則です。
友は友を呼ぶ法則とも、類は類を呼ぶ法則とも呼ばれています。
作用・反作用の法則とも、鏡の法則とも呼ばれているのが波動共鳴の法則です。
波動が波動を招きよせる世界です。
地球上の70億人の人類の波動が森羅万象のごとく無限の変化を生じさせながら、交じり合って、互いに波動を引き寄せ合っています。

壮大な波動世界が私達の現実世界です。
波動には、高い次元の波動と、低い次元の波動とがあります。
私達の心の世界も、心模様に応じて、多次元の波動世界が顕れます。
愛の心の波動や、感謝の心の波動、赦しの心の波動は、高次の波動です。
そういう心模様の時の心の波動は、神のような光の波動で輝いています。

こういう心の波動は、同じ波動である、慈愛に満ちた波動や、平和で幸せな波動を招き寄せます。

恨み辛みの心が渦巻く時の波動は、魔界の暗闇の波動です。
心は、真っ暗な闇の波動で覆われています。
こういう闇の心の波動は、同類の邪まな波動を引き寄せて、厄災の悪循環を引き起こします。

波動世界は、以心伝心です。
何も言わなくても、心で思うだけで、相手に伝わります。
相手に嫌な感情をもつと、内心に留めていても、相手の心の波動に伝わります。
相手に批判的な感情をもつと、同じように、何も言わなくても、相手に伝わります。
波動が伝わるのです。

波動が伝わると、悪い影響を与え、人間関係も悪くなります。
相手に温かい励ましの感情をもつと、相手の心のエネルギーを高めます。
元気になるということです。
人間はお腹が減って空腹になると同じように、暖かい心をもらえないと心が腹へって心のエネルギーが低下します。
一人淋しく生きていると、心のエネルギーを高めることができないということです。

人間は、心が腹減る生き物です。
一人では生きていけません。
誰かのプラスの心を腹一杯いただかないと、心は萎んでいくのです。

励まされて、支えられて、心は元気になるのです。
愛の心、平和の心、感謝の心は、言葉に出さなくても、思うだけで相手に伝わります。
同時に相手の心のエネルギーは高まるので、元気が出てきます。
励まされると、エネルギーレベルで元気がでてくるということです。

その真逆の恨みの心や憎悪の心、怒りの心も、そういう感情をもつだけで、相手にしっかりと伝わります。
潜在意識がそういうマイナスの波動をいち早くキャッチするからです。
潜在意識は1秒間に4000億ビット回数の思考活動で24時間フル活動して、身に押し寄せる波動をチェックしています。
宇宙波動から素粒子波動、人間の発する様々な波動までをしっかりチェックして、有害波動から生命体を守っているのが潜在意識です。
相手に感謝の念を送れば、言葉に出さなくても、相手のエネルギーに届きます。
どんな人間関係でも良くなります。
幸せも、豊かさも、よい人間関係も、あなたの心模様如何によって招きよせられたり、遠ざかったりします。
あなたの心の有り様しだいです。

心の想いは、口に出さなくても、心の波動により、相手に伝わるということです。






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# by toukokira-kira | 2017-10-08 09:33 | Trackback | Comments(0)

★不動心の獲得こそ

我が流儀を五心朝天法といいます。
私は、宇宙の中心である天之御中主大神と、太陽のお姿を現す天照主大日大神を心に抱く古流神道の老修行者です。

さて、私たちの人体は不思議です。
「心である体と、体である心と」いうのが身体です。
人体の秘密は奥深く、宇宙のように果てがありません。
肉体と魂である心が人間世界を顕わしています。
想像を越えて奥深いのです。
私達の身体には五臓六腑の内蔵器官がありますが、これまでの医学常識では五臓六腑のすべてが脳の指令によって働いているとされています。
ところが最近の医学研究によって、そうではないということが解ってきました。
五臓六腑の一つ一つが自立的に働いているということが判明してきました。
そして五臓六腑や骨髄や筋肉群が互いに支え合って、トータルとしての免疫機能を担っていることも判ってきました。

そして私たちの人生もまた奥深く、宇宙のように果てがありません。
手探りで、迷い行くのみです。
人は、広大な荒野を迷い行く旅人のようなものです。
道なき道を迷い行くばかりなのです。
あなたは、一人で悩んでいませんか。

人生とは無為と有為の二辺往来なりです。
忘れてならないことは、宇宙の法則とは心の法則だということです。

心の法則は慈愛の波動で動きます。
宇宙の法則は感謝の波動とともにあります。
幸せになりたい、運命を変えたい、希望を叶えたい、と思う人は、自分の生き方しだいです。
心の有り様しだいです。

困った時にだけ、神仏に願っても、神仏には届きません。
自分の人生、命運を変えていくのは、神仏ではなく、自分の心と行動です。
これは自立した自己の確立の問題でもあり、宇宙の法則でもあります。

闇の心や魔の心から離れ、光の心,向上の心を目指すことです。
もう少し言うと、苦しみや悲しみ、怒りや憎しみに呑み込まれず、乗り越えていくことです。

苦難や困難を乗り越えていくために、諦めずにどこまでも必死で努力する人はみな、魂が光輝き、やがてよき命運へと導かれていきます。
これが神の法則であり、人生の秘訣、真髄です。
これを不動心とも云います。

神仏頼みでは命運は一つも変わりません。
宗教団体の誇大広告に惑わされてはなりません。
大切なのは、自分自身です。
自分が変わらないと、何も変わりません。

今こうして記事を書いていますが、ときには、見えない神の声が私の筆を動かしてくれます。
ときには、インスピレーションに従って綴るのみなのです。


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# by toukokira-kira | 2017-10-07 21:43 | Trackback | Comments(0)

★★慈愛の法則

幸せの法則とは、引き寄せの法則のことです。
引き寄せの法則とは、慈愛の法則と同一のものです。
慈愛の法則は、私たちの現実世界を貫く大切な法則です。

あのマホトマ・ガンジーは、「慈愛の法則は、万有引力の法則と同じように、現実世界に作用します。」と云っています。
これは現実世界の実相を理解した名言だと思います。

ガンジーは自然界の摂理をすでに理解していたのです。
宇宙の理を悟っていたに違いありません。
愛は究極の波動です。
神の光の波動です。
人間にとって愛こそすべてといってもよいでしょう。

イエスは「愛のない聖職者よりも、愛のある無神論者のほうがはるかに尊い」と説かれています。
またこうも言っています。
「愛のない成功よりも、愛のある失敗のほうが尊く、はるかに価値がある」と。
これは人間の真の有り様を暗示したイエスの名言です。
愛のある行為は、何よりも尊いと言っているのです。
愛のある行為は、たとえ失敗に終わっても、結果如何に関わらず、祝福の道であると断じています。

失敗しようが、成功しようが、上手くいこうが、いくまいが、愛のある行為は、尊いものだと述べているのです。
愛の心が込められている行為によって、たとえ失敗しても、想うようにいかなくても、それは祝福されるものであって、決してカルマの代償を伴うものにはなりません。

清算すべきカルマにはならないということです。
愛の行為である限りは、どんな結果であれ、それは光の行為、祝福の行為なのです。
私達はこのことを忘れてはならないのです。
愛、感謝の波動は、大いなる宇宙波動と共鳴し、調和する波動です。
愛と感謝の波動は、幸せを招きよせる波動であり、こうした波動に包まれて過ごすと、あらゆる良きものが引き寄せられてきます。

願わなくても、求めなくても、善き物が向こうのほうから勝手にやってきます。
愛と感謝の波動が、幸せと、豊かさ、よき人間関係を引き寄せてくれるのです。
引き寄せの法則は幸福招来の法則でもありますが、結局のところ、愛の心があるか、感謝の心で包まれているかということなのです。
これを波動共鳴の法則といいます。

魔の波動、闇の波動を祓えるのは、愛と感謝の波動だけです。
愛と感謝の波動は、この世で最強の守護神となるものです。
愛と感謝の心に包まれた自分の心こそ、自分の神であり、守護神です。

心は捉え方、感じ方一つです。
今が幸せと感じている人は、これからも幸せな人です。
今が不幸せな人は、これからも幸せになれない人です。

今、不平不満ばかりの人は、これからも不平不満の人生です。

私達は、今、この瞬間、幸せを感じることで、自分の未来を幸せにすることができるのです。

物事に対する感じ方、捉え方によってすべては変わるのです。
失敗しても、その失敗を成功以上に活かせる人がいます。
そういう人には失敗という概念、言葉は存在しません。
事象に対する事の捉え方によって、すべてが変わるのです。

自分が変われば、周りが変わり、自分の未来が変わり、世界が変わるのです。
自分が変わるということは、物事の捉え方を変えるということです。
事の捉え方を変えるということは、性格を変えるということです。
性格は持って生まれた因縁なので、性格を変えることは容易ではありませんが、性格を変えることができれば、運命も、人生も変わるのです。

直感は、大いなる宇宙からのメッセージです。
神様からのメッセージといってもよいでしょう。
宇宙と直結した古の聖人たちは、自由自在に宇宙のメッセージを受け取ることができました。
必要なときに必要な智慧を受け取ることができました。
宇宙と直結した聖人は、道を誤ることも、判断を誤ることもありません。
大いなる智慧とともに生きているからです。

直感というものは天啓であり、素晴らしいものです。
迷ったときは、直感を信じましょう。
直感こそ、真実の道です。
この地球の周囲には、アーカシックレコードという先人たちの智慧の宝庫が存在しています。
そこは無限の魂の漂う記憶庫です。
そこから必要な智慧や情報が直感となって降りてきます。
自分の精神レベルに応じた波動の智慧が降りてくるということです。


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# by toukokira-kira | 2017-10-07 11:59 | Trackback | Comments(0)

★★魂の法則とは

私は古流神道の修行者であり、治療家であって、宗教家ではありません。
魂の哲学を魂の法則と題して今回は書いてみようと思います。
心の世界は、思い描く世界である。
何をどこまで思い描くことが出来るか、によって心の世界は変わってくる。
そして、繰り返しの法則に則って、繰り返し心に強く思い描いたことは現実化するというのが心の法則でしたね。

その意味で、心の世界はイメージの世界である。
カラー写真のように綺麗に、詳細に、生き生きと、心に強く思い描ける人は、心の世界の達人である。
普通は目を閉じてイメージ瞑想するのですが、心の達人は眼を開けたまま虚空の空間にカラー写真のようなイメージを描きます。
閉眼ではなく開眼で眼前の空間にイメージを描く修行をすると、第三の眼が開きます。
これは大変難しく、何十年もの修行が必要になります。
開眼瞑想できる人は、波動力を我がものとしている人である。
心に強く思い描けるということは、魂が理解しているということを意味します。
魂が理解しないことや、魂が了解しないことは、イメージで強く思い描くことはできません。
そして、魂が理解していることは、必ず現世で現実化します。
魂ガ理解し、魂が望むことは、潜在意識が理解することになりますから、現実の世界で実現化してきます。
どうしても強くイメージできないことは、魂が望んでいないことを意味し、そういう望みというのは実現しません。
夢を描き続けられるということは、実現の可能性があります。
夢を見続けられる力があるかぎりは大丈夫なのです。
イメージを描き続けられる人は、そのイメージが現実化するということなのです。

夢を見続ける力がある限りは、希望がもてるのです。
夢を見続けることができない人には、希望はありません。

夢を諦めたり、心変わりして、途中で中途半端に投げ出す人は、すべてが徒労に終わり、一番良くありません。時間の浪費、空費で何も残らない。

何事も、魂が理解するまで、夢を描くべきであります。
繰り返しの法則は大変有効です。
諦めなければ、夢を見続けることができるならば、夢は必ず実現します。
イメージは、魂に語りかけることのできる宇宙言語であり、イメージを繰り返すと、魂が理解し、悟るようになります。
魂と会話するには、魂が理解できる言葉が必要なのです。
それが宇宙言語である「イメージ」です。
イメージは心の世界と対話のできる宇宙言語なのです。
神仏や霊界、魂や潜在意識と対話するには、宇宙言語であるイメージを使う必要があるのです。
イメージの世界は霊界に通じる不思議な世界なのです。

魂が理解し、了解すると、魂は夢の実現に向けてフル回転するようになります。
これほど心強いことはありません。
逆に、魂が理解しないこと、或いは魂が了解しないことや望まないことは、実現しないということです。
繰り返し、繰り返しイメージして魂に伝えることによって、魂が理解するようになります。
魂が理解するようになった夢や希望というのは、実現に向かうということです。
現世は、魂の世界を映す鏡です。
魂の世界が現世に顕れてきます。
魂が思わぬことは、実現しません。
魂が望まぬことは実現しません。
これが魂の法則です。
魂には、あなたが宇宙言語であるイメージで繰り返し語りかけないと、理解し、悟ってもらえません。
以心伝心ではないのです。
魂が理解するためには、魂の言語である宇宙言語を使う必要があります。
宇宙言語とは、イメージのことでしたね。
ですから魂である潜在意識にイメージで繰り返し働きかけることが一番です。
心で思い描いた世界を、深く深く、繰り返して魂に刻印すると、魂がそのことを理解するようになります。
魂が理解したことは、この現実世界で必ず実現します。

魂が思い描いたことは、思い描いたとりの現実となるのです。
これは、人生を生き抜くための秘訣です。
人生の真髄です。
心の法則は、そうなっています。合掌
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# by toukokira-kira | 2017-10-07 11:24 | Trackback | Comments(0)

★★治癒の法則

治癒の法則とは、病気を治す力のことです。
心の中をプラスの波動でいっぱいにすると、治癒システムが作動します。
身体に備わっている治癒システムさえ作動すれば病気はこわくありません。
治癒システムである自己治癒力は、プラスの心でスイッチがオンに入ります。
心の中で、ああなって欲しい、こうなって欲しいと、理想や幸せ、健康や希望を強く念じることです。心をプラスイメージで一杯にすることです。

感謝の心、愛の心、奉仕の心、赦しの心、寛容の心、希望の心、前進する心、夢見る心で一杯にすると治癒システムが作動します。

心の中をプラス思考の波動で満ち満ちにすると、治す力が働くのです。

全身の60兆個の全細胞に、そうしたプラスイメージが、ゆっくりとした深い、大きな呼吸法とともに、深く浸透させることが病気治療の第一歩です。

すべてが良くなると念じることです。

「貴方の周りで起こることすべての出来事が、どんどん良くなっていく。良いことが一杯起こる。恐れることは何も起こらない。困ったことも何も起こらない。すべてが良くなる。生きているって素晴らしいなあ。人生って最高だなあ。と心で思い、心を込めて感謝を唱える。感謝、感謝、感謝。」こういうイメージに楽しく集中します。

こうすると、身体に備わった治癒システムが作動します。
治る力が発動します。
病気は自分が作るのであり、病気は自分が治すのです。

これが治癒の法則です。

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# by toukokira-kira | 2017-10-06 21:44 | Trackback | Comments(0)

★★心の法則を知る

私たちの現実世界の中で実現していることは、すべてあなた自身の心の想いの結果です。
心の中で思わないことは実現しないということです。
例外はありません。
どこかの時点であなたが心の中で思ったり、感じたり、強く念じたことが結果となって現れています。
或いは、無意識の潜在意識の中で思い続けたことが現実化しているということです。
意識、無意識のどちらであろうと、思わないことは何一つ実現などしません。
良いことも、悪いこともです。
強く念じ続けたことが現実化するのです。
ああなってほしい、こうなってほしいと思い続けると現実になるのです。
想いの波動が結晶化して塊となり、それが大きく育つと、現実を作る力となります。
繰り返し、繰り返しの絶えざる想いが現実化するのです。
潜在意識に働きかける繰り返しの法則、これも心の法則の一つです。
困ったことが起こるのではないかと心配ばかりしていると、恐れていることが実際に起こります。
ですから、取り越し苦労、持ち越し苦労というのはよくありません。
心配症の方は、繰り返し心配することによって、心配どおりの現実を呼び込むことになります。よくありません。
マイナスの想いで生きていると、マイナスの人生となります。
無理だ無理だと思って、希望を持たずに諦めていると、そのとおりの情けない人生になります。
自分はダメだとか、私の人生は灰色なんだと思い込んで、人生を諦めていると、そのとおりの暗い人生となります。こわいですね。

ですから大事なことは、今が最高に幸せだと想い、心をプラスのイメージで一杯にすることです。
心から笑い、プラス思考になると、病気を支配している遺伝子までが活性化してくるそうです。
「私は神の子、完全円満、あらゆる点ですべてが良くなる」と想うのが一番です。
これを繰り返しの法則により、潜在意識に刻み付けるとよいのですよ。

心の法則を知ることによって、私たちはどんな理想の人にもなれるし、思い続ける限り、どんな希望でも実現します。

そして、実現しないことは、思い続けることができません。
思い続けることができるということは、良かれ悪しかれ想いが実現するのです。
夢見る力があるかぎりは、夢を見続ける力があるかぎりは、夢は実現に向かうのです。

あせりの心と心変わり、諦めの心が成就を妨げます。
夢を見ることを途中で止めてしまいます。
あきらめの心が中途挫折の心となります。
中途半端で投げ出す人は、夢を見続けられない人です。

心の法則は万巻の書を以ってしても語り尽くすことはできませんが、心の法則を知ると、必ず希望という名の小さな灯火が点ります。

御互い、辛いときほど、苦しいときほど、前向きに笑って過ごしたいものです。
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# by toukokira-kira | 2017-10-06 21:16 | Trackback | Comments(0)

ブータン

ブータンは真の仏教国である。
世界一の幸福な国でもあるブータンは、ヒマラヤ山脈の南山麓にある秘境の国です。
ブータン国王を中心とする人口70万人の小さな国です。
外国人が訪問出来るようになってから、まだ40年間しか経っていない神秘の国です。

最近、首都には自動車もたくさん走っていますが、信号機は一台もありません。
ここではみんな譲り合って、助け合って道路を走るそうです。

殺生が一切ご法度の仏教国なので、魚や肉はお隣のインドからすべて輸入しているそうです。
蟻や蚊や蝿もむやみに殺してはならないそうです。
蟻は歩く時に踏みつけないように注意して歩くそうです。
すべての命のある生き物が大切にされています。

この国では、人が死ぬと、火葬にしますが、お墓は作りません。
墓参りをするという風習は、パキスタンと同様にありません。

火葬にした時の骨を粉末にして、それを粘土のように固めて、小さな三角錐の形に整えて、山の路傍に置いておくのだそうです。
手の平に載るほどの小さなものです。
それですべてが終わりです。
自然にまかせて、土に返そうというのです。
仏陀伝来の伝統的な仏教国には、先祖の墓参りらしきものは、一切ありません。

仏陀の頃の仏教には、葬式の概念も、法要の概念も、墓参りの概念も、先祖供養の概念も、怨霊とか祟りとか、そうしたものは一切ありませんでした。
心の法則を説いた「心の教え」が仏教でした。
心の哲学が仏教であり、仏教は必ずしも今のような「宗教」ではありませんでした。
仏教とは、本来、死後の世界にはノータッチであり、現実世界をよりよく生きるための心の教えでした。
僧侶は無料でお経を民衆のために読むことが慣わしであり、日本の僧侶のようにお経を読んで金品を要求しませんし、お経を読んでお金を受け取ることはご法度です。
日本の僧侶のように葬式でお経を読んで、何十万円、何百万円を要求するような悪戯なことは絶対にいたしません。
民衆への読経はどんなときでも無償と決められています。
ましてや、高額な永代供養料や院号料などの概念すらありません。
日本でも、昔は、葬式というものは存在せず、埋めて土に返すだけのことでした。それが知らぬ間に、変容して、先祖の祟りを鎮めるための葬式仏教となったのです。
葬式や法要、先祖供養、先祖霊や先祖の祟りなどといった概念は、もともとの仏教には存在しない概念ということです。
それらは檀家制度という新しい仏教習慣とともに発展してきたものです。
日本独自のものということです。
まあとにかくブータンは不思議な国です。今でも、そういう国が現存しているということに、驚きを感じます。
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# by toukokira-kira | 2017-10-06 12:06 | Trackback | Comments(0)

「好事魔多し」とは

「好事魔多し」とは、好事には、魔が入ることが多いという意味です。
つまり、よい事には、とかく邪魔が入りやすいものだ。
だから、良い事があったからと云って、軽々に、有頂天になってはいけないという戒めの言葉です。
「好事魔多し」とは、よく云ったものです。
まさに、私達の人生は、何をするにしても、例外なく「好事魔多し」の連続です。
何か上手いことをしようと思うと、必ずといってよいほど、邪魔が入ります。
何事も、無風で、すんなりとはいきません。
最期の最期まで何事もなくを無事を祈るばかりなのです。
好事魔を避ける方法はないわけではありません。
ただ一つ存在します。
何かというと、それは「感謝の力」です。
感謝の力が好事魔を封印してくれるということです。
ですから人間というのは、感謝の心とともに日々努力精進すべきということです。

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# by toukokira-kira | 2017-10-06 10:41 | Trackback | Comments(0)